泥濘は思い出で埋めて
「はなして!!」
ほんと、こいつ誰? 見たことあるような気がするけれど覚えてない。足元は下駄なのに、浴衣なのに、大人の足幅に合わされて無理やり連れていかれる。
参道から階段を上らされて神社の境内まで引っ張られた。半分引きずられていた。殴られたところがズキズキと痛む。プリン頭とお揃いになってしまった。
境内にはプリン頭の仲間らしきドレッドヘアとスキンヘッドがいた。……思い出した、こいつら海でライフセイバーをしていた人たちだ。三人とも顔に怪我をしている。原因は綱吉と獄寺くんと山本くん。
誘拐されるのか。それとも暴行されるのか。わからないほど子どもではない。人気のない境内に連れ込まれて何がこれから起こるのか。
浴衣でやるのははしたないとはわかっている。だけどやらなければ終わりだ。
「いっっ!! 何すんだクソ女ァ!!」
下駄の裏側で思いっきり脛めがけて蹴る。ふくらはぎに命中した。痛みから腕の拘束は解ける。走って逃げようと踵を返したのだが、タイミング悪く人がやってきた。私と同じくらいの歳の金庫を抱えた子どもと、……もう一人。一緒に逃げないとっ。
「紗夜!?」
「逃げるよ綱吉!」
「え!? でもお金がっ」
お金?
また後ろを向くとプリン頭に少年がお金を渡していた。彼ら曰く、ひったくりは彼らの副業らしい。
汗を流して稼いだお金を奪い取る最低な輩ども。歳の離れた少女である私を無理やり引っ張ってきた時から分かっていたけれど、性根が腐っている。
「っ、その頬どうしたの!?」
「なんでもないよ。今は説明もできない」
殴られた頬を見つけてしまった綱吉は自分が痛みを負ったように辛く悲しそうにするが状況が状況だから突き放すような言い方をしてしまう。
いつの間にか後ろにも竹刀を持っているガラの悪い男たちの集団が。逃げる道はない。プリン頭は綱吉に殴られたことでプライドがズタボロにされたらしい。
簡単な話は報復だ。ライフセイバーを務めていたのに子どもを助けもしないで欲望丸出しの獣のように女を漁っていた。手柄欲しさに綱吉から子どもを奪おうとしたが死ぬ気モードの綱吉に思いっきりぶん殴られてできた傷がプリン頭の中では相当な屈辱だったらしい。
「あれから鏡見るたびにどれだけオレのプライドが傷ついたか……」
「自業自得じゃない」
「あ"あ"!!?」
「お前らが仕事を放棄した報いが返ってきただけだ」
何を私は言っているのだろう。
怖い、怖いこわい怖いこわいこわい
前も横も後ろも武器を持った集団。カバンから黒い武器を取り出せるように手を入れる。
「盛っているだけのケモノが。集団でないと動けない弱者が」
身体が震える。手も震えて上手く持てない。だけどそれを表に出してはいけない。不敵に微笑め。嘲るように見下せ。
「そんなんだから中学生に舐められるんだよ───クソ野郎ども」
怒りの矛先を私に向ければ綱吉は逃げれる。そしたら助けを呼んできてくれるはずだ。
綱吉にチラリと視線を送って助けを求めるように頼んだがどうも通じない。目を見開いて卑下する私に驚いている。
「この女がっっ!!」
綱吉の通じなさに私が唇を噛んでいると一人の男が向かってくる。慌てて、それでもちゃんと首元に当たるように冷静に素早く当ててボタンを押す。電光が走り、男は目の前で気絶した。
「はっ、」
慣れない。何度かやったことあるけれどいつまでも慣れない。気絶させているだけだけど、スタンガンだって下手したら命の危険はある。私が持っているスタンガンは威力が強いからなおさら。
「逃げて」
「紗夜を置いて逃げれるわけないだろっ!! なんで紗夜が囮になるんだよ!!」
「っ、いいからっ! 早く! 私の方が慣れている!!」
「オレだってガラの悪い人たちに捕まることもちょっかいかけられることもたくさんあったから慣れているし!」
