ありがとう、そうして今年も


二度目の人生を迎えてから、紗夜の誕生日を祝うものは少なかった。周りとは浅い付き合いで、クラスメイト・知り合いの上位互換程度の関係ばっかりだった。深く親友と呼べる付き合いのものが少なく、誕生日を覚えてもらうことはほとんどない。今年は友達が増えたが誕生日は休日だったということもあり、知らせることはなく、だがクラスで唯一昔から知っていたツナが金曜日にプレゼントを用意していたおかげで他の友達からもお祝いしてもらえた。

少ない中でもツナと同じように昔から祝ってくれていた者が他にも二人いる。家が隣の歳が近い雲雀と実の父。父は娘の誕生日には毎年仕事を休んで会いに来てくれていた。パティシエである父の手作りケーキ。紗夜の好物は熟知していて、今年は桃のケーキだった。

実の父からケーキをもらって買ってきたご馳走を雲雀と三人で食べて。プレゼントももらった。紗夜にとっては実に幸せな誕生日だった。14歳の誕生日も父と一緒に過ごせたことが嬉しかった。だが欲を言えば……家族で過ごしたかった。紗夜がその思いを表に出すことは絶対ない。自分が木っ端微塵に粉砕したのだから。


「いつもありがとう恭弥くん」

「……………………いえ」


紗夜が洗い物をしている間は雲雀と紗夜の父親は二人きりとなる。
読書をしていた雲雀だったが紗夜の父に話しかけられ、本を机の上に置いた。今雲雀の前に座っている男は外で会った時とは違って真摯で優しい眼差しをしている。


「紗夜に恭弥くんがいてくれてよかったよ」


大切な愛娘を一人で家に置いていくのは躊躇った。だが離れないとならない状況になってしまった。娘と妻は共に暮らせる状態ではない。父親にできることは愛する娘と一緒に暮らすか愛する妻と一緒に暮らすかを選ぶこと。この二つから一つを選択しなければならなかった。


「紗夜、最近楽しそうだなぁ」


普段から電話でもメールでもコミュニケーションは取っている。学校生活のことなども聞いているが直接聞くのとは勝手が違う。
今日聞いた紗夜の話。紗夜が友達について話すことなんてほとんどなかった。だが今回は紗夜から多くの友人について語ってくれた。最近は仲の良い友達がとても増えたことを知った父親は目を細めてずっと聞き役に回っていた。男の名前がとても多くて胃がきりきりもしたが楽しそうな娘の様子に父親はずっと微笑んでいた。


「寂しそうじゃなくてよかった」

「(………………寂しい……)」


雲雀は片眉を上げる。確かに友人のことを話している紗夜は寂しいとは無縁だったかのように思われる。だけど寂しいわけなんかないんだ。時折見せる面影。寂しそうに全てを諦めているように笑う紗夜。
ずっと近くにいた雲雀にはわかる。紗夜は寂しくないように振る舞っているだけだということを。それを父親に言わないのは父もわかっているから。わかっているけれど言葉にしないだけ。家族問題については声にあげなかっただけ。


「それで? この家に戻って来れそうなの?」


そんなこと雲雀は許さない。紗夜も父親も逃げているだけ。現実と向き合わないでいるだけ。


「……恭弥くんは強いなぁ」


歯に衣着せない発言。オブラートに包みもしない。

ただ家が隣だというだけの関係。隣人さんの家族問題に首を突っ込むなんてめんどくさいことをする人は少ない。鳴神家は人によっては気まずいと感じることもある家庭なのに。


「……妻はまだ紗夜の名前も聞くことができない状態だよ」


名前だけでもパニックを起こしてしまう。一番酷かった、入院していた頃に比べればだいぶ回復はしてきている。紗夜の母親は今は普通に生活を送っている。娘の話題がなければ。
娘の姿を見ることはもちろん、名前を聞くこともできない母。母親と娘は何年間も顔を合わせていない。

紗夜もそれは十二分に承知していた。いつもいつも、母親を壊していたのは自分だった。紗夜のちょっとした言葉に、動きに、反応に、母親は壊れていった。


「オレは紗夜をおかしいとは思わなかったんだよ。今だって思わない。紗夜は少しだけ周りより大人びている子どもだっただけなんだ。中学生となれば周りと差なんてない」


父は幼い娘の行動はしっかりしているとしか思っていなかった。母親とは捉え方が違かった。

紗夜は生まれてからほとんど夜泣きも粗相もすることはなかった。大人しく静かで食事も親の望む時間にいい子にとってくれて、一人で階段を上り下りもする。おむつは断固拒否していた。挨拶はできる。字は読み書きをする。計算もできる。パソコンを起動させては親がわからないような難しいことをしている。あからさまに以前までできていたことを場の空気を感じ取って失敗したり成功させたりころころと変える。無知を装って。

父親は娘を天才と称えた。だが母親は娘をおかしな変な子と捉えた。そこから大きく差ができてしまった。
まだ隣が雲雀家で、紗夜と歳の近い息子がいて、その息子の雲雀恭弥も大人びていたから母親は心にもやもやを残しながらもなんとか納得しているフリをしていたが、もっと世界を広げて並盛町の子どもたちと比べてしまった。そしてわかってしまったのだ。確信してしまったのだ。自分が生んだ子どもの異常さに。
他の、真っ当な子どもを持つ親から


『紗夜ちゃんはしっかりしているわね〜〜』

『うちの子なんてまだクレヨンを握る時グーよ。紗夜ちゃんは正しく持てているのに』

『紗夜ちゃんはお片づけまでちゃんとするのね〜。すごいわぁ』


褒められるたびにドロドロと黒いものが漏れ出てきてしまった。蓋をしていたのに、溢れ出てきた。褒められている言葉は全て『あなたの子どもはおかしい』としか聞こえなかった。


