戻らない過去は遠退くばかり


「ボンゴレ」


真夜中に尋ねてきたのは昔からの馴染みのある人物だった。ボヴィーノファミリーとボンゴレファミリーを行き来できる人物。近頃はボヴィーノにいたはずで、しばらくはボンゴレには来ないはずの来訪者。

ボンゴレと呼ばれた男は手を止める。ボスとして多くの業務をこなす男。勉強も運動も何もかもできなかった男は今は別人ではないかと間違えるほど成長した。


「どうしたの、ランボ」


10000に近い組織を傘下に置いてある男とは思えない優しい声。年の差もあるのだろう。彼はランボには比較的優しかった。

栗色の髪に茶色の瞳。柔らかい。


「オレ………………」


ランボは視線を下げた。怒られるわけでもないのにとても言いづらそうにする。


「薄々皆さん気がついていると思いますが……オレは今過去に行くことが一番多い時期です」

「ああ……もうみんな知っているだろうね。オレも10年前のランボを何回か見ている」


ボスはひっそりと笑う。10年前の幼いランボが何度も10年バズーカを使う場面はこの目で見てきていた。ボンゴレ10代目である男が目の前にいる男を初めて見たのは10年前である。同じことを繰り返しているのだ。


「、その………」


何度も口籠もるランボ。


「(ああ─────)」


ボンゴレ10代目である男は全てを理解してしまった。超直感なんてなくても誰でもわかること。


「オレ、今回……」


なんと羨ましいことだろうか。


「紗夜さんに会えました」


ボンゴレのボスは微笑んだ。「いいなぁ」と、それだけ。

ランボもこの話題がタブーだったことは理解している。この男だけではない、自分含めて、ボンゴレ10代目と身近なボンゴレ幹部たちと彼らと親しい何人かはあの日から時が止まっているのだ。失われているのだ。

たった一人の少女がボンゴレには必要不可欠なんだ。


「……その、言うべきでしょうか」


全てを、ランボたちが知る未来を。過去を変えれるのならば、あの辛い最悪な出来事をなくすことができるのなら、また大好きな人の温かい体温を知れるなら。全てを教えてしまいたい。


「紗夜には言うな」

「っなぜ」

「……当事者である紗夜が知ってしまえば、この先紗夜はずっと怯えることになる」


ボンゴレ10代目はイスから腰を上げる。窓に近づいて夜空を眺めれば昔から変わらない空が存在していた。


「ランボだって紗夜に悲しい顔はさせたくないだろう?」

「それは……………わかり、ました」

「うん。ごめんなランボだって辛いのに」

「オレは……まだ、会えるので…。オレなんかより貴方の方が……」


ランボは口を閉じた。ガラス越しで見えるボスの顔はマフィアのボスとは思えないぐらい弱々しい。

出会えても悲しい。出会えなくても悲しい。ランボと他のものでは種類は異なるが辛く悲しいことは同じ。
二度と会えない少女に過去でもう一度出会う辛さ。この先失うと分かっているのに全て知らないふりをしないといけない辛さ。
あの日からもうずっと動く姿も笑う姿も鮮やかな赤い髪もきれいな青色の瞳も見ることができない辛さ。どこを探しても大切な人は世界には存在しない。


「ボ、ボンゴレ! 貴方に、過去の貴方には伝えてもいいでしょうか!? あの日、○○年○○月○○日に紗夜さんに起きることを!! ───────────と、いうことを」

「……………………っ、!」

「ボンゴレ……!! オレは未来を変えたいです……! いけないのはわかってる、だけど……!!」


未来を変えたいのはランボだけではない。だが未来を変えるのはタブー。ボンゴレボスは何度も葛藤した。変えるべきか変えないべきか、世界の秩序を保つべきか自分の意思を優先するか。ランボの口から出るまでずっと、あの日からずっと考えていた。秩序を保つか、世界が壊れるかもしれない可能性があっても未来を改変させて彼女を救うか。

出た決断は────


「………………………事実は伏せて、その日は家にいないように外へ行かせて……………それではダメだ。……オレの家に居させるようにしてくれ。それ以外は何も言うな」

「っはい! ありがとうございます!」


嬉しそうに頭を下げたランボは騒がしく出て行く。入ってきた時とは真逆のテンション。


「………………もし……過去が変わればこの世界も変わるのかなぁ……」


月夜の光は変わらない。
彼女と一緒に月を見た最後の日も思い出せない。また来ると思っていたから。最後だと知っていたらもっと彼女といた日々を大切に噛み締めて生きてきていた。最後になんかにしなかった。今でも一緒に………………。


「ランボは知らないから」


「オレは10年前にも同じことをお前に言われてんだよ」とボンゴレ10代目は呟いて窓を開ける。

10年前にボンゴレ10代目は10年バズーカで入れ替わったランボに似たようなことを言われた。今なら意味がわかる言葉を。


「○○年○○月○○日に紗夜を商店街に行かせるなと泣いて頼んできたから……その通りにしたのに……」


未来は変わらなかった。尋常ではない様子で床に頭をつけてまで頼んできたから何も知らなくてもその通りにしたのだ。紗夜に手を合わせて商店街に行かないように頼んで承知してもらった。理由は紗夜もボンゴレのボスとなった男もわからなかったけれど、紗夜は眉を下げて首を縦に動かしてくれたのだ。

だが未来は変わらなかった。そこに至るまでの過程が変わっただけで結果は何も変わらなかった。一番変わって欲しかったものが変わらなかった。


未来は変わるのだろうか。


過去の自分に託すことしかできない。
目に見えるところにいてもらって過去の自分が最愛の女性を守ることができればこの最悪な未来に辿り着くことはないだろう。


男はあの日のことを今でも夢に見る。
大切な友人仲間が泣いている光景。そこには真紅の髪を持つ少女の姿はない。


「………………………紗夜っ」


男の唇は悔しさのあまり震えていて、目からは涙が溢れ落ちた。







この一連もずっと繰り返されているとは知らずに。