ドームズデーの救世主


いつまでも忘れることはないだろう。右目に六の文字が刻まれている人と出会った日のことを私は生涯覚え続ける。彼は私に躊躇うことなく手を差し伸べてくれた恩人なのだから。

彼は突然私の夢に現れた。同い年ぐらいの少年は歳に不釣り合いの憂いに満ちた顔で私を憐れんだ。


「前世の記憶を持っているのですね」


突拍子もない言葉。「可哀想に」と言いつつまったくそんなこと思っていないのは当時の私にも伝わってきた。


「なんですかその顔は。わかりますよそんなこと。君の精神世界を見れば」


意味不明な言葉をつらつらと並べるオッドアイの少年。何も耳には入ってこなかった。少年の呪文のような声は私の中には何も入ってこなかったんだ。


「……君は被害にあった子どもではないのか」


死にたかった。もう私の存在でお母さんを壊したくなかった。


「記憶を持ってこの汚い俗世に生まれてしまったのですね」


生きたかった。今度こそ最後まで普通に生きたかった。それこそ前世のように。平凡な両親と友人たちに囲まれて。


「そして周りは君のような異質な子を除外しようとする」


死ななければよかったんだ。そうすれば前世の記憶を持つことなんてなかったし奇抜な髪と目を持つこともなかった。今も両親や友人、あの人と一緒にいれたんだ。


「いいことを教えてあげましょう」


死にたい

生きたい

死ななければよかった


「君は一人ではありません」


少年が近づいてきてにっこりと微笑む。


「僕も前世の記憶が刻まれているんですよ。同じですね」


その笑みは美しくきれいだった。
この声だけは私の耳にすんなりと入りこんできたのだ。


「君は異質で僕も異質。今のような僕ら二人だけの世界だったら僕らが普通になるんでしょうか?」


少年は私に優しく手を差し出してくれた。












「そういえば僕の名前を教えていませんでしたね。六道骸といいます」


最近よく泣いているような気がする。二度目ましての人の前で泣いてしまった。なんとか涙は止まって今はイスに座っているが恥ずかしくて仕方がない。
六道さんと目を合わせないようにおどおどと私もまた自己紹介をする。


「その、鳴神紗夜です……。お久しぶり、ですね」

「ええ、お久しぶりです。あれからどうですか?」

「ぁ……、家族とは、別々に、暮らしてます。友人は……その、少ないですが数人いまして……」

「そうですか。無理もない。彼らは貴女に前世の記憶があることを知らない。異質だと非難することしかできないのだから」


そういえば初対面でも泣いた。
お母さんにだけでなく、同い年の子どもたちにも気持ち悪いと遠ざけられていた私はほとんどの人と上手くいかなかった。恭弥は私がどんな人でもなんでもよさそうだったけれど、他の子どもたちはみんな私の特異さに気づいて輪から排除した。子どものフリをしていてもみんな何かは感じ取るらしい。みんなみんな、私のおかしさを感じ取った。その頃はまだ綱吉とも親しくなってなかったから恭弥とお父さん以外はみんな私から距離を取っていた。
前世の記憶というのは無邪気な子どものフリをするのにどれだけ邪魔なのかは思い知った。理性とプライドがどうしても邪魔をしてきた。
まだ善悪もわからない子ども時代、いろんな人が私に悪口を向けてきた。そんな日々が毎日続き限界を迎えた頃に六道さんに夢で出会えた。前世の記憶を持っている、と言う六道さんに気がついたら全て話して泣いていた。


「自分を責めてはいけませんよ」

「ありがとう、ございます」

「いえ」


微笑みを絶やさない六道さん。六道さんは昔も今も味方でいてくれる。
誰も知らない秘密のこと。私に前世の記憶があるということを知っているのは六道さんだけだ。

チクタクと時計の針が進んでいく。六道さんは微笑んでいるだけ。長い足を組んで朗らかに私を正面に入れている。きれいな顔に見つめられることに耐えれなくなった私は話題を探して振っていった。


