運命に呪詛を吐いた
「私は……っ、私はあの子が私の子どもとは思えないっ!!」
「何を言ってるんだ!! 紗夜はきみがお腹を痛めて生んだオレたちの子どもだ!!」
「っそれでも……あの子は……!!」
泣いていた。私が聞いているとも知らずにお母さんは涙を流していた。
夜のことだった。トイレに起きた私。リビングに灯りがついていたからなんだろうと立ち止まったのが行けなかった。お母さんが床にしゃがみ込みぽろぽろと雫を落とす。お父さんはそんなお母さんの背中を撫でようとしたがお母さんに手を振り払われた。
「あなたはわからないのよ!! あの子がどれだけおかしいか……!! 髪や目だけじゃない……! 全てがおかしいの……!」
限界だったのだろう。お母さんはいつもいつも私を見て何かに怯えていた。
まだ私が3歳の時のことだっただろうか。公園に連れて行ってもらった日に起きたこと。年相応に見えるように頑張ってはしゃいで一人で砂場遊びをしたんだ。一人でも頑張って、3歳の子どもに見えるように遊んでいた。しかし全て無駄。どれほど努力してもお母さんには私が普通には見えなかったらしい。
「山田さんや佐藤さんのところの子は普通なのにあの子だけなんでおかしいの!?」
「一緒だろう!」
「違うわよ全然!! あの子はっ、普通じゃない!!」
それ以上は聞いてられなかった。私は物音を立てないように気をつけながら寝室に戻った。
言葉は聞き取れないがお母さんの悲泣はずっと聞こえていた。毛布を頭までかぶってるのに聞こえてくる。一度聞こえてしまったらどれだけ意識しても声が聞こえなくなることはなかった。
あの子が
あの子は
あの子だけ
────────お母さんに名前を呼ばれなくなったのはいつからだったけ?
もうすぐテストだね、山本くんと笹川先輩は地区大会突破したって、獄寺くんが最近学校に来てなかったの縮んでいたからだよ可愛かった、といろんな話をしながら恭弥と歩いていた。どの話も全て興味なさそうだった。たまに相槌もなかった。だけど苦笑を浮かべると一言だけ返事がいつも返ってくる。
「最近は生徒会活動慣れてきたから早く帰れるようになった。嬉しい」
「じゃあ増やすよ」
「嬉しいの。悲しいじゃなくて嬉しいの。だから増やさなくていい、というより減らして」
ふっふふ〜ん、と口ずさむほど嬉しい。球技大会はすぐ近くにあるけれど前回で慣れた分楽になった。やったね。休日はお家から出なくて済むことが増えた。
「それでいつ学年一位取るの?」
「………………同い年に獄寺くんがいるから無理だよ一生!!」
「順位下がってきてるよね」
「うぐっ……。いや、それは、その……」
昔は天才少女を目指したよ。目指したけど記憶は簡単に抜けるんだよ。今年の途中からは 一度授業で習ったこれ〜 ができなくなる。昔は頑張ったのに。机に齧り付いて大学レベルやっていたのに。天才になりたかったのに。
「………………………今年もか」
恭弥は誰かが近づいてきているのに気がついたらしくため息をつく。私は考え事をしていたし気配を感じとる能力は人並みなので気づくわけがない。
大学レベルの数学はなんとなく公式は覚えているんだよ。解けるかは別で。英語も頑張ったんだよ覚えたんだよ。国語も理科も社会も頑張ったんだよ。だけど抜けていくんだよ。今までテスト簡単じゃんと思っていたのは授業二回受けてしっかり身につけていたからであって私が天才だからというわけではない。
天才少女になりたかった私は一度習った知識を忘れないように、前世の記憶が戻ってからも復習、さらに予習までしていた。まだ本来だったら漢字も読み書きできないだろう小さな子どもが学生の問題を解いているんだ。不気味だろうから隠れてやっていたんだけど、たぶん……見られていた。
私のすべての行動が……お母さんを─────
「紗夜っ!」
「っ、」
前から全速力で走ってきた男性。目の前で止まりにこやかに笑いかけてきたのは───
「お父さん……」
「紗夜久しぶりだなぁ。大きくなって……。そうだ、父さん今日は休暇とってきたんだ。今日中には帰らなくちゃいけないが……それでも夜まではいれるぞ」
お父さんだった。私が父と呼べる二人目の男性。二度目の人生の唯一のお父さん。
私は家族とは一緒に暮らしていない。両親は違う町で暮らしている。二人は賃貸アパートで暮らしている。お母さんとお父さんの念願だったマイホームでは私が一人で暮らしている。……本来だったら私が出るべき、なのに。
「いつ見ても紗夜は可愛いなあ。お父さん紗夜に変な虫がつかないか心配だよ。これじゃあついちゃうに決まってるよなぁ」
腕を組みうんうん一人で納得してしまうお父さん。これはいつものパターンだな。次には恭弥にめんどくさく絡むのだ。お父さんと恭弥が出会えばいつものこと。ほら、お父さんは片目を開いて隣にいた恭弥をようやく視界に入れて驚いた。
「恭弥くんか!? またかっこよくなったなぁ!!」
「………………………」
恭弥の安定のスルー。恭弥のところのお父さんとは全く違うタイプのうちの父に慣れてしまっている。最初は動揺を見せていたのに今となっては耐性がついた。
「だがな!! うちの紗夜は誰にも渡さん! もちろん恭弥くんにもだ!! 紗夜が天使にしか見えなくてそこらのもの全て霞むほど可愛いからつきあいたいのもわかる!! だが渡さん!! 紗夜が欲しいならオレを倒していけ!!」
……娘が認めてしまうほどの子煩悩。親バカともいう。
今日も訳わからないことを述べ始める。恭弥の顔がどんどん無になっていく。お父さんはそれでもずっと恭弥に「娘は渡さない! 欲しいならオレを倒してでも奪ってけ!! そんなことができないやつにはやらん!!」とドラマで見たことがある挨拶をしに来た娘の彼氏に父親が言うようなことを永遠と述べる。
私と恭弥は恋人ではない。お父さんはそれをもちろん知っている。
恭弥も限界が来たのだろう。やかましく身に覚えがないことをずっと目の前で言われていて我慢の限界だったのだろう。どこからか隠し持っていたトンファーを取り出した。そのまま思いっきりガツンとお父さんのお腹に向かって振り回す。もちろん直撃してお父さんは吹っ飛んだ。少し遠いところで脂汗を浮かべてお腹を押さえてうずくまっている。
「……いつもいつもごめん」
「慣れた」
「………………………ごめん」
恥ずかしい。見ていられなくて赤い顔を隠すように俯く。
「さすが恭弥くんだ…………………」とお父さんは最後の言葉を残して意識を落とした。
毎年のことなのだ。この日は必ずと言っていいほどお父さんは私に会いに来てくれる。一年でたった一日だけ決まって毎年来てくれる。他にもちらほらと会いに来てくれるがこの日だけは毎年直接お祝いをしてくれるのだ。
6月23日、私が二度目の生を受けた日。