黎明の足音が聞こえる
「最後ランチアさんと少しピリピリしてた?」
「うーん……少しね。……ムカついちゃって」
「珍しいね。紗夜が強く当たるのって」
「そんなことないよー。最近多分たくさん出していた」
ヴァリアーに怒鳴ったり……ヴァリアーを敵視したり……。うん、最近はヴァリアー関係が多いな。今回ランチアさんが気に障ったのはヴァリアーとは無関係だけど。あちらさんとしては善意だったのだろう。
「ランチアさんとは骸のことでだよね。……あれ!? 違う!?」
「ううん合ってる……」
びっくりして口があんぐりと開いた。綱吉も骸の名前NGの人ではなかったけ? 少し前に骸の名前を出したら怒られたような気が……。怒りが風化したかな? 霧の守護者として一緒に戦ってくれて仲間だと思うようになったかな? 骸の名前出していいなら詳しく話してもいいんだけど……。
「ランチアさん骸のこと悪く言ったから少しカチンと来ちゃって」
「……まぁ、ランチアさんは骸にいろいろされてるから……」
機嫌悪くならない。骸の名前を出しても綱吉は困ったように眉を下げただけ。どこかの誰かと違って武器を構えない。睨んでこない。
「骸とランチアさんの間に何があったか知ってる?」
「ううん」
「そっか」
「なんとなくは予想できるけどね。だからといって骸を悪く言う理由にはならない」
「……なんで?」
ランチアさんは骸が非道な人間だと私に訴え掛けてきた。今すぐ離れろ、と。骸といると不幸になる、と
骸にされたことを私だって忘れたわけではない。身体を乗っ取られて傷つけられた。でもそれだけではない。生きる希望を見出して異質な仲間だと手を差し伸べてくれたりしているんだ。怪我なんてどうでもよくなるほど骸には感謝している。私を生かしてくれた恩人の一人は骸だ。
骸がランチアさんにしたことは身体を乗っ取られて傷つけるだけではないのだろう。それ以上の、何か。マフィアを憎んでいる骸がマフィアをそばに控えさせていたのだからそれなりの何かがあった。その何かは私の乏しい想像力ではわからない。
家族を人質に取られマフィアを殲滅させなきゃ殺すと脅されて知らぬうちに家族も殺されたとかじゃね。たぶん。
「マフィアが骸を先に傷つけたんだよ。マフィアが全て悪い」
捕食する側の時は迫害して、される側になった瞬間する側を悪人だと罵る。先にやったマフィアが悪いだろう。骸たちを人体実験したマフィアだけでなく、助けることができなかったマフィアも。
「……紗夜は」
「なに?」
「骸のこと…………………………、なんでもない」
「気になるよその沈黙!」
聞きたいことあるなら聞いてくれたらいいのに。なんでぶすっと唇を突き出して不貞腐れているのだろう。おーい綱吉ー、と目の前でぶんぶん手を振ると急に髪の毛をぐしゃぐしゃにして叫喚してしゃがんだ。……怖い。ストレスだろうか。今度安眠グッズでもプレゼントするべきかな。
数分待ってみたが綱吉は地面と見つめ合ったまま立ち上がらない。
「どうしたの?」
綱吉と同じようにしゃがんで微笑む。綱吉は訳がわからなさそうに顔を上げた。なんでそんな顔してるの? 私の方が不可解ですよ。
「……オレ、最近おかしいんだよ……っ」
「うん」
「紗夜といるとおかしくなる……」
「……………………うん」
相槌はしてあげたがどういうことだ。私のせいで変になっているような言い方をしてきた。嘘だろ、私のせいかよ。私が何をしたんだよ。元々おかしかったんじゃないの? タイミングがたまたま私がいる時だっただけでお前は昔から壊れてる!!
