ホワイトデー


【獄寺隼人】


「おい」


ぶっきらぼうに差し出されたのは可愛い透明なビン。ピンク色のリボンが巻かれていて、女子ウケしそうなビン。獄寺くんには似合わないアイテム。中身はキャラメルだと書かれている。

どういうこと?

意味がわからずに首を傾げると、獄寺くんは眉間にシワを寄せた。


「っ、さっさと受け取れ」

「え? くれるの? ありがとう」


なんでだろうなと思いつつ素直に受け取る。受け取る時にほんの少しだけビンが震えていた。なんで震えてるの? 緊張してるの? 顔がほんのり赤いんだけど。本当になんで?


「どうしたの?」

「んなっ!? どうしたって…っなんでわかんねーんだよ……!」


だってプレゼントされるようなことしていないから。


「今日はっ、その日だろ!」

「その日?」


くるくるビンを回すとカラフルな包装紙も連動する。ふふふっ可愛い。思わず笑顔が漏れ出てしまったぞ。


「……日本では返す日なんだろ」


小さかったけど、きっちり聞こえた。聞き逃すなんてことはしなかった。

返す日。今日は返す日。


「…………………ホワイトデー?」


本日は3月14日。一番に思いつくのはホワイトデーだ。

私の推理は大正解で、獄寺くんはみるみると顔を赤くさせ、凶暴な顔つきになった。


「ホワイトデー?」

「なんで二回も言うんだっ」

「確認をしないといけないので…」

「するなっ!」


ホワイトデーとはバレンタインデーにチョコをもらった人が送り返すものじゃないの?

視線をビンに落とす。
そこらのコンビニやスーパーでは普段売っていなさそうな、ホワイトデーのためだけにお店が用意した立派な商品。


私、バレンタインデーに獄寺くんに何もあげてないよね?


強いて言うなら逆だ。私が獄寺くんからチョコをもらった。日本特有の文化を知らずに、安かったからという理由だけで買ってしまったチョコを。


「に、日本ではお礼するんだろっ。だからっ深い意味はねぇ!! 深い意味はないんだからな!!」

「あ、はい」


何言ってるか相変わらずわからない。とりあえず相槌しとけ。

返すのは私の方だ。バレンタインデーもホワイトデーも至れり尽くせり。

もう一度獄寺くんに視線を上げる。相変わらず照れているご様子だ。わかるわかる。間違いを指摘されたら悲しくて恥ずかしいよね。でも大丈夫。今この場には私たちだけ。ありがとう獄寺くん、空気を読んでくれて。他の女子がいる前で渡されていたら私は社会的死を迎えていたから。そういう気遣いできるようになったんだね。じゃあ私も気遣いをしよう。


「はい」

「っ、なんで返すんだよ!」


今度はショックが混じったような表情に。私の気遣いがわからないのか。
仕方ないなぁと微笑むと獄寺くんは何かを察したように表情を引き攣らせた。悪い予感がするといったような。気にせず私ははっきり言っちゃうけど。


「他の子と間違えてるよ」


女子にもってもての獄寺くんにはバレンタインデーは女子が群がってきていて、私に助けを求めてきたね。生徒会室に一緒に逃げたのは覚えてるよ。全て断っていたと認識していたが、私の知らぬところで女の子からチョコを受け取っていたんだね。たった一人だけ。その子のことが気になってるのかな。いいと思うよ。距離を縮めるチャンス。だが一つだけ間違っている。私はあげていない。記憶が混載しているよ。


「危なかったねぇ。開ける前に気づけてよかった」


気になるあの子へのお返しを他の女が開封してしまうという悲劇は避けれてよかった。
はい、とさらに獄寺くんの方に差し出すと、


「鳴神にだよ!! 間違えるワケねぇだろ!!」


何故だか逆ギレされた。獄寺くんの記憶力の低さが悪いのに。私は何もあげてないよ。

唖然としていると獄寺くんは踵を返してしまう。

私の手元には可愛いキャラメルが入ったビンが残っている。
どうすればいいんだろう。去っていく獄寺くんの後ろ姿を見守ることしかできない。


………………とりあえず今月中は開封することなく、きれいに保管して、返せと言われたらすぐに返せるようにしておこう。




キャラメル・・・あなたといると安心する







【山本武】


「いたいた! 紗夜!」


朗らかな笑顔で呼び止められると、山本くんがポケットに手を入れた。


「これ、バレンタインデーのお返し!」

「私にもくれるの? ありがとう」


山本くんに何をあげたか一瞬考えて思い出した。食べかけのグミ。こんなものにお礼をするなんてどれだけ律儀なんだ、とびっくり仰天しそうなことだが山本くんのお返しなら遠慮なく受け取れる。私は知っているんだ、山本くんからのお返しが何かを。


