バレンタインデー@
校門で京子ちゃんを待っていた。お買い物をする予定なのだ。まだかなぁと時計を確認していると一人の少年が走って来て大きな声で呼んだのだ。
「あ! 紗夜姉だ!」
まず言わせてもらいたいことは私に弟はいない。弟以前に兄弟姉妹いない。いつの間にかできていたとしても流石に連絡はしてくれるはず。10歳少し前ぐらいの少年に紗夜姉と呼ばれる筋合いはない。もしかして私が知らないだけで弟がいたのだろうか。もしそうならだいたい私が3歳の時に産まれたとなる。……その頃はない。まだ家族揃って過ごしていたし……いろいろ、あったから。お母さんのお腹は大きくなかった。お父さんの隠し子でもない。娘から見ても母溺愛の母子バカだから。
「ねえねえ紗夜姉! ツナ兄ってどこにいるかな?」
綱吉の弟? それにしては初めて見たぞ。もしかして年上なら誰にでも兄や姉をつけるのだろうか?
「綱吉は……補習?」
「えーー、でもそっかあ。知力もマフィアのボスの中で最下位だから……」
マフィア? またイタリアンマフィア関係者が現れた。こんな小さな子まで裏の社会で育っているとは……。ランボとイーピンとリボーンもだけど、小さい頃からファミリーのために頑張っているんだなあ。
そのはずなのにとんでもない不名誉なことを言われている。この子はボンゴレファミリーではないのだろうか? 訂正するべきかな? 最下位……。どこ調べなんだろう。
「ありがとう紗夜姉! 僕お家に帰って待つことにする!」
うんそうしなさい。にっこにこと可愛らしい懐っこい笑みを浮かべた少年。好きにすればいいと思う。
「えへへ。じゃあね! 今日は会えてよかったよ! ツナ兄の命をかけて守りたい人ランキングとツナ兄が大切にしたい人ランキング一位の紗夜姉! 今度紗夜姉のランキング調べさせてね!」
バイバイ、と手を振って走り出していった少年。今の子どもの間ではランキングが流行っているのだろうか。昔から占いやほにゃららランキングは子どもに親しまれていたもんな。かわいいな。子どもたちで集まってつけているのかな? ただし内容が嘘ばっかりで悪質。
「紗夜ちゃん……! ごめんね待った? 掃除当番長引いちゃって……」
「全然。チョコ買いに行こっか」
恋人に渡す日ではない。友情を深める大切な日がもうすぐやってくるのだ。今年は京子ちゃんとハルちゃんとビアンキさんと一緒にチョコを作ろうと約束している。材料を買いに私たちは仲良く歩いていった。
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本来だったらバレンタイン前日に作るか買うかしてバレンタインに渡すのがセオリーなのだろう。だが今回はハルちゃんのテスト事情により当日になったのだ。昨日のうちに京子ちゃんとハルちゃんと合同で渡す人の分以外は作ったんだけど。それは家に置いて来た。帰ってから渡せるから。
「っ、鳴神! 匿え!!」
今日はバレンタインデーなのだ。カッコいいイケメンさんたちにとったら憂鬱だと自慢をしてくる日でもあるのだ。うちのクラスにはファンクラブまであるイケメンさんが二人もいる。一人は渡してくるチョコ全て受け取ってもう一人は全て断っている。真逆の対応で見ていて面白かった。
「鳴神さん!! 獄寺くん見たよね! どこ行ったかわかるよね!!」
「……あっち」
「絶対受け取ってもらうんだから!!」
友情を深める日だと思ってるのは私ぐらいだった。並中の女子生徒にとっては今日は戦らしい。人海戦術まで組んでいる。
愛という概念を形にできる日。高価なチョコ、もしくは量が多く愛がこもっていれば他のライバルたちにお前たちとは違うんだと思い知らすことができる恐怖の日。ファンクラブの女子の怖さを舐めてた。
「……行ったよ」
「どうなってんだこの学校は……」
たぶん誰も獄寺くんには言われたくないと思うんだ。そこらでみんな早歩きしている。走ると風紀委員が注意してくるから。今日はそんなことで時間食っている暇はないもんね。
声をかけると空き教室から出てきた獄寺くん。彼にとったら本当に憂鬱な日なのかもしれない。やっべ〜オレこんなにももらっちゃった食いきれねえよいいなお前はもらってなくてはあ、と自慢する日ではないみたい。
「じゃあ頑張れっぐえっ」
「今日一日助けろ」
轢き潰されたカエルの声が。急に襟を引っ張る人がいるか? おかしいだろう。助けを乞いているのに態度がおかしい。助けるの当然だろお前は、と顔にありありと書かれている。
「……きゃーーーーかっこいい獄寺くん。頑張ってぇステキよぉ」
「そういうのいらねーからどうにかしろ」
煽てれば女子からの好意を受け取るんではないかと褒めてみたが棒読みだった。そして効果は全くなし。
