場違いに熱い
「冨岡さん。お時間がありましたら鍛錬をつけてくださりませんか?」
『拝啓 寒冷の候、冨岡様におかれましては益々活躍のこととお慶び申し上げます。
先日、とある町できゃらめるを作らせていただきました。私の手でもあのような美味しいものが作り出せることに驚きが隠しきれません。口にしてみたところ、食べれるものであったので共に送らせていただきました。よろしければお食べになられてください。透明の包み紙のものはお店で買わせていただいたものです。
これからまだまだ寒くなりますがお体に気をつけてお過ごしください。 敬具 東雲いろは』
「この前話していたことなんですけどね、4日後にしようと思うんです。冨岡さんは行かれましたか?」
半月ほど前、100年以上変わっていなかった上弦の鬼の顔ぶれがようやく変化した。一人の柱と庚の隊士、その他数名の活躍により上弦の陸が倒された。重傷を負いながらも勝利したのだ。
柱は皆、詳細を鎹鴉から伝達されていた。それでも心配する者は多く、暇を作ってはお見舞いに訪れる者は存在している。
いろはもようやく時間を作れ、本日宇髄邸に足を運んだ。
「柱、引退するというのは本当なんですね」
「ああ。この腕と目ではな」
部屋に案内されると、布団にはいるが本当に怪我をしたの? と疑いたくなるほど元気な宇髄が。柱の回復力は化け物レベル。それでも二度と戻ることのない失った左腕と左目。宇髄の言う通り、片腕と片目がない状態で今までと同じ量の任務をこなすのは難しい。実力が落ちてしまった今、柱でいるのは不可能。
「これ、奥様方とお食べください。蜜璃ちゃんおすすめぱんけえきです」
「おお。ありがとな」
甘いはちみつとバターを添えたふわふわパンケーキ。いろはも食べさせてもらったことはあるが今まで食べてきたものとは異なる食感の食べ物。西洋は奥深い。
お見舞い品を置いていろはは世間話を数分話してから本題に入る。上弦の鬼について。
「上弦の陸は……兄妹の鬼だったのですね。今までの鬼のように頸を斬り落とすだけでは倒せない……」
兄と妹、二人の頸を同時に切り離しとかないと倒せない鬼。片方を斬っても片方に逃げられたら日輪刀でも倒せなかった鬼。
上弦の陸がだ。上弦の中でも一番下の鬼。それなら壱から伍はどうなるのだろうか。さらにその上の鬼舞辻無惨は。一筋縄ではいかない。
兄妹の鬼。兄妹。
「……鬼になっても兄妹だとわかるんですね……」
「そうだな。妹の方はお兄ちゃんお兄ちゃんギャン泣きするほどだ。多少なりとも鬼になる前の記憶を持つ鬼は存在する。なんだ、東雲は記憶がある鬼の討伐はしたことないか?」
「いえ、存じております」
ギャン泣き。大切な家族に助けを乞うように泣いていた。鬼がだ。
なぜ。いろはには理解ができなかった。
私たちにはできなかったのに。私のことはわからなかったのに。
なぜなんだ。口の中に錆びた鉄の味が広がる。
「(上弦だから…? でも話によるとあの鬼も……)」
「おい、どうした?」
「……宇髄さんは遊郭に庚の隊士三人を誘拐して連れていったそうですね」
「誘拐はしてねェよ!! あいつらが自分の意思でついてきたのっ!!」
「そうなのですか? 宇髄さんは階級の低い隊士を無理やり攫って遊郭で4人目のお嫁さんを探させたとお聞きしていたのですが」
「なんだその噂は!!」
いろはの言葉に宇髄は恐ろしい表情で指をトントンしている。出鱈目なことを吹聴している者は見つかり次第ぶっ放されることだろう。
「大丈夫ですよ。嘘だってことはわかっていますから」
宇髄とお嫁さんたちの仲睦まじい間柄を知ってしまうと噂は与太話。宇髄邸に訪れた際に3人のお嫁さんと出会っているいろはは目元を和らげる。
「賑やかで素敵なお嫁さんですね」
