バレンタインデーA
よし、放課後だ。これから京子ちゃんと一緒に綱吉の家に行かないと。エプロンは持ってきた。材料もカバンに入っている。準備万端。誰かと一緒に料理をするなんて家庭科の調理実習以外ない。ちょっと楽しみ。
荷物をまとめて帰る準備をしているとやはりモテ男はまた囲まれていた。昼休み無事逃げれていた獄寺くんは今回は教室から飛び出る前に扉を封鎖されて逃げ道を失っていた。ありゃまあ。それでも断り続けていて、それがかっこいいと逆効果になっている。諦めな、それが君の定められた運命なのさ。
もう一人の山本くんは律儀すぎて涙が出る。見知らぬ女子から仲のいい女子全員のチョコを受け取りマンガのような状態になっている。持ち帰ることできないよね状態。袋とかあるのかな? 紙袋3枚ぐらい必要。運動部エースって人気者なんだ。だけどあそこまで女子に囲まれているのはこの学校は野球部だけじゃないかな? 他のクラス事情を知らない。
既製品ならともかく手作りは今日明日には食べないと。全部食べたら血糖値上昇する。どうするんだろう。ちょっとだけ憐れみの視線を送っていると視線がぶつかった。「悪ィ開けてくれ」と女子の輪をくぐり抜けてこちらに向かってくる。女子たちの目からビームが出そうだ。身体に穴が空いてしまう。
「紗夜っ」
両手のひらを出した山本くん。……もしかしてだが、私の予想が間違ってなければチョコを要求してきているのか? クラス中から視線を集めてまでチョコが欲しいのか? 私が明日から五体満足で学校に来れなくなってもいいからチョコが欲しいの? 机山盛りカバン山盛りのチョコをもらってもまだ欲しいの? たった一つになぜこだわる?
「……死ぬよ」
「えっ!? 紗夜からチョコもらうと死ぬのか!?」
「うん」
「えーーー……」
当たり前だろう。もらった量が一日で摂取していい甘味の量を超えている。ただでさえ多いのに私もチョコをあげたら死んでしまう。今更たった一個で変わることはないだろうけど……。だけど一応、ねえ? その一個が命に関わったらどうするんだろう。
山本くんは悔しそうに力強く目を閉じている。
「……ヒバリか?」
敵地に足を踏み入れたような顔つきで低い声色。出されたのは人名。
恭弥? ……恭弥は……
「恭弥も死ぬね」
「ん!? あれ!?」
戦陣に立つ男の顔は一瞬で崩れることになった。
私は間違ってない。恭弥だって去年は大量にチョコをもらっていた。どうやって処ぶ、げほっごほ……どうやって片付けているかは知らないがいっぱいもらっているようだ。それなのにあげないとトンファー両手に家に乗り込んでくる甘党。甘党がっ!! と前に叫んだら普通だって言われた。甘党じゃなかったらたった一個増やすことにこだわんないんだよ!! 君たちにとっては0が1になるのではなくて100が101になる量だろうか! 甘党じゃなかったらそこの一個にこだわるわけないだろう!
ということで恭弥もどうにかしないと将来肥える。健康面もおかしいことになる。だがなぜか解せぬことにスタイルいいんだよな。食事も栄養バランス完璧だし。それは恭弥だけでなく山本くんもだった。女を敵に回すタイプだな。
「ヒバリがオレを倒しに来るんじゃなくて……」
「なんで?」
「紗夜がオレにチョコを渡すから?」
「ん? 何で?」
恭弥は私が誰にあげようと関係ないよ。自分さえ貰えればいいのだから。んんっ? 首をひねってしまう。何を急に山本くんは言い出したのだろうか。
「じゃあなんで紗夜はオレにくれないんだ?」
「他の子からいっぱい貰っているのに私のまで食べれるわけないじゃん。それにチョコ持ってきてない」
「オレだけじゃなくてみんなも?」
「うん」
誰の分も持ってきてないよ。部活はしていないし生徒会本部にも誰もいないからお世話になった人はいない。
するとなぜか山本くんはゆるゆると顔を緩ませて嬉しそうに笑う。この子どうしたの? チョコのもらいすぎで壊れちゃったかな? これから食べるという苦ぎょ……イベントがお待ちになっているというのに。好きでも全部食べるのはキツいと思うんだ。
「そっか! オレだけじゃないんだな! なんだ!」
がしがしと髪を撫でた山本くん。ぐっちゃになるからやめてほしいんだ。くせっ毛の苦しみはくせっ毛にしかわからないの。ランボみたいな天パではなかっただけまだマシかなとは思うけど。毛先が少しくるっくる。
よかったよかった、と褒め撫でる山本くん。なんだこれ。女子の目からビームが出てる。瞳孔開ききっている。怖い。だけど獄寺ファンクラブよりはみんな大人しいというか、嫉妬心がないんだよね。山本くんなら誰にでもやるよね〜、友達にならやってるよね〜、女子として見られてない証拠だよね〜みたいな感じ。一番まだ目をつけられても平気なファンクラブ。
「紗夜ちゃん準備終わった? 私はいつでも行けるよ」
「私も行けるっ」
京子ちゃんを待たせるところだった。カバンの中に筆箱やノートをしまっていく。宿題に使わないものは全て置いていくので……よし準備OK!!
ばっと顔を上げると朗らかに立っている山本くんが視界に入る。……今年度は山本くんと同じクラスになってたくさん仲良くしてくれたんだ。ペア組とか雑用とか。
「……山本くん、今日ってこれから部活?」
「ん? おおそうだぜ」
「ごめん食べかけだけどこれ! 何も気にしないでね! いつもありがとう!」
カバンの中に入ってたグミを山本くんに渡す。季節限定で販売していたチョコ味のグミ。私グミが好きだからいろいろ食べるんだ。食感が苦手なのもあるけれどこのメーカーのは美味しい。チョコ味は珍しいから買ったけれどバレンタインデーの時期だからか。
「へへっ、サンキュー紗夜! 大切に食べるわ!」
待たせてごめん急いで行かないとね、と京子ちゃんと駆け足気味で教室を出る。山本くんのお礼に笑って手を振って飛び出た。
いつもお世話になって仲良くしてもらっているんだ。お礼をする日なんだからチョコを用意するべきだった。用意はしなかったけれどこれから制作するのでそれを渡そうと考えたが今日も部活だっていうので綱吉の家には来られない。そんなところにカバンを開いたらお菓子があった。しょうもないけれど既製品の方が山本くんとしては嬉しいだろう。数ヶ月食べなくても平気なんだから。
「急がないとね。ハルちゃんとビアンキさん待っているかな?」
「ごめんね……! 私のせいで遅くなっちゃって」
「全然。遅くなんてなってないよ。紗夜ちゃんの準備が終わるのと私の準備が終わるの同じだったから。私も花と話していたし」
「京子ちゃん……!!」
なんといういい子だ。私が山本くんと話していて遅くなったから走るはめになっているというのに……!!