桜は散り際が美しい
「お、かわいこちゃんいるじゃん」
帰ろうと立ち上がり持ってきた荷物を全て持つと誰かが後ろから私の肩に腕を回した。
ちょうどこの時恭弥がヒザをついたらしい。
「お嬢ちゃん名前は?」
「……え?」
だらしない声。酒気が鼻につく。回されていない方の手には酒瓶。日本語ではないラベルが貼られていた。
「その髪はボンゴレ坊主の知り合いの子かあ」
少しだけ顔を上げると、私の肩に手を回していた人の顔が見えた。
獄寺くんに少し似た髪型の無精髭を生やした男の人。白衣を着ていて大人の男の魅力があるようなないような人。先程まで恭弥の攻撃でのびていたはずの人。……復活するの早いな。
ちょうどこの時リボーンが恭弥のヒザをついたわけを解説していて、みんなこちらの校医さんに注目する。隣にいる校医さんの近さでドギマギしてリボーンの説明はあまり頭に入ってこないが、トライデント・モスキートというこの人特有の技で恭弥を攻撃したらしい。モスキートは蚊。トライデントがよくわからない。
リボーンは快く説明してくれているが綱吉はあまり説明を聞いていないような気がする。校医さんを見て少し怖い顔をしていた。
「わりーけど超えてきた死線の数がちがうのよ」
この人もマフィア関係だということがわかった。恭弥にかけた病気は桜に囲まれると立っていられない『桜クラ病』。初めて聞いた病気。どこの国で広まっていた病気なんだろう。日本では聞いたことないし、前世の世界でも聞いたことがない。
やばいやばい、早く離れてくれないかな。心臓がばくばくしている。近い、男の人が隣にいる。至近距離だ。酒くさい。
「きれいでチャーミングな髪だねぇ」
「…………………」
変な汗が出てきた。髪の毛にキスを落とされたが反応できない。綱吉と山本くんと獄寺くんからは変な声が上がった。
お願い誰か助けて。きょうやぁ、と助けを求める目で見つめると、彼は病気の影響で立つことができず、私を睨みつけていた。50人は殺めた目をしていた。
「桜とかわいこちゃんを一緒に見れるなんていい日だな。紗夜ちゃんだったかな?」
「………………………………」
恥ずかしさとは違う汗まで出てくる。金縛りにあったように身体が動かない。恭弥は顔がきれいだから余計に睨みが怖い。切れ長の瞳が鋭く光っていた。
「……ここの場所は君たちが使いなよ」
「恭弥!?」
置いてく気なの!? 誘ったのはそっちなのに!!
待ってよという意味で名前を呼ぶとまたギロリと睨まれて立ちすくんでしまった。その間も校医さんは甘ったるくて軽い言葉をかけてくる。軟派な人だった。
「そっちにいれば」
私に冷たく言い放ってふらふらと恭弥は敷地内から出て行ってしまう。
……私が怒らせたの? なんで? 意味わからない。普通怒るのは私だろう。今までずっと待たされていた私がなぜ怒られているの?
「かーーっめんどい暴れん坊主だな。じゃあ紗夜ちゃんはおじさんと花見すっか」
恭弥がめんどくさいのはわかる。結構子どもっぽいところあるから機嫌損ねると周りに壮大な被害がいく。怒りを内に隠せるタイプではなくて周りに手を出すのがいつも以上に早くなって風紀委員会が私に機嫌を戻してくれと頭を下げにくる。私は私が怒らせた時以外はどうにか機嫌良くすることできるけど、私が怒らせた時は無理。
時間の流れにまかすか他の誰かが宥めてもらうのを待つしかない。それならせっかくだしみんなにお花見混ぜてもらおうかな……………え。
「お、見た目通り大きいな。いやぁ健康健康」
「っっ!!!!!」
セクハラを受けた。胸を触られた。肩にまわしてあった手が胸を掴んでいた。
髪より真っ赤になった自信はある。綱吉と山本くんが校医を戒めるように叫んだ声で私の身体が動くようになり、思わず持っていたものを振り回した。
「ぶほっっっ!!」
「紗夜!!!」
「鳴神! そいつに近づくな! スケコマシだぞ!!」
私の攻撃は頬にヒットして、綱吉と獄寺くんと山本くんがうっすらと染まった顔で私たちを引き剥がしてくれた。
「あ、ああ、あ………………」
恥ずかしすぎて上手く言葉が出ない。
さわられた
もまれた
それをゆうじんにみられた
「……その……っ忘れてください!!!」
「紗夜!!?」
「いいかんげんにしろよこのヘンタイが!!」
「シャマル!!!」
三者三様の声を無視して走り出した。リボーンが「悪ぃ」と謝ってきたが応える余裕はない。いっぱいいっぱいで涙が滲むほどだった。
初めて、異性に揉まれた
揶揄われることはよくあったけど、触られることなんてなかった
絡まれることはあったけど、ニヤニヤとイヤらしい目を向けられることもあったけど、揉まれたのは初めてだった
「っ、」
