サヨナラ大人顔


確かに電話番号は去年に交換していたが、改まって電話してくるのは初めてなんじゃないか。

お互いお金を自由自在に使えるほどありあまっている身分ではないので公園で待ち合わせすることになった。私は親の脛をかじっているけれど相手は援助なしのバイト生活だから余計苦しいだろう。奢ってもいいんだけど嫌がるし、自宅は上がりたくない上がらせたくないそうなので公園が折衷案なのだ。


「オレ明日からイタリア行くことになった」

「……………………は!?」


タバコを吸う獄寺くんの横に腰を下ろす。第一声に何を言うのだろうか。びっくりして素っ頓狂な声が飛び出た。
…………あ、イタリア旅行? そういう意味かな? お金ないのに旅行する金はあるのか。


「お土産は美味しい食べ物でお願いします」

「ちげーよ。ボンゴレの幹部となってむこうに住むんだ」

「……………………え?」


ふぅ、とタバコの煙を吐く獄寺くん。彼の目にはもう迷いがない。


「……何日間行くの?」

「年単位だ。どのくらいかはわからねーけれど……そう簡単には戻って来れねえよ」


急すぎではないか。夏休みで顔を見合わせることはほとんどなかったけれど、一度もそんな話は出なかった。今日 急に獄寺くんの口から出て初めて私の耳に入ったことだ。


「……最後だし鳴神にも伝えたくてな。元気でな」


展開が早すぎる。立ち上がった獄寺くんの服を思いっきり掴むと獄寺くんは少しだけ目を見開かせた。
とりあえずもう一度座って、と頼むと素直に座り直してくれる。


「……それ、綱吉は?」

「伝えた。今10代目のお母様がごちそうを作ってくれていて、10代目も送別会を開いてくださるそうだ」

「……早ぇよ」


頭を押さえてしまった。それはそうか。一番に綱吉、二番にリボーン、三番からはわからないが私に伝えるのなんてそれ以降だ。
事の進みが早すぎて頭がパンクしそう。


獄寺くんと一緒にいるのは楽だった。獄寺くんと私とその他誰かがいると、特に綱吉がいると疲労がたまることもあったが二人きりの時は楽だった。……勝手に共通点を見つけて似た者同士だと思っていたのかもしれない。

髪の色が周りと違う、一人で暮らしている、家庭がぐちゃぐちゃしている。

理由は全然違うけれど仲間を見つけて嬉しかった。
私が一人暮らしをしていることを伝えている数少ない友人。一度ぽろりと口を滑らせてしまった時は「オレもだ」とだけ会話をしてくれた。

獄寺くんが私のお家をどう汲み取ったかは知らない。私も獄寺くんが妾の子で、お母さんはピアニストで獄寺くんのピアノ演奏もプロ並みの上手さがあるぐらいしか知らない。お互い全ての家庭状況は教えていない。

獄寺くんと二人で過ごす空間が好きだった。
獄寺くんの吸うタバコの匂いが好きだった。
静かで特に何かを話しかけてくるわけでもない、そばにいるだけの存在が好きだった。


「……綱吉は、止めたでしょ?」

「いや……自分のことのようにオレの昇進を喜んでくれた」

「それ絶対に違うから」


一瞬で悲しさが吹き飛んだ。照れ照れとする獄寺くんになんの感情もない無の声を出してしまった。勘違いすごい。
獄寺くんは眉間にシワを寄せる。私の言葉に少し苛立った様子だ。


「あのね……綱吉は友達少ないんだ」

「10代目の素晴らしさを理解できるやつがいねーだけだ」

「うーーーん………まあ、その辺は好きに受け取ってくれていいんだけど、……その、」


本人に直接言うとか拷問だ。ちらりと獄寺くんから視線を外す。
綱吉は友人が少ない。だからこそ一度友達となった人間が二度と会えなくなるかもしれないのならそう簡単にしれっと送り出さない。……たぶん、綱吉は獄寺くんを厄介払いしたんだ。昇進を喜んだのも本当のことかもしれないけれど、一番は近くからいなくなることに喜んだ、だ。だって綱吉よく「獄寺くん意味わからない」とか「怖い、また巻き込まれた」とかたくさん愚痴吐いているから。これが山本くんだったら絶対止めているはず。


