特別な人だけの権利
珍しい人がカゼをこじらせた。恭弥だ。恭弥が風邪を引いて大事をとって入院した。恭弥を見かけたら病原菌は逃げ出すと思ったんだがまさか体内に入り込むとは。命知らずな……。誰の身体に入ったって病原菌は最終的に消滅する運命なんだが。恭弥がカゼをひくのは何年振りだろうか。
恭弥のお見舞いのためこれからの私の行き先は並盛中央病院だ。なぜかよくわからないが同時期に綱吉も入院したとリボーンが教えてくれた。足を怪我したんだって。昨日何があったんだろう。リボーン関係だろうな。リボーンと関わってから生傷が絶えなくなったそうだし。ボスになるためのお勉強はスパルタらしい。
恭弥と綱吉のお見舞い品は何にしよう。定番の果物は避けるとして、この時期は少し肌寒くなってきたから……ゼリーにしよう。季節全く関係ない。ゼリー美味しそうだった。風邪っぴきにもたれるものは論外だからゼリーでいい。病院の購買で買えそうなチョイス。
少し多くてもいいだろう。袋いっぱいのゼリーを買い込んで病院に向かう。敷地内に入ると金髪の外国人さんが病院から出てくるところだった。こう言ったら悪いが獄寺くんや山本くんは霞むレベルのイケメンさん。芸能人かな? テレビには明るくないからわからない。
「ボスよぉ、護身用っていってもジャッポーネじゃ護身用の銃も禁止されてるんじゃなかったか?」
「ええ!? そうなのか……?」
「だから大騒ぎになってたんですよ!」
「そうなのか……。ジャッポーネって窮屈で危険だな」
「逆に言えば犯罪がないからだ」
カッコいいイケメンさんだ眼福だと見惚れている場合ではなかった。物騒な会話しかしてなかった。銃がどうこう話している。裏の世界の人だ。ヤのつく職業のお方だ。パツキンさんだし。
げっ! 目合っちゃった!!
「……こ、こんにちは〜〜」
すぐに去るべし! だからといってイケメンの王子様風貌のパツキンさんと目が合って無視するわけにはいかないので挨拶をする。私は一般人N。若頭さんにとっては小石だ。
「おう! こんちは!」
よし上手くいった! 黒スーツをたくさん引き連れた何も知らなければ芸能人だけど実際は若頭さんは素敵な爽やかスマイルをくれた。かっこいい。だが関わったら待つのは生き埋めか海に沈められるかなので必要以上に話さない。
院内に入ってから確認のために振り向くと王子様とまた目が合って手をひらひらと振ってきた。イケメンの笑みと恐怖で私までもが入院することになるかと思ったがなんとか耐えて会釈して病院内を走る。
何でこっち見てんだよ!!
場が場ならじたばたと暴れるところだったが好みどストライクのイケメンさんに手を振られたことは嬉しかった。
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いろんな人がお見舞いに訪れたことといろんな騒ぎが重なったことでツナはあろうことか雲雀と同室になってしまった。雲雀の退屈をしのがせるためのゲーム、雲雀を起こしたら咬み殺されるという参加者からしたら利なんて何もないゲームの生贄に選ばれてしまう。葉が落ちる音でも目覚める雲雀の近くでは身動き一つ取れない。拒否する権利もなく勝手に始まるゲーム。
「……………………」
冷や汗が流れそうだ。だが葉が落ちる音でも目覚める雲雀なら水滴が落ちた音でも目覚めてしまう可能性がある。ツナの前の参加者は全員ズタズタにされていた。その姿を見てしまったら起こせるわけがない。衣擦れの音もしないように慎重に汗を拭う。起きることはなかった、が
コンコン
「(えーーーーー!!!!??)」
最悪なことにこの部屋の扉を誰かがノックした。水滴の音すらさせなかったツナの苦労は水の泡。ツナにできることといったら全責任を入ってくる人に押し付けることだけ。だが見舞いに来た友達にそんなことはさせられない。だけど痛いのは嫌だ。そこから考え抜いたツナの最善の選択は頭を守るように身体を丸めることだけだった。視界に入らないように気配を消して雲雀が起きないことを祈るだけ。
「(お願いお願いお願い……!! 咬み殺されたくないんだーーっ!)」
「……何やってるの、綱吉」
ツナに降り注がれた声は恐ろしい風紀委員長のテノール声ではなくて、大好きな大切な人のソプラノ声。安心からブワッと涙が出てきた顔で紗夜を見つめる。ぎょっと引かれた。
「本当に何やってるの?」
「! (しーーっ! しーーーーっっ!!)」
ツナと同じ視線になるために紗夜はしゃがんだ。あろうことか普通の声量で話している紗夜にツナは口元に人さし指を立てる。喋ってはいけないという意味は通じたがなぜ喋ってはいけないのかわからない紗夜は首を傾げた。きょとんと目が丸くなっている。
「?? 耳?」
ジェスチャーで耳を貸してくれ、と頼むと髪を耳にかけた紗夜は右耳をツナに向ける。
「ヒバリさん起こしたら咬み殺されるから!!」
小声で紗夜にだけしか聞こえない声で話し、手で漏れないように囲っていたので雲雀は起きることなかった。葉が落ちた音でも起きる雲雀と同室で喋れば結果は見なくてもわかる。
ツナの顔は青く汗もひどい。本気で思い込んで言っているのはわかるが紗夜はぷっと吹いて軽く笑ってしまう。ツナの顔からはさらに血の気が引いた。