スタンガンで感電させたことで相手を本気で怒らせた。それなのに私と綱吉は集団の真ん中でどちらが逃げるかの押し付け合いをしている。綱吉にアイコンタクトは通じていたんだ。逃げないでいただけ。
「紗夜の方が足速いでしょ!!」
「逃げ足は綱吉の方が速い!!」
「いいから! 行って!」
「そっちこそ!」
「〜〜〜〜どっちも逃すわけねぇだろ!!」
プリン頭には私たちのやりとりが相当イラついたらしく、私たちをぶっ殺すように指示を出した。
げっ、と綱吉と二人で目を丸くする。綱吉を庇うように前に立とうとしたら先に綱吉が私の前に出た。プリン頭が綱吉の胸ぐらを掴んでポケットナイフを取り出す。集団でいることと興奮していることで頭がイってしまっている。
「綱吉!」
「お前はこっちだ!!」
他の男が手を伸ばしてきた。危害を加えるのではなく、捕まえようとしているだけに見えた。だから捕まる前にその腕にスタンガンを突きつけてやろうと考えてしまったんだ。
青い火花を走らせると男はぎょっと目を見開かせて逆の手で持っていたバットを振り回した。
私は何度も言うように恭弥みたいな強さも獄寺くんみたいな場慣れも山本くんみたいな運動神経もない。普通の子なの。
だから危険なことに足を突っ込めばどうなるか、最初から決まっていた。
「っっっっ!!!!」
「紗夜!!!」
言葉にならない悲鳴を出して地面に転がった。頭がチカチカするし痛みで涙は浮かんでくるし。ズキズキと痛む頭に手を置くと赤黒い液体が手のひらについた。
「お前らっっ!!!」
綱吉が吠えた。
珍しいなぁ。
「顔はやめろよ。萎えるだろ」
「仕方ねえだろ! とっさだったんだよ!」
ぽたぽたと土にシミを作っていく。涙なのか血なのか。
「はなせっ!! 紗夜っ!!!」
アドレナリンが出ているのか、痛みがそこまで強くない。この程度の出血では死ぬことはないだろう。
新品の浴衣なのに……。
せっかく買ってくれた浴衣も赤黒い血で染まってしまう。ディーノさんに謝らなきゃ……。
地面に吹っ飛んだ時にスタンガンは手から離れたらしくて、一人の不良に踏み潰されていた。
「おい、立て」
「紗夜に触るなっっっ!!」
当たりどころがよかったのかな。気絶できない。ただただ痛い。涙がこぼれ落ちる。いい大人がこんなところでえんえん泣くこともできない。私の矜持が許さない。
綱吉が何度も咆哮している。だが綱吉もプリン頭に掴まって動けない。何度も何度も私の名前を叫ぶ綱吉。大丈夫、と笑いかけたいのに口角を上げる気力もない。顔を上げる元気もない。声も何も出せない。
────たすけて
声が出ない中ぱくぱくと動かすとバキッと骨を砕いたような音が神社に鳴り響いた。
「うれしくて身震いするよ」
……………この声は……。
雑木林で声をかけられた時とは違う。耳に馴染んでいる安心する声。
「うまそうな群れをみつけたと思ったら追跡中のひったくり集団を大量捕獲」
物騒な言葉を並べていていつもだったら恐ろしいと感じるのに、今日はとても頼もしかった。
「ヒバリさん!!!」
綱吉も少しだけ安心したように、ヒーローのように現れた少年の名を叫んだ。
頭を上げて恭弥が来てくれたことをこの目で確認したい。だけど、頭が重くてすぐに上げれない。
「ヒバリさんっ紗夜が!!! 紗夜を助けてください!! 早くっ!」
「紗夜?」
涙のせいでぼやけていたが、誰かいるのはわかる。上は白くて下は黒い、制服みたいな姿の人。制服なんてこの大人どもが着るわけない。綱吉も今日は私服だった。それなら、今、私の方を見て素早く動いたのが雲雀恭弥だ。
「うっ!!!」
「こいつ───っぐほっっ!!!」
腕を掴まれていた手がなくなり膝から崩れかけたが誰かが支えてくれた。
「……………………」
誰かじゃないな。私はこの人が誰だかわかっているんだから。
