海に潜む罠
中学二年の夏休み。去年は家に引きこもっていたり学校に行ったりすることが多かった。夏らしいことはほとんどしていなかった。だが今年は京子ちゃん経由で笹川先輩に海に誘われた。本人はライフセイバーのお手伝いで海に泊まり込みらしい。ボランティア精神が素晴らしいと思いました。私はどうしたってライフセイバーをすることはできない。
「すごいね笹川先輩」
「泊まり込みですもんね!」
「先輩のお手伝いみたい」
京子ちゃんとハルちゃんと水着に着替えに更衣室に向かう。学校の授業以外で泳ぐことがなかった私は水着なんてスクール水着以外持っているわけなくて昨日京子ちゃんとハルちゃんとお買い物してきた。二人も新調していて、ビキニを選んでいて……なんか、もう、強い。紐で結ばれている下手したらながれていってしまうタイプのやつ。そんなお約束ごとはないだろうが。私はビキニを選んで着る勇気はなかった。
じゃあ、と更衣室に入ってそれぞれ着替える。昨日購入した私の水着。あまり子どもっぽいものを選ぶとハルちゃんと京子ちゃんと一緒にいられない。浮くに決まっている。だからといって肌を出したくない。最近はワンピースタイプもとても可愛いくて大人らしいものが多かった。下は望んでいたスカートタイプ。よかったいいものが見つかって。
着替え終わって外に出る。京子ちゃんとハルちゃんはまだらしくて近くの壁に寄りかかった。この真っ赤な髪なら女子の集団に紛れていてもわかりやすいだろう。着替え終わった女性と着替える前の女性がちらちらと視線を送ってくるが私は一人で来ているわけではないから。どう思って見てくるのか知らないけれど一人ぼっちで海に来る勇気はないから。
「ごめんなさい紗夜ちゃん!」
「お待たせ」
「うっ……!!」
待ってないからよかったんだけど二人を視界に入れた瞬間目が眩むかと思いました。眩しい。肌白い。肌出しすぎじゃないだろうか。心配するよ。
「紗夜ちゃんってやっぱりスタイルいいよね」
「ハルも紗夜ちゃんぐらい胸が欲しいです」
まず君たちは自分を鏡で見てきなさい。私はこの二人を守りながら綱吉たちと合流しないといけないの? 無理じゃないかな。危険だよね。無理だよね。
とりあえずカバンの中に入っている持参したスタンガンを出す準備だけはしとこう。何かあったらバチバチッと。
「それじゃあ行こっか」
「そうですね!」
私の不安は知らずに京子ちゃんもハルちゃんも平然と歩いていってしまう。この天然たちがっっ!! はあ、と一回息を吐いて慌ててついていく。後ろで目を光らせながらついていったがやはり海に来ている男の視線を奪っていた。いくつかのカップルから破局しそうな修羅場真っ最中の声が聞こえてきたが、目を合わせたら終わりなので何も知らないふりをした。赤髪の女の子が、という単語は多分私についてだ。何を話しているのだあの恋人さんたちは。
無事綱吉たちと合流を果たして鼻の下が伸びきっているだらしない綱吉を見てしまった。一瞬だけ冷めた視線を送ってしまったが気づかれていませんように。
招待してくれた笹川先輩にお礼をして買ってきた飲み物を渡す。快く受け取ってくれた。笹川先輩はライオンパンチニストで並盛のランブルフィッシュらしい。ら、ランブルフィッシュ?? なんじゃそりゃ。
よくわからない単語に言葉を失っていたら笹川先輩がライフセイバーの先輩を紹介してくれた。
「………………うわ」
みんな同じ感想を持っただろう。ライフセイバーとして紹介してもらったのは海の砂浜にゴミを捨てた男の子を注意した三人組の大人。注意したことはいいんだがやり方がおかしい。まだ小学校低学年ぐらいの男の子の胸ぐらを掴んで地面から浮かせて脅すように叱る。子どもを地面に捨てるように離して子どもが落としたゴミだけではなくてここら一帯のゴミを全て掃除しとけ、と噛んでいたガムや空き缶を投げ捨てていった。
ドレッドヘアーとスキンヘッドとプリン頭の三人組。全員色黒だった。
ボクシング部の先輩らしい。なぜか笹川先輩はこの三人組を尊敬しているらしく先程の小学生程度の子どもにしたやりとりを見ていたくせに誇らしげに紹介してきた。
「お、もしかして了平の妹ってコレ? へーーなかなかオレ好みかもしれない」
「こ…こんにちは」
プリン頭が京子ちゃんにからむ。京子ちゃんはいい子だから挨拶しちゃった。そういうのは無視するのが正解なのに。私もされたらしそうだけど。京子ちゃんのこと何も言えない。
絶対この輩たちはナンパ目的の奴らだ。ナンパだろうが何をしようが本人たちの自由だが関わりたくない。
「おっ、オレこの子が一番好みだわ」
「あっ、ははは……ちょっと触るのは……」
プリン頭が京子ちゃんから私に顔を向けて口元を三日月のように歪ませる。肩を組んできたのでべしっと軽めにだが払ってしまった。
ただただ気持ち悪い。下心満載で触れてくる男たち。京子ちゃんとハルちゃんも他の男どもに肩を組まれていた。
「そんなこと言うなよ。そっちだって声かけられ待ちだろ?」
「っ、違うので……その……」
本当に気持ち悪い。やましい下心を隠す気のない男たち。本当の声かけられ待ちは男子と一緒に海に来るわけない。
「すっげぇ髪色してンじゃん。へぇ中々上手く染まってる。中学生だっけ? こういうの興味持ってるんだ」