私も叫声をあげたかったが道端ということと人がいるということでなんとか堪える。綱吉の瞳に映る私は微笑んでいて表情は変わってない。表に出ていない。よかった。
「紗夜が他の人といるの見てるとっ、なんかすっごいイライラするし」
「……嫌いなんじゃない?」
「そんなことないって! 紗夜も山本も獄寺くんもディーノさんも好きなんだよ!! それなのに……なんかムシャクシャして……京子ちゃんやハルとオレの知らない話題で盛り上がっているのも嫌だしクロームとくっついているのを見るだけでも引き剥がしたくなるし……」
「嫉妬だよそれは」
優柔不断な男が。可愛い子なら誰でもいいのか。一人にしぼれよ。さすが無自覚で二股しているとリボーンに不名誉を与えられている男。クロームちゃんも現れたら三股じゃないか。京子ちゃん一筋の方がいいと思うよ。ハルちゃんのことを考えるとハルちゃん一筋になって欲しい。クロームちゃんは綱吉のことどう思ってるのかな? 今度会ったら聞いてみないと。
解決したというのに綱吉には私の声が届いていないのかまだぽつぽつ言葉を漏らしてる。私のこと見ているのに声は聞こえないのか。
「今まではなんとも思わなかったんだけど、最近ヒバリさんと楽しそうに笑い合っているのを見かけると……見ていたくなくて逃げ出したくなる」
「……恭弥と楽しそうに笑い合っている??」
「うん。……ヒバリさんその時だけ優しそうに目尻を下げてるよね」
「……下げてるよね??」
恭弥と楽しそうに笑い合っている?? 京子ちゃんかハルちゃんかクロームちゃんが? 見たことないけどそんな姿。だけど綱吉目尻を下げてるよね、と私が知っている前提で聞いてきた。私も見たことがあるってことだよね。じゃあ同じ学校の京子ちゃん?? 京子ちゃんと恭弥が楽しそうに談笑しているシーンを思い浮かべろ私!!! ……よしいけた。
「大丈夫だって。恭弥は顔がいいだけのドS野郎だから。痛みが大好きなとんだマゾヒストじゃないと恋人になろうなんて思わないよ」
京子ちゃんは普通の子だろう。京子ちゃんが間違っていてハルちゃんやクロームちゃんだとしても彼女たちもたぶんそういう気質はないだろう。そこまで恭弥に関して心配する必要はないと思う。恭弥は遠くから見て満足する観賞用のイケメンさんだから。
そろそろ立ってほしくて手を出す。にこりと微笑むと綱吉は自分の意思とは関係ないように、自然と出てしまったかのように小さな声で、
「……紗夜は、……ヒバリさんとつきあいたい、とか、結婚したい、と思ったことある……?」
真っ直ぐな瞳で見つめてきた。
この答えは決まっている。嘘をつく必要はない。
「ないよ」
普通の会話のテンポだった。考えたり嘘をついたり動揺したりすると返事は早くなったり遅くなったりするが今回の私の返事にはそれがない。本心だもの。綱吉もそれがわかったらしく、ふんわりと笑みを浮かべた。
「そっか……よかった。……じゃ、じゃあ骸は?」
「骸もないでしょ」
骸も女子にきゃあきゃあ騒がれるタイプだが多分あの人も観賞用のイケメン。本人が近づいてくる女子を拒否する。受け入れたって価値のある道具としか思わないだろう。おつきあいはもしかしたら利用のためにするかも知れないが結婚まではできないんだろうな。多分相手を愛するパートナーとして見ない。使える道具としてしか。……やっぱり私の周りのイケメン性格だめだ。
「……一応確認するけど、私の偏見も混ざっているから世間の意見として受け入れないでね」
「う、うん! 紗夜の意見だよね! ちゃんとわかってるよ!!」
「それならいいけど」
これで、
違うじゃねえかオレの好きな人あいつらのことが好きだって言ってるじゃねえか!!
と怒鳴られることはない。私の意見だから。私、恋愛経験それほどないから断言できないんだよ。私の感覚は世間一般かズレているかすらわからない。綱吉がちゃんと私の意見だとわかっているならもし綱吉の想い人が骸や恭弥を好きになっても私の責任じゃないよね!!