「…………ありゃ?」

「あれ!? 好みじゃなかったか!?」

「ううん…可愛い、けど…………」


間抜けな声に山本くんが焦った。焦るのは私の方ですよ。

手のひらにころりと乗ったのはマカロンのキーホルダー。私の予想に反するもの。


「チョコは?」

「紗夜もいるか? どれが欲しい?」

「わぁありがとう。じゃなくて……他の女の子は全員チョコだったよね? なんで私にはキーホルダー……」


1ヶ月前、女子のご好意は全て受け取った山本くんはチョコをくれた女子全員にお返しをしていた姿は同じクラスの者なら全員目撃している。ただ数が異常に多かったことで、全員に高価なお返しはできるはずがなく、小粒なチョコを一つずつ渡していた。山本武ファンクラブの女子たちはチョコ一粒で歓喜し、また泣き、またまた気絶していた。とんでもない光景が生み出され、多くのものが保健室に運ばれていった。山本くんは訳わからなさそうにしつつ、生まれた時から持ち合わせている天然さで笑っていた。無自覚はとんでもない。


「紗夜は他の女子とは違うじゃん」

「……とんでもねぇ発言をしやがって」

「やっ、本当のことだからな! 紗夜はオレのすっげーーっ大切なダチで代わりはいない存在なんだぜ」


特別な子みたいな言い方されるの嫌なの。嬉しいけどカースト上位のイケメンにされたら刺されること間違いなし。山本くんは天然だから、そういうふうに捉えられる発言を簡単にしちゃう。私はもう慣れた。

大切な友達扱いされるのは正直に嬉しい。素直に「ありがとう」とお礼をしてポケットにしまう。どれにつけようかな。

それにしてもなぜ食べ物じゃなくてキーホルダーだったんだろう? 純粋な疑問を投げかけると山本くんは輝かしい笑顔で教えてくれた。


「オレ、紗夜がくれたチョコが一番嬉しくてさ、袋とっといてあるんだ」

「なんで!? 捨てなよ」

「捨てねーよ」


山本くんには100円程度のチョコ味グミの食べかけをあげただけ。ゴミを取っておくってなんぞや。価値なんて全くない。捨てれないとゴミ屋敷になるよ。


「紗夜がくれたモノだから。とっときたいんだ」


ゴミを?

理解不能な思考だ。たかが友人があげたゴミを取っといているなんて。私だったら食べ終えた瞬間ゴミ箱にさよならする。している。


「紗夜にも形になるものを贈りたくてよ。でもそれだけじゃモノ足りねーよなと思ったんだけどあんまり金なくて」


食べ物を要求しているわけではない。
山本くんは野球部で部活に必要なものを揃えるのにお金を使うし、人気者だから人付き合いでお金を使うのでそこまで持ち合わせていないのだろう。ホワイトデーのお返しが小粒なチョコとはいえ全員分買うから大きな出費。今月のお金に余裕などできるわけがない。贅沢な悩み。


「だからオレ、オヤジに頼んで寿司を握らせてもらうことにしたんだ。オヤジも紗夜にならいいって言ってくれたし!」

「うん?」

「今日の夕飯うちで食っててくれねーか?」

「ちょっと意味わからない」

「オレが握るからな! オヤジみたいに上手くはいかねーけど紗夜にとびっきり美味いもん食わせるから期待しててくれよな!」

「だいぶ意味がわからない」

「今日部活ねーし、一緒に帰ろうぜ」

「さらに意味がわからない」

「やべっ。オレ先生に呼び出されているんだ! じゃあそういうことだから帰るなよ!」

「めちゃくちゃ意味がわからない。ちょっと待ってよ。おい、ねぇ、山本武!!」




マカロン・・・あなたは特別な人






【沢田綱吉】


「っちょっといいかな!」


落ち着きなくソワソワとしている綱吉に「はい」とだけ返す。なんというか話しかける場所にデリカシーないよね。ここ、トイレの前よ。もし私が入ろうとしていたらどうしていたの。通りかかっただけだからいいけど。