「ごめんな恭弥くん。オレたちはまだ紗夜と一緒に暮らせない」

「……そう」


最初父親は紗夜と暮らそうとした。小学生の娘に一人暮らしなんてさせられるわけがなかった。祖父母と一緒に暮らしてもらうようにもした。だけど紗夜は困ったように薄く微笑むのだ。




『私が家を出ていくよ。ここはお父さんとお母さんの家なんだから。私は一人でいい。……同じことしちゃうから』




これが紗夜と母親が最後に顔を合わせてした会話だった。母親は聞いた途端に目を見開いて言葉にならない金切り声を出してしゃがみ込んだ。


小学生の使う言葉ではなかった。小学生ができる優しい声色ではなかった。小学生がするような諦めた笑みではなかった。


幼い娘を見知らぬ土地に一人にさせることなんて父はできなかった。それでも娘と母はもう共に暮らせない。
どうすればいいか。諦めて笑う幼い娘を取るか、精神を病んで自分がそばにいないと壊れてしまう妻を取るか。紗夜は父親と住むことも拒んだ。お母さんについてあげて、と。
情けない。娘が全てを抱え込んでしまっている。父親は、夫は、娘に対しても妻に対しても家族が壊れる瞬間まで助けることができなかった。だが大事な愛娘を一人にさせれない。しかし娘は両親とも祖父母とも一緒に住むことには絶対に頭を縦には動かさなかった。考え悩んだ末お隣さんに、雲雀家に頭を下げた。並盛の一番の権力者で子どもたちは仲が良い。周りから浮き出ている者同士、よく共にいた。雲雀家に頼んだ。何があっても隣には信用できる権力者がいる。紗夜を一人にさせてしまうことを簡単に伝えて何かあったらお願いします、と何度も何度も頭を地面につけた。何かあった時のために鍵のスペアを渡すぐらい信用している。

その日から鳴神家族が顔をあわせることはなくなった。生涯ないことかもしれない。紗夜はもう放棄してしまっている。父親と会えるだけでもよかった。家族一緒に暮らそうなんて思ってもいない。早く家を出ることを考えている。


「……恭弥くん」


父は微笑む。
男は雲雀恭弥を信頼していた。


「もう少しだけ紗夜を頼む」


雲雀の返事はなかった。雲雀からしたら改めて頼まれても頼まれなくても紗夜に対しての態度は変えるつもりはない。今のようにこれから先も。


「ありがとう。今年も紗夜をよろしく頼む」


男が頭を下げた。深く深く頭を下げた。
娘を心配する父親の姿に雲雀は「はい」と小さい声で返事をした。


「お父さん、このケーキ大きいんだけど」


男同士の話が終わるとタイミングよく紗夜がひょっこりとリビングに顔を出した。デザートの誕生日ケーキを切り分けていたが三人では絶対に食べきれない。明日の朝紗夜が食べてもまだ残る。円の大きさはそこまでないのだが高さがおかしい。三段重ね。もともと雲雀はいる予定ではなかったから父親は三段重ねのケーキを二人で食べようとしていたのか。紗夜はそれを考えるとぞっとした。体重……おかしな数字を生み出すことになる。


「だがっ!! 紗夜をお嫁に渡すかは別だ!! 紗夜はどんな困難が待ち受けていても乗り越えて守り切れる男にしかやらん!!」

「えっ、……ずっとその話してたの? 恭弥? お父さん??」


紗夜が来た瞬間、先ほどまでの話は何もなかったように叫んだ父親。事情を知らない紗夜は口が少し引きつったし雲雀はまた無表情となった。


「紗夜はなぁ可愛いんだ。恭弥くんが惚れるのも仕方ない」

「帰る」

「待って待って!! ごめん恭弥!! 気分害したのはわかるけれどもう少しいて!! ケーキ食べていって!!」

「それは紗夜のために作ったケーキなんだから一人で食べなさい。昔から桃大好きだっただろう。父さんにも恭弥くんにも分けようとしなくていいんだよ。本当に紗夜はいい子なんだから」

「無理だよ!」


「いい子悪い子の問題じゃないっ!」と紗夜は雲雀をソファーから立ち上がらせないようにしながら父親とわいわい話す。


「もしかして紗夜……もう好きな人がいるのか!? 誰だ!! さっき言ってた山本くんか!? 獄寺くんか!? それとも綱吉くんか!?」

「だから!! 違うって!! もうっ……ケーキ食べようよ!!」


紗夜は大きな声を張り上げている。頭上でされるのははっきり言ってイラついた。上に顔があるだけでムカつくのにさらにうるさい。やかましい。

もうっ、と紗夜は三人分のケーキを切り分けてきてそれぞれの前に置く。ポスリと雲雀の横に腰掛けてお皿とフォークを手に取った。

真っ赤な髪が視界に入る。思わず手を伸ばしていた。


「なに?」

「……べつに」


くいっと引っ張れば紗夜はケーキから雲雀に目を向ける。だがまたケーキを食べ始める。


────おめでとう


声には出さなかった。口を数回動かして紗夜に賛辞の言葉をかける。

見ていない紗夜は何も知らない。


「(……僕も食べよ)」


お皿を取ろうと前を向くとニヤニヤとしている彼女の父親が。


可愛いよなっ! わかるぞ! 渡さんが!!


喋ってもないのに何を考えているか雲雀はわかってしまった。


「……………………………」

「っ、待って恭弥! お願いだから! あああーー!! 桃落ちた!!」


気がついたらトンファーを取り出して机に足を乗せていた。