「そうだろ。あいつらはいい嫁だよ」
わあ、惚気られた。
相手は先輩隊士であり歳上。ぐっと言葉を飲み込む。本当ですね〜と相槌を打っていろはは話を戻そうとする。知りたいのは誘拐事件なんかではない。共に連れて行った庚の隊士の一人について。
「そういえば」
だが宇髄が先に話しかけてきた。開きかけた口を閉じて譲る。愉快にニヤニヤとしている先輩に。
「冨岡が好きなのか?」
「……………………………いえ、そんなことはございません」
「……ふーん」
冨岡と共にいるところを他の柱に見られる機会などほぼない。それなのにいろはの気持ちは宇髄に感取られてしまった。図星の反応に宇髄は意外そうに目を丸くした。
「へぇ〜あいつをね。へぇ〜」
「違います」
はっきりと否定しないと。有耶無耶にすると宇髄がされたように嘘を吹聴される危険性がある。
「冨岡さんは恩人なんです。それ以外何もない」
命を救ってくれた恩人。心も救ってくれた恩人。それ以下も以上もない。
「冨岡さんに失礼です。二度とそのような戯言口にしないでください」
助けてもらった日以来、冨岡がやけにきらきらしているが敬意以外の気持ちを持つことはない。あってはならない。
「それに……」
「それに?」
「……いえ、なんでもありません」
いろはは言いかけた言葉を飲み込む。ここで宇髄に話す必要はない。
部屋は静まり返った。廊下の奥の方から奥さん3人の賑やかなケンカなのかよくわからない喚き声と怒鳴り声が聞こえてくる。静かすぎて他の音がよく響く。
「東雲」
「はい」
「来い」
「……なぜですか?」
「いいから来い」
手招きされ、いろはは恐る恐る立ち上がり宇髄の前で正座した。無礼を働いた覚えはあるが鬼殺隊員同士の殺意を持ったぶつかり合いは御法度。破るような人ではない。じゃあ何をされるのか。
「生きろ」
ぽんっと頭に手が乗った。暖かい温もり。もうしばらく頭なんて撫でられていない。
「まだガキだろ。家庭を持つ夢を持て」
「ッ宇髄さんっ。髪の毛ぐしゃぐしゃになりますっ」
くしゃくしゃになるほど撫で回されて。
いろはは誤魔化したつもりらしいが宇髄には伝わってしまった。
宇髄からしたらいろははまだ子ども。子どもながら自分の命と引き換えにでも鬼舞辻無惨を斬ろうとしている。鬼殺隊にはそんな若い奴が多すぎる。
「ド派手に生きろ」
「……ありがとうございます」
お見舞いに来て怪我人に励まされる。こんなことあっていいのか。頭を撫でられていると思い出してしまう。よく撫でてくれた兄を。払い落としたくない。
「だが冨岡はなァ。あいつのあの態度で女に好かれるとは」
「っだから違います」
「尊敬してるんだろ? 好いているんだろう? 何が違うんだ」
「っ!」
「なにと勘違いした」
わなわなと真っ赤になるいろはは面白い。歳下をここまでからかうことは今までにあったか。柱という重圧が無くなった影響も多少あるのかもしれない。
「お元気そうで安心しました!」
「おい逃げんな。まだ話は聞いちゃねえ」
「もう鬼とは関わらずに末長く奥様方とお幸せにお過ごしください!」
脱兎の如く部屋から走り抜けていく。嫁たちとすれ違ったのか不思議そうな声と賑やかな声が聞こえてくる。
「よりによって冨岡かぁ」
冨岡のことをよく知らない女子ならまだあり得る話。外見はいいのだから。しかし冨岡と関わったものなら誰もがわかるだろう。天然の煽り、一線を引く行為、口下手。感情の起伏がほぼ顔に出ない。
「頑張れよ」
冨岡へのこともそうだが、鬼の退治、そして生きることを。生きていれば勝ちなのだから。
宇髄からの応援は誰にも聞かれることなく空気に溶けた。
「(宇髄さんはなんだ!? お嫁さんが3人もいる余裕か!?)」