言い返して説明するのは時間の無駄だ。
女子は一緒に遊ぼう、と強引に連れて行こうとする男たち。腰に手を当てられて抱き寄せられて。押し返したけれどほとんど無意味で、海だからと結んでいた髪の毛には触られるし男の香水の匂いがきついし。身近に香水をつけている男性もいたけれど、鼻につくほど強くなかった。ディーノさんとかはいい香りだな、と思うのに今は頭が痛くなる気分が悪くなる。プリン頭にとって私の抵抗はあるのもないのも変わらない程度らしくイヤらしい下品な笑みを浮かべる。もう我慢できないっと防衛本能からカバンにしまっていたスタンガンを取り出した時────
「やめろよ」
私の二の腕を掴んで助けてくれた人たちがいた。
「てめーらの仕事するスジはねぇぞ」
私の前に立ってプリン頭から隠すように立ってくれた山本くんと獄寺くん。二人は怖い顔をしていて相手を睨みつけている。京子ちゃんとハルちゃんも今のうちに抜け出せたらしく逃げてきた。
「そのとーりだセンパイ! こいつらをよんだのは遊ばせるためでライフセイバーを手伝わせるためではない!」
楽しみだった初めての友達との海。それをこんな欲望に忠実な獣たちに邪魔されるなんて。ムカついたから今すぐ恭弥に電話して海に風紀を乱す集団がいるよって報告したい。喜んで来てくれることだろう。最近手応えなくて暇だとぼやいていたから。こいつらも手応えなさそうだけど。
笹川先輩もザッと前に出てきて山本くんの横に並ぶ。一人だけ意味がわかっていないような発言だったが助けようとしてくれているのは事実。獄寺くんと山本くんはライフセイバーの人たちが人助けの精神のないナンパどもと理解しているが笹川先輩はしていない気がする。
「わかんねーのか了平? オレ達はかわいい後輩にライフセイバーの素晴らしさを知ってもらいたいんだ」
「なるほど」
本当に理解していなかった。ぽんっと手を叩いた笹川先輩。言いくるめられる純粋な人。前に教えてもらった京子ちゃんと本当の血の繋がった兄妹というのはわかった。二人とも人を疑うことを知らない天然だ。似ている。
ライフセイバーの素晴らしさを教える気持ちは毛ほどもなかっただろう。笹川先輩と揉め事を起こさないためだけのでたらめだ。笹川先輩は強い。ボクシング部主将の全国レベル。まともに相手にしたらいくらボクシング部出身でも勝つことはできない。卒業後も顔も出しに来ているみたいなので知っているはずだ。だから頭の弱い笹川先輩を適当な言葉を並べて言いくるめた。
ライフセイバーの素晴らしさを教えるという発言に京子ちゃんとハルちゃんが言い返してしまう。兄やツナさんを手伝う、と。
ここで綱吉の名を出したハルちゃん。一番怯えていた綱吉の名を出した。ツナさん、とハルちゃんが出したあだ名にナンパ目的の三人は笑い出す。ツナはマグロを意味するから。嘲笑する三人組に綱吉大好き獄寺くんがブチ切れた。だがプリン頭は獄寺くんの凄みに涼しい顔をしている。
プリン頭は見下して一つ提案してきた。ケンカではなくて3対3のスイム勝負を。少し離れたところにある岩をぐるりと周って帰ってくる勝負。フェアにやろうとフェア精神のかけらもない下品な顔で申し出てきた。条件として敗者は勝者の下僕になる、と。フェア精神やはりない。
もちろんみんな断ろうとしたがパオパオ老師というゾウの被り物をした小さい人が物理的に黙らせてきた。反対しようとすると口にボクシンググローブを当ててくる。もちろん優しく。
「勝ちゃーいいだけ」とリボーンみたいなことを言うパオパオ老師。お前誰だよ。何口挟んで来ているんだよ。
敗者は勝者の下僕となる。三人の選出は山本くん獄寺くん、そして綱吉。最初に二勝しないと敗北が決まる。笹川先輩が行けばいいのに、と思ったが笹川先輩は綱吉より泳ぎが下手らしい。嘘だろ? なぜそれでライフセイバーをやっているんだ。あんぐりとなってしまった。
使うことのなかった真っ黒いスタンガンをカバンにしまう。目を閉じて長い息を吐いて、瞳を開いた。
「さっきは助けてくれてありがとう」
「おう 気にすんなよ!」
「……イラついただけだ」
とりあえずお礼をまだ言ってなかった。引き剥がしてくれた山本くんと獄寺くんに感謝の言葉を伝えると山本くんは眩しい笑顔で、獄寺くんはそっぽを向く。
「んじゃオレ一番行ってくんな」
「うん。がんばれ」
ぽんっと頭に手を置かれて山本くんは海と砂浜の境に歩いていく。山本くんの運動神経は優れている。水泳に熱心に励んでいる人か山本くん以上の運動神経の持ち主しか勝てるわけがない。だが相手となるドレッドヘアーは熱意も能力もなさそう。大丈夫だ、何事もなく終わる。
「これ着てろ」
「え? うん」
獄寺くんは着ていた羽織を私に渡して同じように海の近くまで歩いていった。二番手の準備をしたんだ。獄寺くんも運動神経いいから勝てるだろう。スタンガンも電話も必要なさそうだな、と眺めていたら山本くんが帰ってこなかった。遅れている、じゃなくて帰ってこない。不自然だ。
もう勝てないな、と考えて携帯を取り出す。獄寺くんが勝ったところで結果は二敗だろう。綱吉が勝つとは悪いが思わない。つい最近までカナヅチだったのに。
だがなぜか獄寺くんまでもが帰ってくることはなかった。