私を支えた人は息を呑んだ。
「……きょうやだぁ」
情けないなぁ。ひったくり犯を捕まえようとしていた人の時間を奪ったのに、さらにひったくり犯に捕まり手間かけさせて助けてもらうなんて。
「……赤ん坊。紗夜を頼むよ」
「……ああ」
赤ん坊……リボーンか。いつの間にいたのだろう。恭弥は私を何処かに誘導して座らせる。恭弥の手がなくなると代わりに小さな手が私の頭に触れた。
「───殺す」
空気が震えるほど恐ろしい静かな声が耳に届いた。
「……怪我は?」
「リボーンが手当てしてくれたから何ともないよ」
山本くんと獄寺くんも加わってプリン頭のひったくり集団をボッコボコにした中学生たち。勝利した綱吉も獄寺くんも山本くんも傷やススがついているのに恭弥だけは何もない。返り血がついているだけ。
爆発音に打撃音。物騒なものが前で繰り広げられている中、私はリボーンに頭の手当てをしてもらった。包帯を巻かれて、バットで殴られて地面に転がってしまった時にできた顔の擦り傷には絆創膏を貼っている。どこのヤンチャガールだ。
素手にトンファーにダイナマイトに刀。全て物騒だったけれどなぜか見ていたらとても安心した。感覚狂ってきているのかな。たまに人質にしようと数人が狙いを私に定めたが、みんなは見逃さずに絶対に仕留めた。リボーンも拳銃を用意していて、本来なら怯えなくてはいけない物騒な場面だったけれど、なぜか怖くなかったんだ。
「……一人にするべきではなかったね」
恭弥は包帯に触れた。ぴりっと痛みが走り苦痛で顔を歪めると恭弥はよく読めない通常のスタンスの表情で手を下げた。
「紗夜っ!」
「んー?」
「ごめん!!」
駆け寄ってきた綱吉にまた謝られた。先程リボーンにも謝られているんだよ。遅くなって悪かっただって。獄寺くんにも山本くんにも同じく頭を下げられた。勝手にここに来て喧嘩腰で話したのは私なんだから謝る必要なんてないのに。
「あの、さ……ここから花火見れるんだって。怪我が痛まないようなら……紗夜も一緒に見ない?」
京子ちゃんやハルちゃんにランボやイーピンも集まってきているようでみんな少し離れたところにいるそうだ。
手を差し出してくれる綱吉。最後の最後はいい思い出で終わらせたいなあ。見たいが本心だ。でも一緒に来た人は群れが嫌いだから断らないと。
「ごめ、」
「終わったら連絡して」
珍しく許可が。
私の気持ちは表に出ていたのか、恭弥は背中を向けて歩き出した。
「ヒバリさん!! ヒバリさんも一緒に見ませんか!?」
「見ない」
絶対に連絡しろ、と恭弥はもう一度私に告げて回収したお金を持って消えていく。
「……見てけばいいのに」
「うん……」
そこまで群れたくないのか。共に仲間として戦ったんだからつるめばいいのに。
「じゃあ……行こっか」
「そうだね」
優しい微笑みの綱吉。手を重ねて立ち上がる。
少し離れたところでは何人かが手を振っている。花火始まるとかなんとか声をかけてきてくれている。
「紗夜、……あのさ、オレ、ヒバリさんみたいに強くないけれど……それでも紗夜を置いていくなんて選択肢絶対に持つことないから」
優しかった綱吉の目は今は少し怒り気味だ。嘘つけ、昔はよく私の背中に隠れていただろう。
「だから……もう二度と今日みたいなことしないで」
怒り慣れていない。少しだけ釣り上がった目尻は徐々に下がる。
「……ほんとに、ごめん」
「……私こそ」
夜空に花が咲く。軽快な音を出して何度も何度も咲く。
綱吉は私の手を引いてみんなの元に連れて行ってくれた。ここで起きていたことを何も知らない京子ちゃんやハルちゃんたちにはとても心配されたが誤魔化して、ランボをだっこして草むらに座る。
夜空に咲き誇る色とりどりのお花は、とてもキレイだった。ひったくり犯で最悪となっていたお祭りを最高の思い出にしてくれた。