ミッドサマーの目撃者A


かわいいな。

移動販売店で売られているピアスを眺める。私の耳に穴は開いていない。こういうのは眺めているだけでも満足なんだ。

少し離れたところにいるディーノさんとカルロさんを確認すると二人は真剣な表情で会話をしていた。まだ猥談しているのかな。人間なら誰もが通る道かもしれないが恥ずかしいの。私にはまだできない。
ディーノさんもカルロさんもイケメンなんだから女性に困らないと思ってたのに……。イケメンさんでもそういうお話するんだ。

二人から視線を外す。カバンを肩にかけ直して次のお店に向かおうとすると前方にいた若い二人組が私を指さした。


「────!」


そして話しかけてきた。たぶんイタリア語で。英語かもしれないが早すぎて何を言っているのかはわからない。
二人組の表情から何か私に聞きたいんだろうな、ということはわかる。地図を出しているから道案内ということもわかる。わかるけれども私は道案内できるほどこの土地に詳しくないしイタリア語は話せない。


「ソ、ソーリー……。アイ キャント スピーク イタリアン」

「─────。 ───」


ぺーらぺら。私の日本語発音は聞き取ってくれなかったのか、そもそも私の声なんて聞いてないのかわからないけれど相手のお二人はノンストップでイタリア語を喋りたてる。

英語でイタリア語喋れないと伝えたのに……。どうすればいいんだろう、とディーノさんに助けを求めるように視線を向けるとディーノさんたちはまだお話真っ最中。……何を話しているのあのイケメンの大人たちは!

よそ見をすると人の話を聞いていない人だと思われて少しだけ声のトーンが落ちた。冷たくなった。
いっそうのこと “もういいよ、他の人に聞く” と目の前からいなくなってほしい。


「あっ、はははは……」


赤い髪と青い目で現地民と間違われたのだろうか。日本人だと思われなかったのだろうか。
冷たい視線を向けてくる二人組。笑ってなんとかしようとしたら顔が怖くなった。笑うタイミングが違かったらしい。
急に怒鳴り始めた。汚い言葉も使われているような気がするけれど何を言われているのかわからない。だけど知らない人からでも怒られるのは少し心がきゅうっとしぼむように苦しくなる。視線を下げて愛想笑いをして耳に髪をかけると後ろからふわりと香水の匂いが。ディーノさんのでもない、カルロさんのでもない匂い。嗅いだことのない、軽やかな白い羽を浮かばせる匂い。


「────。─────」


優しい声がした。苛立った声とは違う、余裕を感じさせる声。
首だけ後ろに向けると、白髪の男性がペラペラとどこかの言語を話して二人組を相手にしてくれていた。道案内というのは正解だったらしく男性は道を指さす。二人組は白い人に頭を下げて私にも「Sorry」と謝罪して消えていった。


「Andava bene?」


……なんだって?

男性が私と向かい合った。
またまたイケメンさん。整った顔の白髪さん。癖っ毛なのかセットしているのかはわからないけれどぴょんぴょんと髪の毛が跳ねている。優しい好青年のような柔らかい雰囲気と笑顔。私のことを心配するように下げられている眉尻。上からだと威圧してしまうと考えて曲げられている膝。


「Are you OK?」

「イ、YES!」


先程の言語は伝わらないとわかったのか英語にしてくれた。「Thank you」と頭を下げると助けてくれた男性はふっ、と口元を緩めた。


「What country are you from?」

「え?」


男性はもう一回ゆっくりと同じ言葉を繰り返す。私にもわかるように簡単な単語しか使われていない。出身国ぐらい教えても害はないよね、と迷った末に「ジャパン……」と正直に伝えていた。