熱い。身体中が熱い。宇髄邸から逃げる時に顔が赤いとお嫁さんたちに騒がられていたがその通り。茹で蛸になってしまっている。
ふう、と一息ついて手で仰ぐ。もう大丈夫。外に出ればひとあんし───
「宇髄はどうだった」
「───っっ!!」
一安心であって欲しかった。ある意味一番安心できる声だが、今だけはやめて欲しかった。
人気のない木陰には冨岡がなぜかいた。いつからいたのかはいろはにはわからない。
「冨岡さんっ、どうしたんですか? いつからここに……」
冨岡は怪訝そうにいろはの顔を眺める。なぜだろう? いろはは少し考えて原因を見つけた。撫で回された時のぐしゃぐしゃな髪。慌てて直すが冨岡の表情は変わらない。そうだろう、冨岡が憂慮していたのは髪なんかではないのだから。
「宇髄さんですね!? 宇髄さんはお元気にいられますよ」
「そうか」
用事はそれだけで、冨岡は歩き出した。いろはも慌てて追いかける。横に並んでももう何も言われない。会うたびに話しかけた甲斐があった。
「心配だったのですか? それなら訪れればよろしかったのに」
「そんな必要はない」
また違う意味で捉えられる言葉遣いを……。
心配だったのは否定されていない。それなら、といろはは宇髄の様子を細かく伝えていく。私が今日来ていなかったらどうしていたんだろう、と考えながら。それは杞憂に終わる。冨岡は以前いろはとした会話から今日を訪問日に選んだのだから。いろはは勘づいていないようだが。
「宇髄さんは4人目のお嫁さんを探しに行ったのではなかったんですよ」
隣にいるのはふんわりと柔らかい空気を纏った少女。同じ場所にいるのに遥か遠く離れた空間にいるのだと錯覚させられる。
理解はしている。己が傍にいていい人ではないことは。こんなことに時間を使うのなら同僚である柱と親睦を深めてもらった方がいい。
「そういえば、冨岡さんは鬼を連れた隊士に出会ったことがあるんですよね」
「ああ」
なぜ鬼殺隊に入隊した。そう問いかけたくなるほど冨岡と話すいろはは町娘と変わりない。だが絶対に冨岡はいろはにその質問はしない。してはならない。知っているのだから。お兄ちゃんお兄ちゃんと気絶しながら呟いていたいろはを。
「宇髄さんのお嫁さんも賑やかでお元気でですね、って言ったらですね、急に宇髄さん私が冨岡さんの………」
止まった。不自然に声がなくなった。
視線をやるとまたまた首の付け根まで赤く染まっているいろはが。
思い出してしまった。言いかけてしまった。熱を帯びてしまう。
冨岡が好き。結婚。白無垢と袴。ありえない妄想までしてしまう。全ては宇髄のせい。
「今日は任務あるのか」
「え? ……ここから北東に5キロほどの湖に鬼が出ると耳にしたので向かおうと思っています」
「俺が行く」
なんで?
いろはが収集した鬼の目撃情報。今日は特段忙しいわけではない。冨岡にやってもらう必要はない。
手柄を横取りする人でもない。なぜ言い出したのか、いろははやんわりと問いただす。
「そんな体調で任務を受けても負傷者が出るだけだ」
「そんな体調……?」
「熱があるのだろう」
熱?
覚えはない。体調は万全。体調管理はそれなりにしているつもりだ。
「私、熱なんて……」
「先程から顔が赤い」
出会った時も今も。
がっつりと正面から指摘されていろははさらに顔を染める。冨岡が心配しているようなことではない。邪なことを考えている自分の鍛錬不足。
「大丈夫ですっ!」
「己の体調もわからないのか」
「わかるので大丈夫です!! 今日はありがとうございました!」
本人に指摘された。羞恥心からいろはは頭を下げて雷鳴のごとく去っていく。速い。追いつけない。任務を引き受けるのは難しそうだ。
「……寛三郎、頼みがある」
───文を届けてくれないか。