見えない優しさ
教室には誰もいないと思っていた。
球技大会で負けたオレは少し荒んでいた。大好きで部活でやっている競技に出たのに同じ部の先輩や趣味でやっているやつにばこばこと打たれてしまったのだから。
余裕がなくて誰とも話したくなかった。今話したら変なことを口走ってしまう気がして。
だから教室に戻ったのだ。球技大会で盛り上がっている学校内。教室にいる者はいないだろうから。
むしゃくしゃしてどうにもならなくて、教室のドアを開ける音も思っていた十倍ほど大きく鳴った。
「……悪い」
「ううん、大丈夫」
誰もいないと思っていた教室、だが一人だけいた。授業がない日にイスに大人しく座っているなんてオレにはできっこない姿。
誰もいない静かな教室で一人座っていた女子生徒。シャーペンを握って何かを書いている。
「どうしたの?」
そこらの赤がくすんでしまうほどの鮮やかな赤い髪を持つのはクラスではたった一人。女子が話しかけてきたがオレは言葉が出なかった
ガラではないのはわかってる。だが教室に入ってきた時、思ってしまったんだ。
きれい、だと。
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球技大会でみんな和気あいあいと盛り上がっている。私はどうかって? 競技大会免除になったよ。やったね。その分皺寄せは来ているが。
競技大会の主催者は誰でしょう。はい、答えは体育委員会。そして生徒会本部。生徒会長の私はやること多いよね。この学校はやはり特殊だと思う。生徒が動きすぎだろう。特に私。他の委員会は生前の中学校とほぼ同じ活動量だけど生徒会長だけおかしい。私が知らないだけでどの学校も多いのだろうか。最近多いよ。綱吉の変質者事件も片付けたし、それのせいで剣道部主将との試合が見れなかった。綱吉がどうやって勝ったのかとても気になる。本人に聞いたら髪の毛むしったんだって。それは反則じゃないの? ちょうどその日に剣道部主将と廊下ですれ違った。坊主だった。……涙目だったよ。
ということでとても仕事が多い。どういうことかわからないけれど球技大会のことは体育委員会が指揮してよ。なぜ生徒会本部なんだ。ちくしょうめ。
今度他校との生徒会の集まりがある時にでも聞いてみようか。この世界の中学校生徒会本部の仕事多くないですかって。比較対象がないからわかりませんって言われて終わりだよ。聞けそうだったら仕事量について聞いてみよう。
よおし、そうとなったら頑張るぞ。自分に鼓舞を入れた時教室のドアがけたたましく音を鳴らした。驚いて肩がびくりと跳ねた。
「……悪い」
「ううん、大丈夫」
ドアを開けたのは球技大会では教室には近寄らなさそうな男子。同じクラスの山本武くん。何回か言葉を交わしたことがあるだけの仲だ。親しくはない。
運動大好き代表に選ばれる人が球技大会で応援もしないで教室に戻ってくるのは珍しい。私の思い込みもあるだろうが山本くんは自ら参加して盛り上げるタイプだと思っていた。
そうじゃないんだな。仕事に戻ろう。試合のスコアをまとめて………………じっと視線を感じる。痛い。
「どうしたの?」
座ればいいのにずっと立ちっぱなしで見つめてくる山本くんに先に白旗をあげたのは私だった。スルーできなかった。
「あ……いや、……球技大会に人が教室にいるなんて思ってなくってさ」
「今は私だけだけどちらほらといるよ」
「マジかよ……」
さすが陽の者の考えることが違う。誰もが学校行事を楽しめるわけではないんだ。嫌で嫌で仕方なく教室や図書室、人が来ない場所で時間を潰す人だっている。それにもうすぐテストだから勉強を大切にする人もいるよ。
人がそれなりにいると伝えると山本くんは右手で顔を覆う。声がとても嫌そうだった。珍しい姿だと思う。いつもみんなに囲まれ輪の中心にいて笑顔の山本くんらしかぬ姿。
だからなのか。私が変なことを提案したのは。
「生徒会室来る?」
いろんなスコア表をまとめて席を立つ。生徒会室なら他に誰も来ない、わけではないが用がなければ誰も来ない。今日は体育委員会以外の出入りは全くないはずだ。
「生徒会室?」
「いろいろ資料あるから一人にはさせられないけれど、それでもいいならおいでよ。教室より人の出入りは少ないよ」
ここで断られたとしても私は行く。今日は1-Aか生徒会室、どちらかにいないと体育委員会が私が行方不明だと大騒ぎする。放送で名前を呼ばれるなんて恥だ。
どうする? もう一度尋ねると山本くんは決まり悪そうに笑いながら首を振った。
「オレ生徒会室初めて入ったわ」
「普通寄らないよね」
大体の一年生は最初のクラス単位の学校案内以来生徒会室に近づくことはない。まだ委員長に選ばれることも部長に選ばれることもあまりないのだから。一年生はクラス委員長が来ることは多かった。集団の中で一番上の役職に選ばれたもの以外が近寄ることはないだろう。
ソファーに座っててと伝える。棚からカップとティーパッグを取り出してポットでお湯を注いだ。今日はお湯を沸かしといてよかった。
「どうぞ」
「サンキュー」
負い目を感じている山本くんには触れずに私は一つだけ離れている机に向かう。このオフィスチェアは恭弥が許してくれたふっかふかのイス。ねだってみてよかった。腰に負担かからない優れもの。音もあまりしない。
「……そういえば鳴神は生徒会長だったな」
「うん」
「入学式の日に腕章つけてたけどもうつけないのか?」
「あれは本当に必要な時以外つけないことにした」
かきかきとまとめていく。1-Aは男子バレー以外もう全て負けている。やはり三年生が強い。部活で身体も作られていて体力もあり、前期の球技大会は最後だから盛り上がるのだろう。
「っ、オレ野球に出たんだけど負けちまってさ! 情けねえよな! 野球部レギュラーなのに部活していない先輩にも打たれちまうなんて!」
「そんなことないよ」
転入生が来るとかどうとか校長先生から今朝言われていたな。あの資料どこやったかな? 1-Aに転入させると尋常じゃない汗を流していた。怯えていたようにも見えたが転入生関係なのか、それとも違うことか。
「あのさ、」
「いいよ無理して喋らなくて」
山本くんの声が止まる。無理して張り上げていた声はか細い謝罪の後なくなった。
私と二人っきりの無音の空間は気まずいのだろうか。立ち上がって生徒会室の窓を全て開ける。外ではまだ球技大会が実行されていて、カキンッとバットがボールに当たった音や賑やかな声援の声がした。
彼は無言で背もたれに体重を預けて俯いているだけだった。何を考えているか、彼の悩みは何なのか私にはわからない。
その後球技大会が終わるまで生徒会室にはペンを走らせる音と賑やかな少年少女の声が響くだけだった。副生徒会長書記会計庶務に誰も就いていないのがそもそもおかしい。知らねえよ会計予算とか。
「……………ありがとな」
恭弥が許していないからみんな生徒会に入らないだけだ。私が直々に募集かけようか、と考えていたので山本くんの小さな声は耳に入らなかった。