「これっ、チョコのお返しです!」

「わぁ、ありがとう」


真っ白な袋ごと渡される。緊張のしすぎで表情が固まっている綱吉に、私は安心させるように微笑んで受け取った。


「私へのお返しなんて気にしなくてよかったのに」

「そんなわけにはいかないよ! 紗夜からチョコを貰えたんだから! ……まぁ、死にかけるし味わうことはできなかったけど」


2月に綱吉に贈ったのはビアンキさん特製愛のこもったチョコレート。京子ちゃんからチョコをもらえる! とウキウキしていた綱吉の心をひどく傷つけた事件。ビアンキさんも美人だからいただいたら嬉しいんだけどね。今度は市販のチョコが欲しいね。


「京子ちゃんにも無事に渡せていたね」

「見てたの?」

「見てはなかったけど、京子ちゃんが持っているの見かけたから」


そして花ちゃんとのお喋りを盗み聞きしてしまった。


誰からもらったの?

ツナくんだよ。


という会話を。よくやったな綱吉。盗み聞きした時は一人でエア拍手していた。無事に誰にも邪魔されずに渡せて何よりだ。

綱吉が京子ちゃんにあげた物とは違う袋の色。うん、よかった。特別扱いはちゃんとしているんだね。こういうところからアピールしないと。でも京子ちゃんは気づかなさそう。

中身を軽く確認すると紅茶とバウムクーヘン。わぁ、綱吉らしくないチョイス。美味しそう! やべっ貶している。


「すっごい嬉しい。ありがとう。バウムクーヘン食べる時に紅茶も飲む。食べるの楽しみだな」

「よ、よかったーーーっ。喜んでもらえて!!」

「大袈裟な」

「大袈裟じゃないよ! 今日一日ずっとドキドキしていたんだから! 今日だけじゃなくて買った時から! 紗夜が欲しいもの何かずっと探して考えて! 安心したーーっ」


やりすぎなほどに大喜びする綱吉に私は人知れず嘆いた。

ただの義理に3月に相応しくないほどの汗をかいて。本命相手にした時、よく生きていたな。リボーンの力を借りて死ぬ気弾使って渡したんだろうな。パンツ一枚で。意識していない相手とはいえ、京子ちゃんもお返しをもらえたら少しは舞い上がるだろうに。パンツ一枚で怒鳴るように渡されたら引いてしまうよ。京子ちゃんの懐の大きさならそれも受け入れるんだろうな。

パンツ一枚で京子ちゃんに渡したであろう綱吉。でもそれほど今日は学校内で噂になってないな。沢田が笹川にパンツ一枚でバレンタインデーのお返しをしたぞって。みんな綱吉の露出行為に慣れてしまったのかな?


「ほんっと緊張した……! 悩んだ甲斐あった…」

「緊張しても渡せたならそれでいいじゃない。リボーンの力を借りたとしても」


来年は自分一人の力で渡せればいいよね。

そう続けようとすると、綱吉は目を力強くつぶって両手を大きく振った。私の言葉を全否定。


「あいつ、全く助けてくれなかった!! 意識されてねーんだから何したって変わらないだろとか言って! 渡したところで勘違いの鈍感には捻じ曲がって伝わるだけだからとか言って。いつもオレが逃げようとするとバンバン死ぬ気弾撃つくせに」

「あらまぁ」


死ぬ気弾使わなかったんだ。


「ほんっと、この時間までずっと緊張してた……」


確かに京子ちゃん全くもって何も意識していなかった。ツナくんからのお返し、と恥じることも意識することもなくさらりと口にしていた。鈍感さんには難しかったかな。


「渡せただけいいんじゃないかな」

「うん。喜んでくれたし………」


恋する男子の代表例。幸せ全開オーラをぴしぴし当ててくる。現実は何も発展していないのに。綱吉の中では確実に何かがアップしているからそれでいいのか。


「あれ?」

「ああ、これ? ハルにも渡そうと思ってて。共同だったから」


綱吉が持っていたもう一つの袋にようやく気づいた。ハルちゃんへのお返し。私にもしているんだからハルちゃんにしてもおかしくない。今ごろハルちゃんは綱吉からのお返しを期待しているだろう。あの子も恋する中学生だから。意中の相手からのお返しは気になる。じゃなくて。