「そ、そういえば……生徒会長の日辻さんはどうしたんですか?」

「彼は一週間ほど前に暴力事件を起こしてしまって。酷い怪我を負っているのでその間は僕が代理をしているのです」

「あっ、じゃあ、その……、六道さんに…………………その、あまり見ないでください」

「クフフ すみません」


最近美形に耐性ついたと思いきや全くついてなかった。また違うタイプの美形が出てきて私はなんかよくわからない奇声を発しそうで怖いよ。

ちらりと視線を外して私がここに来たわけを説明する。六道さんは転校してきたばかりで交流会の存在も知らなかった。交流会の内容を簡潔にやろうとしても、


「黒曜ですか……。さあ、よくわかりません」


ですよね。転校してきたばっかりで学校の様子を話しあいましょうと言われても難しいよね。
前生徒会長は何も引き継がなかったらしい。私が来ることもつい先程知ったそうだ。日辻さん、暴力沙汰を起こすような人には見えなかったんだけれど……。何をしたんだ。そしてなぜ代理を転校してきたばかりの六道さんに頼むのか。……黒曜中の生徒会もそれなりにブラックなのかな。


「以上が私がここに来た理由です」


ここにとどまれる理由はなくなった。
六道さん。私の苦痛を知って寄り添ってくれた人。黒曜に来ればいつでも会えるけれど、私は黒曜には足を踏み入れてはいけない。今日は例外なのだ。

また両者から声がなくなる。時計の音だけがチクタクと響く。機械は規則的に音を刻んでいく。休まずに、供給が切れるまでずっと。


「……それにしても、紗夜は並盛中の生徒だったんですね」

「は、はいっ」

「そんなに緊張しないで」


六道さんは今も微笑んでいる。目も口もしっかりと微笑んでいる。それなのにどこか微笑んでいないように見える。微笑んでいるのに微笑んでいないような、気がする。


「ずっと並盛に住んでいるのですか?」

「はい」

「そう……それなら、並盛に住んでいる人間にも詳しいですよね」

「え?」

「同じ学校に通うものなら殊更」


詳しいかはわからないけれど、六道さんよりは知っている。同じ学校に通っている生徒ならなんとなく名前はわかる。あいにく人との関わりは浅く広くとなっているのである程度のことならわかるかもしれない。特に二、三年生は。一年生はまだ微妙。
「たぶん……」と自信なさげに頷くと六道さんはさらに笑みを深めた。


「よろしければもう少し話しませんか? ここではなく場所を移動して」


六道さんは私の返事を聞くことなく手を取った。私の荷物を持ってどんどん歩いていく。


「あのっ!! 六道さん!!」

「骸でいいですよ」

「そのっ、まって……」


生徒会室を出る。六道さんはどんどん歩いていく。先程までとは違い、人の話を聞いてくれない。
廊下を歩くと黒曜の評判を下げている人たちが道を開ける。生徒会室に向かうときより視線が多い。みんなが端に避ける姿は恭弥が歩く時に起こる現象と似ていたが、皆さんダッシュで逃げて行かずに頭を下げる。六道さんは群れるのが嫌いだということはないらしい。


「あの……っ六道さん!!」


手を引っ張られる。足を動かすしかなかった。荷物は持ってもらっていて手ぶら。どこに移動しているのかもわからない。


六道さんが歩くたびにみんな道をあける。恭弥と同じ。

それが何を意味するのか、私が考えることはなかった。

生徒たちに怯えられ、また尊敬されて、畏怖の念を抱かれている恭弥と同じことがどういう意味なのか、考えるべきだった。


「っ、六道さん!! お願い……っ、止まってください……!」

「どうしたんですか?」


学校を出た。校外に行こうとする六道さんに冷や汗が止まらない。本気で拒否して足を止めると六道さんはようやく振り向いてくれた。


「その……、黒曜には、両親が住んでいて……私……」


六道さんには私と両親の関係は知られている。だから言葉数が少なくてもお母さんとは会いたくないというのが伝わった。あまりそこらをうろちょろしたくないので外でお話しなんてできない。黒曜を出て並盛まで行けば別の話だが、たかが話をするためだけに町をまたぐことなんてないだろう。
俯く私に六道さんはあっさりと問題を解決する。


「僕がいるので大丈夫ですよ」


六道さんがいて何が平気なのか。盾にでもして歩けということか。それとも私の母の居場所を知っていてそこは避けるということか。


「紗夜の姿を違うように見せますのでどれだけ目立っても平気です」

「それは……」

「僕に植え付けられた忌々しい力です。僕は紗夜とは違う。前世の記憶も後から植え付けられたもの」


「絶対に見つかりません」と六道さんは私に手のひらを出した。

根拠も証拠もない。そもそも六道さんのことをよく知らない。前世の記憶を持つ、仲間、だとしか知らない。

それでも、私は気がついたら六道さんの手を取っていた。