どうにかしろと言われましても私には何もできないよ。女子の集団敵にまわしたら明日から並盛に私の居場所はない。ただでさえ今も獄寺くん山本くんのファンクラブには睨まれているんだから。表立って動かないだけで恭弥も顔はアレだからモテるんだよ。……うん、私の作り上げた人間関係がいけなかったな。
「校則作り直せ。こんな意味わかんねぇ制度廃止しろ!!」
「もし作っても今日は手遅れだよ。来年からなら、」
「やれ」
「……うん」
凄みが効いていたので私には頷く以外の道がなかった。そんなことできるわけないのに。
今はまだ昼休みだ。30分以上残ってる。獄寺くんは後半日苛立っているんだろうな。教室という一定の場所で立ち止まることもできないから学校中走り回って。
「それじゃあ……がんばっ、」
「助けろ」
流れで見捨てれるかなと分かれようとしたら服を掴まれる。無理でした。
そんなこんなと廊下でうだうだしていると女子のいつも獄寺くんに向けている甘ったるいものとは違う、棘がある尖っている声が。情報を巡らして場所を特定しながら動いている。彼女たちも必死なのだ。
今私たちは廊下のど真ん中にいて、どちらの方向からも声がしていた。終わりだな、と他人事のように考えて去ろうとした。一緒にいるところなんて見られたくない。それなのに獄寺くんは後ろから私の口を塞ぎ空き教室に素早く入り込んだのだ。
「ごっくでらくん!?」
「静かにしてろ!」
こそこそとお互い触れていないと聞こえない距離で話す。廊下からはまだ探している女子の声が。ドアの前で私は口を手でおさえつけられている。見つかったら…………。
「どこにもいないんだけど」
「ここで見失ったよね。……中にいるとか?」
げっ。なんでファンクラブの女の子って恋に関してだけは勘が鋭くなるんだろう。こんな場面見られたら私は学校来れなくなるだろっ。
獄寺くんの腕の中からなんとか脱出しようとするがなぜか離してくれない。こいつぅっっ!! 苦渋の表情で扉を睨みつけているのだ。
「チッ!」
盛大な舌打ちをして獄寺くんは私を引っ張った。逆の扉から逃げるつもりらしい。
ガラッと開いたのと同時に獄寺くんも開ける。音は上手く重なった。入ってきたのと同時に出ることで見つかることなく私たちは脱出できたのだ。
「なんだ今日は……」
「バレンタインだよ」
「はあ? バレンタインになんでチョコなんだよ」
一番人が来ない場所まで逃げ切れた。生徒会室。入り込んで鍵を閉めた。鍵はカバンの中にあるはずだったんだが獄寺くんが針金で開けた。こいつぅ……。
バレンタインにチョコ、日本では当たり前のことをイタリア育ちは知らないらしい。バレンタインに好きな男子にチョコを渡すことを説明する。最近は友チョコやら義理チョコのほうが主流になっている気もするけれど。
ため息を吐いてイスに座ると獄寺くんも同じように座った。私たちは昼休みが終わるまでここから出れない。
「日本じゃそうなってんのかよ……」
「イタリアはどうなの?」
「イタリアにチョコなんて風習ねーし渡すのも男から女だ」
「そうなんだ」
日本が独特というのは聞いたことがあった。お菓子メーカーに踊らされていると。みんなそれに便乗するんだ。今日は家にチョコのスイーツ届けられるのかな……。去年は小粒のチョコアソートだった。可愛いしいろんな味が食べれて嬉しかった。
「バレンタインデーにのっかるわけじゃないんだけどチョコいる?」
「……もらう」
確か生徒会室に持ち込んであったはずだ。これとこれは恭弥が持ってきてくれたもので私のは……あった。抹茶チョコトリュフ。
食べかけの箱をぽいっと渡すと一粒食べた。女子から追いかけられて疲労が溜まっているのだろう。疲れた時には糖分だ。
「……………………これ、やる」
獄寺くんはポケットから手のひらサイズの何かを取り出して投げた。受け取るとバラの形をしたチョコレート。
「コンビニで安売りしてたからやる。寝るから起こすな」
腕を枕に机に突っ伏した獄寺くん。コンビニにバラのチョコレートは売っていることだろう。今日はバレンタインデーだもの。だけど安売り早くない? どこの系列のコンビニよ。遅くとも買ったのは今日の朝でしょ? これから始まるというのにもう安売りして捌こうとしていたの? ちょっと安売り早くない?
とてもきれいで繊細なチョコレート。ありがとうとお礼を言う前に獄寺くんは寝る体制に入ってしまった。
「……ありがとう。いただきまーす」
包装を解いて一輪手で千切って口に含む。
美味しい。
バレンタインデーにチョコを買う男の子を店員さんにはどう見えたのか。それもバラのチョコ。逆チョコだと思われていたら悲しいよね。獄寺くんチョコ文化何も知らなかったんだから。バレンタインデーも男子から女子にあげるものだと思っていたのだから。
「美味しい」
口の中でとろける。
高そうなチョコを食べていた私は獄寺くんの狸寝入りに気づくことも色の変わっていた耳が目に入ることもなかった。