「日本人なんだね」

「あ……」

「うん。僕日本語も話せるよ」


会話をしてくれるために出身国を聞いたのか。ありがたい。


「さっきの人たちね、きみをここの人と間違えちゃったみたい。ごめんね、と伝えてって」

「い、いえ……! 助けてくださりありがとうございました」


白い人にぺこぺこ頭を下げる。助かった。
私が地元民ではないただの観光客だというのも伝わっていてよかった。ほっと胸を撫で下ろして男の人の顔を恐る恐る視線を上げて眺める。
白い髪に目の色は薄い紫で三白眼。左目の下には紫色のマーク? ペイント? 刺青? があった。三つの爪みたいなのが下を向いている。
うっすらと微笑んでいる白い人に私はまた大きく頭を下げる。


「旅行中? 夏休みかな?」

「は、はい……」


私よりは年上に見える。ディーノさんと同じぐらいだろうか。


「同じだね。僕も夏休みで遊びに来てるんだ」


違かった。学生だ。院とか行ってればディーノさんと同じ歳ぐらいの学生ということも普通にあり得るけれど、もしかしたらディーノさんより年下かもしれない。外国の人って大人びているからわからない。学生で少なくとも3ヶ国語も話せるなんて……。授業で習ったのかな……。
すごいなぁ、と白い人を見ていると名前を叫ばれる。


「紗夜!!」

「ん? 一人じゃないのかな?」


ディーノさんが走ってこようとして、ドシャッと大きな音を出して転んだ。いつの間にかカルロさんはいない。
転んでしまったディーノさんに駆け寄ろうともう一度白い人に頭を下げて感謝を伝えた。


「それじゃあいい旅を、紗夜チャン」


白い人は薄い笑みを向けて歩いていった。
なんか白い人の笑顔に変な違和感を持ったけれど私はディーノさんの元にかけ寄っていった。


「大丈夫ですか?」

「オレは大丈夫だけど……紗夜こそ大丈夫か!?」

「私は全然」


私も白い人も振り返ることはなかった。







「お前……紗夜の前で変なこと言ってんなよぉ……」

「うるさいな童貞。初恋がオレなんだっけ? 気持ち悪い」

「だぁかぁらぁ!! ああ〜〜〜〜〜〜もうっ!! お前が女装なんかしてるからだろ!!」


紗夜が露店でアクセサリーを眺めているのを確認してカルロは笑みをなくす。
ディーノとは学生時代からの付き合い。最初はキャバッローネファミリーの次期ボスに近づこうと考えていたが予想以上のヘタレっぷりに関わることをやめていた、はずだがいつの間にか関わっていた。当時のディーノの家庭教師のせいで。


「なんでお前がここにいるんだ」

「さあ?」

「さあ…って……ほんとお前何考えてんのかわかんねえ……あれ!? 紗夜は!?」

「あっち」


ん、とアクセサリーを眺めている紗夜の場所を視線で教えるとディーノはすぐさま駆け寄ろうとするではないか。カルロは苛立ちながらもそれを引き止める。


「気遣ったんだよわかれ」

「気遣うとかじゃなくてカルロが変な会話をしたから居づらく、」

「最近ここらで起きている事件」

「……聞かせてくれ」


カルロがふざけたのは紗夜に聞かせれない話をするためだった。紗夜がそれを悟って消えたのかはディーノとカルロが知る必要はない。二人からしたら部外者の紗夜がいないということが全てなのだ。


「……そうか、ありがとな」


話を聞き終えたディーノは神妙な顔つきとなった。今日街中を回っていた時も多くの町民から恐怖に怯える声が届けられた。キャバッローネファミリーとキャバッローネファミリーのシマに住んでいる住民をこれから脅威にあわせるかもしれない事件。すぐに解決しないとならない。
何気ないところで思いも寄らない元同級生に出会いディーノが調べきれなかった情報を得れた。お礼を言うのは当たり前だったがカルロとしては言葉より物で誠意を表してもらいたい。「ん」と手を出した。


「金」

「おま……っ、今持ち合わせてねえから振込んどく」


ギブアンドテイク。基本の基本。払わなかったらキャバッローネは他のマフィアに情報を洩らされ潰される。カルロは情報豊富で実力もあることをディーノは学生時代嫌というほど身をもって知った。


