海底には愛が棲む
「………フェア精神はどこに置いてきたんだよ」
第一泳者の山本くんも第二泳者の獄寺くんも帰ってこない。足がつったとかいうがそんなことはない。ちゃんと準備運動して脚を伸ばしてから泳ぎに行った。
ただの独り言。だが聞こえていたらしく三番手を務めるプリン頭が下卑た笑いでこちらを見てくる。
「どこからどう見たってフェアだろぉ〜?? あいつらは足をつって休んでいるだけなんだから」
それで騙される人はいな───
「そうだな! センパイ!」
いるんだ。
「だが! 奴らが心配だ!! 岩へ行ってくる!」
笹川先輩に落胆しそうだったが岩へ行くという申し出に少しだけほっとした。笹川先輩のことを泳げないと綱吉と獄寺くんと山本くんは言っていたが誇張しているだけ。だって泳げない人がライフセイバーをするわけないよね。
みんな笹川先輩の申し出に明るい顔色を示す。だが、
「わかんねー奴だなーー了平! いま奴らは岩の自然と語りあってるんだ。じゃまするな」
「なるほど!」
なぜそれで納得する。京子ちゃんが怒りと恥ずかしさで顔を赤くしちゃってるよ。
笹川先輩はなんなのだろう。アホなのか、それとも人を疑えないバカなのだろうか。あの二人は勝負の最中に岩と語り合うほどスピリチュアルではない。獄寺くんは少しオカルト好きだが綱吉が関係している勝負の最中に自然と会話はしない。
「……綱吉、私が代わりに泳ごうか?」
2本先取されたことで私たちの負けだが大サービスで最後の一戦に全てを委ねさせてくれた。怪しすぎる。
ちらりとプリン頭に視線を送るとにやにやと私を見てきていた。視線は胸にだ。
っ……さいっていな男がっ!!
きゅっ、と獄寺くんが貸してくれている羽織を握って前を隠す。
「でも紗夜って泳げないよね……?」
「……ほら、浮き輪使えば」
たぶん泳ぎに関しては私と綱吉はほぼ同じ。というより最近綱吉の方が上になってしまった。市民プールで山本くんや獄寺くんたちと特訓してクロールは泳げるようになったのだ。平泳ぎで15メートルは泳げなくて今年のプールの授業は女子に混ざっていて少し感覚がマヒしていたが綱吉の方がたぶん泳げる。
カナヅチではないが泳ぐのが苦手な私。それでも多分綱吉が泳ぐよりは相手は油断してくれる。もしかしたら、万が一が起こるかもしれない。岩の後ろで何が起きているかはわからないけれど、もしかしたらいける、かもしれない。
「オレはそれでもいいけどな。名前なんて言うんだっけ?」
「触らっ───」
「紗夜に触るなっ………いでください」
また腰に手を置かれて持っていたものを突き付けようとしたら綱吉があいだに素早く入ってくれた。あと突きつけようとしていたものはスタンガンではなくて携帯だった。間違えた。
「ツナさんよー邪魔しないでくれねぇか? お前らは負けるんだから時間の問題だろ」
「っ、そんなの、まだ……」
「紗夜ちゃんか。わかったわかった。じゃあまた後でな」
「っ、紗夜の名前を喋らないでください……。紗夜に触らないで、ください……っ」
「はあ? まあオレはどっちと勝負してもいいぜェ?」
侮蔑をこめた笑みを爆発させて高笑いするプリン頭。去っていく姿を綱吉の後ろから睨みつける。
綱吉は身体を小刻みに震えさせていて。怖かったのだろう。それなら出てこなくても大丈夫だった。綱吉は普段は危険な場所には出てくる人ではない。怯えて足がすくんでしまう人だった。穏やかで臆病だったはず。それなのに、なぜ……。
「紗夜」
綱吉は私の方に身体を向けた。茶色の瞳には強い意思がこもった炎が灯っていた。
「オレが、オレがやる。絶対に勝つから……安心して」
「泳げないのに? 海が怖いんだよね?」
「だけどっ……オレがやる! 紗夜がアイツらに触られるの想像しただけで嫌だから!!」
ぐっと拳を握ってスタート地点に走った綱吉。嫌だから嫌ではないから、で勝負の結果は変わるのだろうか。実力は変わるのだろうか。気持ちは大切だけど気持ちで埋まるのは実力差がほぼない時だけじゃないの? 山本くんと獄寺くんと勝負していたドレッドヘアーとスキンヘッドは泳ぎが上手かった。それなりにできる人たちだった。それならプリン頭も同じくらいは泳げる。綱吉が勝てるわけない。怯えたように海を見ていたりライフセイバーがいると知った時はほっと息をついていた綱吉が。
「不安か?」
「そりゃあ不安だよ。綱吉は……負けると思うから」
笹川先輩の合図で第三泳者がスタートした。クロールでばしゃばしゃ手足を動かしているのも息継ぎも一生懸命やっているのは伝わってくる。だが圧倒的に遅い。プリン頭にだんだん遅れを取っていく。
「紗夜はツナの成長がわかってねーな」
「……そうかな?」
「ツナは心身共に成長中だぞ。昔のツナなら紗夜が男にちょっかい出されても助けるわけがねぇ」
「それは思った」
珍しいな、とは思った。
リボーンと話している間も差はつけられている。下僕になる、か……。嫌だな……どうにか交渉して取り下げてもらいたいが女目的のチャラ男たちが引き下がるとは思えない。普通男女同数グループに話しかけてくる?