まだ一人の時ならよかった。友達の前でセクハラを受けるなんて。消えてなくなりたい。全員から記憶を抹消させたい。
桜並木を走って走って道路に出て、無我夢中で走っていたら歩いている恭弥に追いついた。背中に思いっきりぶつかるように体当たりをする。
「なに、…………どうしたの?」
怒ったように冷たい声で振り向いた恭弥だったが、私の顔を見てすぐに無表情から人間味ある表情に変わる。泣いてはないが涙を浮かべて真っ赤な顔でお怒りしているのが伝わったらしい。
「……恭弥がいるから、今日はスタンガン持ってなかった、のに」
「……何かあったの?」
「そこら中にケンカ売って、いつも私が報復されるんだ」
「………………」
「無関係、なのに」
今は少なくなったが昔はよくあった。恭弥に恨みがある人間が私を人質に取ったり鬱憤をはらしに人を集めて囲ってきたり。足はそこまで速くないから逃げることが困難で、当時は汚い言葉をかけられ続けて、酷い時には私が殴られた。だから恭弥はスタンガンをくれたのだ。やられる前にやれ、と。正当防衛をしろ、と。恭弥がいない時は自分で自分を守れ、と。
今日は恭弥が一緒だと思ってたから物騒なものは家に置いてきた。道中一人だったけれど家に置いてきたのだ。恭弥がいる時の方が危険な気もするけど、私は心の奥底では恭弥がこの世で一番強いと信頼しているらしくて持ってくることはなかったのだ。
「……置いてくし、ご飯作ってきたのに」
「……紗夜はあっちの草食動物たちと一緒の方が楽しいんだろう?」
「そうだけど、」
「……は?」
「そうだけど、今日は恭弥が誘ってきたんだから」
「それに綱吉たちといるのも恭弥といるのも同じくらい好きだよ」と続けて目をこすった。涙はもう出てこない。先程のは恥から来ただけの涙なのでしばらくすれば止まる。
楽しいか楽しくないかで分けるのなら恭弥といるより綱吉たちとバカ騒ぎした方が楽しい。恭弥は性格的に人を楽しませれるタイプではない。冷えた声が一瞬恭弥から出たが仕方ないじゃないか。みんな同じ考えだよ。
楽しいか楽しくないかで一緒にいるわけではない。安心するか安心しないかだ。心地良いか居心地悪いか。恭弥といる時も綱吉たちといる時も心地いいから一緒にいるのだ。みんなそうだろう。居心地悪い人と仲良くなんてお仕事ぐらいでしかしない。休日に出会ったりプライベートでも仲良くするわけない。
「今日 お花見に誘ったのは恭弥だ。桜を見ながら……恭弥は病気にかかったから桜に囲まれることはできないけれど見ることはできるんでしょ? 一緒にしようよ。お弁当あるし」
朝から私はずっとご飯を作ってたんだぞ。いろんな種類作らないと食べる時楽しくないからいっぱい作ったし、デザートだって作ってもらったし買ったし。
恭弥とお花見するのだ。逃がさない。絶対にさせる。
恭弥から目を逸らさないでずっと見ていると恭弥は少しだけ目を細めた。
「仕方ないね」
「…………………………」
しかたなくねーよ。誘ったのそっちだからな。私は大人だから黙っていてあげるけれど。
歩き出した恭弥に慌ててついていく。どこに行くのだろう。桜が見れるどこかに行くのだろうか。
「僕は桜に近づけない。お花見だとしても遠くから見ることしかできないよ」
「別にいいよ」
「紗夜は変だね。あそこにいた方が桜を楽しめれるのに」
「桜を見たかったらまた今度行くよ。それに私満開より少し散っている方が好き。桜吹雪ってきれいじゃない」
美しいものって完成形より少し欠点がある方がきれいなんだよ。桜だって同じ。
恭弥についていく。辿り着いたのは学校。学校には木が植えてあるから桜はある。春休みで人はいない。部活で人は少しいるがちらほらだ。近づかなければ恭弥の蕁麻疹が出ることはない。そういえばまた部活入り直さないといけないんだよな。身近で言えば山本くんか。また野球部に入部届け出さないとだ。忘れてはないだろけれど新学期始まったら一応伝えとこう。
「……恭弥らしい」
「早く入りなよ」
着いた場所は応接室。ここも申請し直さないと風紀委員会の集まりには使えない。恭弥ならまた通すんだろうが。
窓を全て開けてソファーに座ってお弁当を開く。どちらもレジャーシート持ってなかったからイスがあるところでちょうどよかったのかもしれない。
「………………………」
「ごめん。そういえば振り回した」
お弁当の蓋を外すと中身はぐっちゃぐちゃ。おにぎりやいなり寿司の主食は全て無事だったのだが他は全滅。おかずは隙間があったんだね。いろいろ混ざってしまっている。デザートは形が崩れてしまい、こちらも混ざってしまっている。くっ……抹茶スイーツが……!!
恭弥はまたため息を吐いたが箸を持って躊躇いなく手を伸ばしてくれた。無言だったが好物は全てたいらげるし、全種類手をつけてくれた。