「よくそれだけの情報持ってんな」

「まあな」


またディーノはため息を吐く。カルロの情報源はフゥ太と違って神秘的な力ではない。誰でも出来ること。人の口から直接聞き出している。


ハニートラップ


カルロの特技だ。老若男女誰にでも化けていろんなところに潜り込んで情報を手に入れてくる。いろんな顔と声を持つ男。学生時代も時折化けていて、ディーノはカルロの変装の一つであった女子姿に悲しくも惚れてしまったという苦い思い出がある。


「……オレ 紗夜を案内しているところだからこれで」

「待てよ」


ニヤリ、カルロがほくそ笑んだ。彼には見えていた。紗夜がちょうど観光人に声をかけられる瞬間を。だから引き止めたわけではないが。


「離せっ! 紗夜に何かあったらやばいんだって!! 紗夜は一般人だから何かあっても対処できない!!」

「ただの一般人をアルコバレーノが勧誘するわけねえだろ」

「それでも……………………え? リボーンが紗夜を勧誘してることも知ってんのか!?」


カルロは己の目で見ている。たまたま骨休めで訪れた土地で紗夜を。紗夜だけでなくボンゴレ10代目候補も。
それに身をもって体験した。リボーンの勧誘を断ることはどれだけ労力が必要で精神が削られて頷くまでまとわり続けられるかを。それでも最後まで絶対に首を縦に振らなかった。リボーンがディーノの元を離れるまで一度も。


「その話は後でっ! 紗夜イタリア語話せないんだ!」

「大丈夫だって。女って強いんだ。ほらお前よく殴られてたじゃん」

「その原因は半分以上お前だろ! お前を占領したとかなんとか……!」

「オレじゃねぇ。てめーの家庭教師が原因だわ」

「じゃなくて……怒鳴られてんじゃねーか! いいから離せ!」

「アレも毒サソリみたいなタイプだろ」

「それはない」


最後だけは食い気味で否定しとく。
紗夜が助けを求めるようにチラチラとディーノたちに視線を送っているがカルロは知らんぷり。

相手は観光客。同業者ならまだしもただの一般の奴らならほっとく。仮にもボンゴレと名乗った女。本当にボンゴレとなるのならこれから上手く付き合いたいし、己同様拒んでボンゴレと縁がないのなら時間の無駄でしかない。


見極めたかった。紗夜がカルロにとって有益か無益かを。


「今度は違うやつに……!! 紗夜の見た目じゃ声かけられるのわかるだろ!?」

「さすが学生時代は女子から嫌われていただけあって好いてくれる女子は大切にしたいんですね〜。貴重ですもんね〜。今も女関係耳に入んないし〜。キャバッローネは駄馬の代で終わりかな〜」

「変なこと言ってねーで!! ────離せっ!!」


「おっと」とカルロはディーノから手を離す。

学生時代は嘘でも睨んで来れなかった弱虫。駄馬。危険に足を踏み入れる勇気もない雑魚。

去っていく背中姿を眺める。


「……及第点というところにしとくか」


ぽつりと呟いて唇を三日月に歪ませる。
少なくともディーノには好かれている。それに彼女は……


「ボンゴレボスを受け継げれるのは沢田綱吉のみ。あの男は血を受け継いでねぇから」


ボンゴレ次期ボスの核である。 

マフィアランドでツナと紗夜が親しげにしているところは目撃済み。
将来の10代目にとって紗夜は────。


「情けないツラだったが」


マフィアランドで紗夜にしがみつく勢いで涙を浮かべて愚痴を吐いていたツナを思い出してカルロは喉を震わす。そこらへんにいるアマちゃんにしか見えなかったが、似たようなアマちゃんがボスとなりファミリーの財政を立て直したことをカルロは知っている。


「もう少し様子見だな」


ボンゴレとは良い関係を持ちたい。
裏社会で生きるなら誰だって思うだろう。

カルロもその一人。ディーノのようなボンゴレファミリーと同盟ファミリーである者とは数人と繋がりを持っているが、ボンゴレの中枢部とはまだない。紗夜というアイテムでどうやって取り入れようか、今から考えとこう。