「それ、京子ちゃんにあげたものと同じ……」

「うん。そうだよ。クッキーにしたんだ」


当たり前のように言い放った綱吉に私はなんと言うのが正解だったのだろうか。

これからハルちゃんのところに行ってくる、と綱吉はじゃあねと手を振って走っていった。


特別な子だよアピールのために京子ちゃんにだけ渡すものを変えるという作戦はどこいったの?


私が特別な子?


「……………ねぇな」


それはない。綱吉が京子ちゃんのことを大好きということは学校中が知っている。

ということは?


「私だけ雑なのか」


つい数日前に教えてもらったじゃないか。綱吉は無自覚二股野郎だって。京子ちゃんとハルちゃんどちらにもいい顔しちゃって。

あーあ、いっけね。一瞬だけだけど変な考えがよぎった。

露骨な差別にショックを受けることはない。わかっていたことだから。
今なら思う。チョコ作り、京子ちゃんとハルちゃんと一緒にしない方がよかったかなぁ。そしたら綱吉は好きな子たちにだけホワイトデーの贈り物ができたのに。ビアンキさんがいるから関係ないか。




バウムクーヘン・・・幸せを重ねる・いつまでも幸せが続きますように







【雲雀恭弥】


家に着くと毎年の恒例のように私はため息をついた。


「……あのさ、そろそろ覚えてくれませんか?」


そしてこれも毎年のことである。


「100倍返しなんて私は望んでいません!!」


私の目の前に並ぶのはキラキラとした有名店のお菓子たち。それも一つではない。


「くれるものがおかしい!」

「気に入らないの?」

「めっちゃ気に入ってるよ! 恭弥がくれるものに間違いはないんだもの!」

「じゃあ喜べばいいのに」

「1000倍返しじゃなかったら喜んでいた!」


気をつけていたのに、今年も私は成し遂げることはできなかった。

2月3月は時期も時期で、テレビでは多くのスイーツ特集が組まれる。美味しそうなスイーツが度々放送され、無意識に口から漏れ出てしまうのだ。


美味しそう
食べてみたい


恭弥はそれらを聞いていて、私が目を奪われたスイーツをくれる。テレビで紹介される有名な高級スイーツを。たくさん。言った分だけ。かつ人気なもの。


「申し訳ない…。私はバレンタインデーに何をあげればいいの……? 現金だよやっぱ……」

「チョコレートでいいよ」

「これほどの有名スイーツをくれる人に私なんかのチョコは申し訳なさすぎる」


よくお返しは3倍返しとかいうけど実際されると困るって……。0.9倍から1.1倍にしてくれよ……。そもそも3倍ではないや……。いつからこんなに散財するようになったんだっけ……?

とか言いつつ、私の手は頂いたホワイトデーのお菓子に伸びている。どれもこれも美味しそう。賞味期限は考えられているからドカ食いする必要はない。毎日少しずつ食べていける。

ふむふむ。私の好みドストライクな商品ばっかり。私は恭弥に何を渡せばいいんだろう。毎年考えて、毎年諦める。だってバレンタインデーに市販のチョコを渡したら機嫌悪くなるから。私の手作りに過度な期待はしてはならんよ。


「少しだけ」


味見しよう。味見といいつつ毎年ぺろり一箱食べきっちゃう。いいのいいの。食べるのを我慢するのはストレスだから。


「ん〜〜〜っ美味しい」


幸せだ。恭弥はなんで私の嗜好を熟知しちゃっているんだか。も〜〜やだぁ。


「……………………」

「ちょっ、そんなに見ないで! 恭弥も一つ食べなって! ほら!」

「いらない」


真顔でじっと見つめてくる恭弥に背を向けてまたお菓子に視線を落とす。……もう一つ食べよ。


「………………ふっ」


恭弥の視線に含まれる感情には気づかぬまま、いつのまにか予想通り一箱食べきっていた。夜遅いのに。




大量のお返し・・・意味はない。喜ぶ姿を想像した結果、こうなった。