非日常の始まり


6月18日 天気は晴れ。衣替えは終わっておりワイシャツは半袖となっている。日差しは暖かく肌を出していても寒くはない。

だがしかし。


「パンツのみ、か……」


さすがにそれはまだ涼しいだろう。


何を言っているかわからない? 私もわからない。

今日も一度習ったことがある授業を聞いて帰宅。前世の記憶があるということは勉学に関しては便利だ。幼き頃に密かに天才少女になってチヤホヤされたい一心で勉強はがんばっていた。そのおかげで中学校一年程度の勉学は余裕。これなら期末テストは学年一位を取れる。
真面目に授業に出て生徒会の仕事は今日はなかったので周りの帰宅部と同時刻に帰宅。その途中にパンツ一枚の変質者に会ってしまった。それも知り合い。友人。ここは帰路であり学生や会社員はパンツで道に立っている友人をくすくす笑っている。今さら隠したって遅い。


「……捕まるよ」

「紗夜!」


パンツ一枚の変態、それは同じクラスの綱吉。上着やズボンがあればよかったんだが体操服は学校で今は衣替えの時期、ということはブレザーもカーディガンもベストも家である。だからといってワイシャツを貸せば今度は私が露出狂だ。それはまずい。いろんな意味で死ぬ。社会的にもこの世からも消される。ということで何も貸せません。


「! そうだ! 聞いてよ紗夜! こいつ殺し屋とか言ってオレに銃を撃ってきたんだよ!」 


パンツ一枚で熱弁される。パンツより大事なのかな。私にはちょっと刺激が強いなぁ。頬がほんのりと染まっちゃうし明後日の方向に視線を送っちゃう。この案件については明日何か言われるのだろうか。並盛中の生徒がパンツ一枚でしたとか。生徒会長めんどくさっ。綱吉だし適当に誤魔化しとこう。本当の変態だったらどうにかしてもらわないとだったけど綱吉だから大丈夫。


「聞いてる!?」

「うんうん聞いてるよお。だいじょーぶ、変態が現れたと通報されても警察が動かないように適当に誤魔化しとくね」

「聞いてないじゃん!! それはありがとう!」


白目で訴えてくる綱吉にとりあえずお家に帰りなさいと促す。これ以上人目につくと私は誤魔化せきれないよ。


「ほらほら、怖いのの耳に入ったら咬み殺されるから」

「何その言い方!?」

「口癖なの」


殺すじゃなくて咬み殺すがポイント。
はいはい、と背中を押すと綱吉はようやく裸に近い格好でいることを恥じるという普通の感覚を取り戻して逃げるように去っていった。


……いじめ、だろうか。


今日も早退というなのサボりはするし体育の後片付けは押し付けられたらしいし……。中学に入学して約二ヶ月。綱吉はダメツナという蔑称をつけられている。蔑称は小学生の頃からだけど。蔑称で呼ばれバカにされるだけでなく、不良の分類に分けられるものからも暴力を振るわれている。綱吉みたいなひ弱で意思が弱そうなのは恰好の的だ。

パンツ一枚だったのもそうなのかな。いじめられたにしては落ち込んでなく元気だったけど。殺し屋とか冗談言う余裕があった。


「ちゃおっス」


綱吉の置かれている環境について考えていたら下から挨拶をされた。本当に下から。比喩表現ではなく下から。

首を下に向けていくと小さな小さな赤ん坊がいた。スーツを身につけていて黄色いおしゃぶりをしていて、それなのに誰の手助けもなく二足歩行をしている赤ん坊。私でさえ頭が重くてぴしっと立っていることは出来なかったというのに。

礼儀正しく挨拶をされたというのに返すのも出来なかった。目をパチクリさせていることしかできなかった。
まだおしゃぶりを身につけているのに二足歩行が可能な違和感塊の赤ん坊はきゅるりと目を丸くしながら私をじっと見上げる。


「ニッ」


しばらくじっと見つめていた赤ん坊の口元が一瞬にやりと口角を上げたように見えたのは気のせいだろうか。


「名前、なんていうんだ?」


赤ん坊に名前を尋ねられてようやく私は全てを無視していたことに気がついた。挨拶をスルーしてしまったことに対しての懺悔であり赤ん坊だからという先入観から私は怪しむことなく本名を口にする。


「紗夜。鳴神紗夜だよ」

「紗夜か。覚えたぞ。きれいな髪だな」

「ふふっ ありがとう」

「ああ。今後もよろしくな」


丸く愛らしい瞳。まだ汚れも穢れも知らない赤ん坊は握手を求めてきた。
後ろのスカートを抑えながら膝を曲げて赤ん坊との顔の距離を縮めた。


握手を交わして赤ん坊とは離れる。


…………………あれ? 赤ん坊? 赤ん坊なのにあんなに言葉が流暢なの?


前世の記憶持ち、そんなのは信じてはいない。私以外に持っている人は……あの人以外いない。世の中そこら中に前世持ちがいたら大騒ぎだ。だから、違うだろう……。だけど、もしかしたら、あの子も……。


振り向くともう誰もいない。赤ん坊にしては歩くの早すぎる。


ここで出会った黄色いおしゃぶりを持つ赤ん坊が気になりすぎていて綱吉の変態露出魔の件をどうにかするのは忘れてしまった。
次の日壮大な騒ぎになっていたのはいうまでもない。