こんなこと私から言えるわけがない。無理だ。顔を覆ってしまう。綱吉の獄寺くんへの思いと獄寺くんの綱吉への思いに差がありすぎる。可哀想獄寺くん。


「おいっどうした!? ……まさか、泣いて……」

「ごめん。涙は出てきてない」


悲しいけれど涙は出てこなかった。急すぎて泣くまで感情が追いついてきてないんだよ。
獄寺くんは胸を撫で下ろした。泣いてる女子の慰め方なんて知らないから泣かれると困るんだ。


「……綱吉以外には、山本くんや他の人には伝えたの?」

「伝えねぇ。あいつらには言う必要がねーからな」


どんな気持ちで獄寺くんは言葉に出したのか。伝えるほどの仲ではない、と山本くんを認識している。山本くんは獄寺くんを友達だと思っているのに。獄寺くんは山本くんを綱吉の友人との認識なのだろう。自分の友人だとは思っていない。みんなが言うから綱吉が言うから、一緒にいるのではないか。


……獄寺くんは寂しい人だ。


「……私には伝える必要があったということだ」

「ばっ……!! それは、その……」


獄寺くんの中で私はそれなりに上位にいる相手なのだろう。顔を赤くして目を落ち着きなくきょろきょろ動かして勢いよく立ち上がった。


「ということだ! オレはイタリアに行く」


逃げた。会話を終わらせるために全てを切り上げた。
深呼吸した獄寺くんは私の前に立つ。タバコの火を消して、口角を小さくだが上げた。


「ありがとな」


本当は行きたくないんじゃないか。

綱吉が言わないなら私が言おう。あなたをイタリアで必要としている者もいるけれど日本でも必要としている者がいることを伝えよう。


「行かないで」

「っ───」


獄寺くんは唇を引き結んで横に首を振る。


「嫌だ。行かないでよ」

「オレは10代目のためにイタリアに行く。もう決めたんだ」

「……そんなの、誰も望んでいない」


かたり、立ち上がるとベンチから音がした。ベンチの4本の足の長さが違うらしく重りがないとガタガタするらしい。


「綱吉も獄寺くんも……誰も望んでいない」

「ンなことねぇ。今オレがボンゴレを繁栄させれば将来10代目のお役に立てる」

「綱吉は10代目になることを否定しているよ」


誰のためにもなっていない。綱吉がマフィアの10代目になれば確かに獄寺くんのやることは綱吉のためになるかもしれないが、その未来があるかもまだ不明。

私は顔を上げて獄寺くんの翡翠の瞳を見つめる。


「それに……獄寺くんの本音は綱吉と一緒にいたい、じゃないの?」


揺れた。獄寺くんはポーカーフェイスができる人ではない。顔に表れる。
嘘はつかせないし逃がしもしない。


「大人ぶって自分の気持ちに嘘をつく必要があるの? まだ獄寺くん中学生だよ? 好きな風に生きようよ」


嘘をついて建前の理由を作って相手のために偽る必要はない。子どもは自由気ままに己の好きな道を選べる特権があると私は思う。


「……いつ、死ぬかわからないんだから……自分の気持ちに正直に生きようよ」


もしかしたら明日隕石が降ってくるかもしれない。明後日に天変地異が起きるかもしれない。何があるかはわからない。だからこそまだ自由でわがままが通る子どもは好きに生きるべきではないか。


「っ、お前が一番正直に生きてねーだろ……」


獄寺くんが何かをぽつりと吐き捨てて目を逸らした。


「……10代目がオレの送別会を開いてくださっている。待たせるわけにはいかねぇからもう行くな」


最後の最後まで大人のフリをして聞き分けの良いフリをした獄寺くん。
公園から出て行く獄寺くんの顔はどんな顔をしていたのだろうか。
なぜか理由はよくわからないけれど雫が一滴、頬を伝った。











数時間後、また同じ公園に呼び出された。そしたらイタリア行くのやめたから代わりに旅行行かないか、と目の前で笑顔で言いやがった。
素敵な笑顔に私の中でぷつりと糸が切れて、気づいた時には獄寺くんのお腹を思いっきり殴っていたのだった。