足にギブスをしているツナに紗夜は手を貸して立ち上がらせる。落ちていた松葉杖を手渡して。それでもずっと楽しそうにコロコロ笑い声を奏でている。
「恭弥だって人間だよ? そんなんで起きないって」
「(しーーーっっ!!)」
「喋って大丈夫だって。ほら、起きてない」
紗夜の指さす方向には雲雀のベッド。死を覚悟して恐る恐る見たが確かにまだ目をつぶって横になっている。
「(ほんとだ……………って、えーーー!!?)」
危険極まりない男になんの装備もなく近づく大切な女の子。足を怪我してギブスまでつけているもので早く歩けなく、ツナは止めることが出来なかった。一番最初にできた仲の良い友人が咬み殺されるところなんて見たくない。だがここで声を挙げたら両者共にさよならだ。止める手立てはなかった。
「ほら起きない」
「ね」と微笑む紗夜にツナは何を言えばいいのか分からなかった。起きないことを証明するために紗夜は何をしたのか。
雲雀の頭を撫でたのだ。女の子みたいにきれいな髪に触れて頬をつついてもいる。ツナからひぃーーーー!! と声にならない悲鳴が漏れ出たが予想していた暴力は全くない。
「寝てればきれいでかっこよくて可愛いのにねえ」
あははと紗夜は無邪気な笑みを浮かべる。声を出して触られても雲雀は起きなかった。ここまで見ればツナだって雲雀の『葉が落ちる微かな音でも起きるから』発言は嘘だと思ってしまう。だがどうしても先入観があり嘘で終えることはできなかったのだ。相手はあの雲雀だ。たった一人で不良を殲滅させて並盛を牛耳っている雲雀恭弥が冗談を口にするとは思えない。雲雀が声にするのは全て本気の言葉なのだから。
「綱吉。嫌いなゼリーの味なかったよね?」
だからどうしても声は出せない。コクリコクリと首を上下に動かしたツナに紗夜はまた笑う。「大丈夫なのに」と笑って雲雀の近くのテーブルにゼリーをいくつか置く。予想していた通りフルーツの盛り合わせはお見舞い品としてあった。風紀委員会一同からかなと紗夜は予想する。
「(なんでバナナってあるんだろう。定番と言ったら定番だけどなんでバナナって定番なんだろう)」
お見舞いのカゴに盛られているフルーツを眺めながらゼリーを半分机に乗せた紗夜は残りをツナに渡した。
「一緒にしてごめんね」
横に首を振るツナ。大丈夫くれただけで嬉しいからという意味だ。紗夜には喋らなくとも簡単なモノなら意味は伝わる。
「あ。スプーン忘れちゃったから購買でもらってくるね」
こくこくと首を動かして紗夜を見送った。
最初はどうなるかと思ったがなんとかやっていけそうだ。ある程度の常識内なら音を出しても起きることはなさそうだし雲雀との同室なら感じ悪い人はいないし看護師さんも必要以上に来ないだろう。
安心した。ベッドに行こうとひょこひょこと歩き出すと静かに開けられた扉。顔を覗かしたのはイーピンと………………ランボ。うるさくて騒がしいやつ代表が雲雀と同室の時に来た。ランボの手榴弾は雲雀を起こさずにどうにか処理ができたが、イーピンの雲雀に惚れたことによるピンズ時限超爆は防げずに起こすことになった。
結果、ずったずたのぼろっぼろのぐちゃっぐちゃにされて怪我が増えた。
「(紗夜がいた時は何しても起きなかったのにーーー!!)」
「あれ? 綱吉は?」
「…………………来たんだ」
「うん。親しい人が入院したらさすがに見舞いに行くよ。恭弥だってそうでしょ?」
「暇だったらね」
紙スプーンをもらってきた紗夜が病室に戻ると雲雀しかいなかった。出ていく時にはなかったはずの血が床に飛び散っているのを見つけた紗夜の口元は引きつる。ゲームの話本当だったんだ。購買にいても爆発音は二回聞こえていたのでそれで起きたんだろうと正解を聞かなくてもわかった。
「怪我人に何をしてるの……」
「別に」
近くの丸イスに座った紗夜はため息をついた。
雲雀は紗夜が来た時を知らないが差し出されたスプーンと起きたときからあったゼリーで部屋を訪れていたことは理解した。気配消すの上手くなったなととんだ勘違いをして。紗夜にそんな特殊な技能はない。
「見舞いなんて来ないと思ってた」
「私のこと冷たい女だって思ってる?」
失礼だなあと笑っている紗夜に雲雀は───
「嫌いじゃない。───病院」
雲雀は知っている。紗夜のことを。病院が嫌いな理由もお見舞いが嫌いな理由も。紗夜は一度も入院したことないのに小さい頃は何度も病院に訪れていたことを。今はもう近づかないことを。最近はツナが入院しているから出向いたが。
「………………………………」
「無理して来る必要はないと思うけど」
俯いた紗夜を一瞥して雲雀はゼリーに手を伸ばした。紗夜の震えた手がきゅっと握りしめられているのも引き結んだ唇も見逃さない。だけど指摘はしない。ほっとくのだ。何か言われたら彼女の望む通りにしてやればいい。
「…………………………………」
12月。そろそろ雪が降る。今年ももう終わる。
いったいいつになったら隣の家は賑やかになるのだろうか。
あれから何年経ったのか雲雀は覚えていない。静かな方が雲雀家としたらありがたかった。騒がしいのは家族そろって嫌い。それでも雲雀恭弥は望むのだ。
また鳴神家の家族が揃う日が来ることを。
それは全て大切で特別な彼女のため。