「もしかしたらキセキが起こるかもな」
「奇跡? ……って、いつからいたのリボーン……」
「さあな」
自然すぎて忘れていたがリボーン今日来てなかったよね? なんで私は普通に会話していたのだろうか。
リボーンの出現に目を丸くしている時、女性の切羽詰まった声が。小さな子どもが流れている、と。
「よし、オレはちょっとツナの近くに行ってくる」
「まままって!! 子どもが!!」
「ああ わかってる」
リボーンは海に浮き輪なしで入っていった。
救助に向かったのかな? 私は何もできない。泳げない。
「ライフセイバーの出番だ!! 今行くぞ!!」
笹川先輩は叫んで浅い、まだ膝までしかないところでバシャンッとお腹から海に飛び込んだ。浅いところでよくわからないふにゃふにゃした動きで手足を動かし、五メートルも泳がずに立ち上がる。
「ん!? まだ遠い!!」
ライフセイバーやめろよ!!
そんな勢いで泳げてなかった。というより今の泳いでいた、と言っていいレベルかもわからなかった。私の方が上手いレベル。笹川先輩の泳ぎを見ればみんな綱吉の方が上手だと述べるし選出する。
笹川先輩を行かせても流されて戻ってこない人が増えるだけだ。
周りを見回しても誰も動く気配がない。
……それなら私が行くっ。死ぬ辛さが一番わかっているのは私だ。私はたぶん、記憶にないからなんとも言えないけれど溺れて亡くなったわけではない。だけど苦しくて温かくて冷たくなっていく感覚はわかるんだ。
行こうとしても手足が動いてくれない。意思に逆らう。震えて動かない。
私は泳げない。もしかしたら助けに行って溺れる可能性がある。また、しぬ、かもしれないということだ。
「っっ〜〜〜〜〜〜動けっ」
動かない。勇気がない。見知らぬ幼女と自分の命はわかっていた通り自分の方が大切なのだ。
プリン頭の仲間のライフセイバーも動こうとしない。
その中、泳げない部類である綱吉が一人向かっていく。他の誰も向かわないのに綱吉だけが。
遅くても少しずつ目的の幼女に近づいていく綱吉。波に逆らって、少しずつ少しずつ……そしてたどり着いた。
「やっぱり10代目はすごいお方だ」
「つい最近まで泳げなかったのが嘘みてーだよな」
「! 二人とも……おおう」
大量の男を引きずって海からあがってきた獄寺くんと山本くん。この二人は結構似ているらしく二人揃って容赦ない。ライフセイバーの仲間たちは全員ぼっこぼこにされていて誰一人意識がなかった。やはりフェアではなく、岩陰や海底にお仲間がいっぱいいて邪魔をしてきたらしい。全部返り討ちにしたらしいが。置いてこないで連れて帰ってきたところが優しいよね。
「無事で、よかった」
綱吉もちょうど死ぬ気弾を撃たれて、最初とは違って速い泳ぎで戻ってくる。
「こんな奴らに負けるわけねぇ」
「心配してくれてありがとな」
二人の苛立ちはまだ収まってなく、矛先はドレッドヘアーとスキンヘッドに向かった。
指をぼっきぼき鳴らす獄寺くんに目元を少し釣り上げる山本くん。海ではプリン頭を殴っていた綱吉。
「……………………あははっ」
なんか安心しちゃった。
すぐ近くでは人を殴っている音が連発して爆発音まで。
タオルを用意して近くのお店で飲み物を人数分買う。みんなすごいなあ。
戻って山本くんと獄寺くんにタオルと飲み物を渡す。獄寺くんには羽織も返さないといけなかったが受け取ってくれずに着てろとまた渡された。
「綱吉」
「紗夜……」
救助したのに死ぬ気弾を撃っていた時とは顔が違うと幼女に信じてもらえなかった綱吉はガーンとショックを受けていた。砂浜に四つん這いでいた綱吉に正座になって視線を同じにする。
「お疲れ様」
「ありがと……」
髪からポタポタと雫を垂らす綱吉。タオルを渡したが拭かずに手に握った。飲み物も飲まない。キャップを開ける気力もないらしい。
「すごかったね。幼い子どもを助けるなんて」
「……怖いじゃん。オレも昔沖に流されたから気持ちはわかるんだよ」
「……そっかあ」
唇を尖らす綱吉に自然と笑みが溢れた。
「なんで笑ってるの」
「ごめんごめん」
名声をもらうために助けたのではなくて子どものためだけを考えて助けた綱吉。怖いだろうから助けたの。違うけれど同じ理由で私も動こうとした。なんか少し嬉しかった。
「……ありがとう。助けてくれて」
「う、ん……よかった」
あまり今日みたいにしつこくからまれることなかったから追い払えるか少し不安だった。蛇みたいにねちっこそうだったから、いざとなったら暴力で支配してきそうだったから少しだけ、不安だったんだ。京子ちゃんとハルちゃんは天然だから下手したら着いていっちゃいそうとも考えてたし。
柔らかく微笑むと綱吉も嬉しそうに笑い返してくれる。
「紗夜があいつらと一緒にいることにならないで、本当によかった」
「うん。京子ちゃんもハルちゃんも無事だし、二人とも惚れ直したと思うよ」
「え!?」
でも京子ちゃんはもともと惚れていないか。だけど綱吉に対しての好意は上がったことだろう。
「あ、京子ちゃんもだ……」
「ん?」
「……えっ、とその、なんでもない」
目を泳がした綱吉は力強くごしごしと顔をタオルで拭いた。