「ごめんね、それじゃあ帰ろっか」
「うん。お願いします」
なぜか逆に手を出されたので重ねて立ち上がった。私のペースに合わせてまた歩き出すから遅い。小学生たちに簡単に追い抜かされる遅さ。
「恋愛相談は獄寺くんや山本くんにしなよ。私なんかより。綱吉の周りファンクラブが存在するマンガの世界のようなモテ男ばっかりなんだから」
「え、あ、……考えて、みる」
あ、だけどその辺は全員ライバルなんだっけ? 獄寺くんや山本くんに好きな人がいる気配はないけどな。多分綱吉が一人ヤキモキしているだけだから相談したら全力で応援してくれるだろう。特に獄寺くん。
「今日は私じゃなくて京子ちゃんやハルちゃんを送っていくべきだったね。アピールしないと」
「なんで? お兄さんがついているから危険じゃないよ」
「……笹川先輩怪我人だよ? 花ちゃんも一緒だし……3人を一人で守るの大変そうなのに……」
「それなら紗夜はどうしたの?」
「昨日みたいにディーノさんに送ってもらう」
「え!! ディーノさん……?」
「綱吉は気絶した後ランチアさんに運ばれてたよお姫様抱っこで」
「ええーーーー!!!」
「ヴァリアーと一緒に大爆笑していた。ベルフェゴールさんと一緒に連写していた」
「っちょっと待って!!! なんでヴァリアーと仲良くなってるの!!?」
「……昨日いろいろあったんだよ……! 流れで連絡先交換してしまったし……! 深夜のテンションって怖いね……」
「何その含む言い方!!」
あははっと手を叩きながら笑うと綱吉はふくれっつらになった。ごめんごめん、お姫様抱っこ写真は消しとくから。そう伝えると違うって怒られた。だけど消して欲しいらしい。仕方ない削除しよう。欲しかったらベルフェゴールさんからもらえばいい。連絡先交換したはいいけれど連絡できるかな? 怖いよねあの集団とまた関わるのは。
真っ赤な夕暮れが街を染める。道路には二つの影が楽しそうに揺れていた。
これからもこんな楽しい日々が続くと思っていた。些細なことで大騒ぎして、笑い合う日々が。
もう二度と命の危険に関わるようなことはしたくないし見たくないけれど、マフィアの世界に足を踏み入れた時点でそれは無理なんだと昨日スクアーロさんに散々脅された。だけどそれは遠い未来の話だと、軽く扱っていた。
今はまだ知らなかったんだ。数日後、私たちは大きな事件に巻き込まれることを。10年後の私がどうなっているのかも。何もかも知らなかった。
きれいに絡み合っているたくさんの歯車が一つ止まり、またもう一つ止まり、上手く回らなくなることを今は誰も知らない。
「なんでツナは本人に相談してるのよ!!」
「バカだから。ダメだから」
「じゅ、10代目ぇ〜〜〜。そこまでわかってるなら気づいてください……!!」
「女に微塵も意識されてねぇじゃねーかコラ」
「紗夜ちゃんは誰のことだと勘違いしてんだあれは」
「鳴神殿はディーノ殿がお好きなのではなかったのですか?」
「うえっ!!? いや、その……それは勘違いで……オレは可愛い弟分と可愛くねー生徒、どっちを応援すべきなんだ……」
「それか紗夜を掻っ攫ってくか、だな」
「んなことしたらキャバッローネとボンゴレの全面戦争になるに決まってんだろ!!」
「……あの子のことは骸も気に入ってたな。見たことのない眼差しを向けていた」
「10代目……! オレは10代目を誠心誠意で応援し援護します!!」
「私は紗夜を応援するわ。隼人、敵となるわね。それと跳ね馬、紗夜があなたを選んだ場合断ったら殺すわよ」
「お、おう……。……ほんとどうすればいいんだよ……」
「というよりお前は紗夜ちゃんが好きなんだろ?」
「ンな訳あるか!! 10代目の想い人を好きになるなんていう右腕失格なことはしねーよ!!」
「……ふーん。譲っちまうのか」
「っ……ちげーって言ってんだろ」
「あら? 紗夜が義妹になるの?」
「ならねーよ!!!」
「……これ以上は何も起こりそうにねーな」
「あいつはヘタレだな」
「全員でお膳立てしてやったというのにな。んじゃっ帰るか」