侵してはならぬ領域




いろはが柱となって最初の柱合会議は無事何事もなく終了した。悲鳴嶼行冥と時透無一郎とは初の対面だったが何事もなく穏やかに挨拶を交わされた。
だが一番話したい人とは微塵も会話はできなかった。いろはは尖っているわけでも孤立を好むわけでもない。先輩柱からたくさんのことを教えてもらっているうちに冨岡と言葉を交わす機会は失ってしまった。柱として新人の歳下が皆、可愛いのだ。

だからといってそれが諦める理由になるわけがない。


「冨岡さん! 冨岡義勇さん!」


追いかけて名前を呼ぶ。冨岡が止まる気配はない。てちてちと人混みをくぐり抜けていく。
祭りでもあるのだろうか、町民が多い。賑やかで屋台を組み立てていて、活気あふれている。


「冨岡さん!」


いろはも冨岡と同様、人混みを避けて通る。だが距離は縮まない。これだけ人が多いと自慢の速さも繰り出せない。


「冨岡さんっ。水柱様!」


ぴたり。冨岡は足が止まった。その隙にいろはは距離を詰める。


「どちらに行かれるのですか?」


「ご一緒していいですか?」と隣に並んだが冨岡は見下ろして


「違う。俺は水柱ではない」


一つ前のいろはの言葉を否定した。
水柱。いろはは少し前まで柱のことは名前で呼んでいなかった。今もその癖がほんの少しだけ残っている。焦って余裕がなくなった時は柱で呼んでしまうのだ。お前もだろ、と何人かにこづかれてもいる。


「どういう、意味ですか……?」

「そのままだ」


訂正するためだけに立ち止まった冨岡はまた歩き出した。いろはも慌てて置いて行かれないように隣に並ぶ。もう一度「ご一緒していいですか?」と尋ねると今度は「好きにしろ」と数文字の返事が。


「(水柱ではない……? でも冨岡さんは柱合会議にもいて……刀にも悪鬼滅殺の文字が刻まれていた、水の呼吸の使い手……)」


柱合会議では運良く隣に並べた。一度だけ冨岡の戦闘を見させてもらっているが水の呼吸だった。冨岡の水柱ではない発言は意味不明だ。

一度考えるのをやめよう。今日こそは冨岡にお礼をしないと。


「冨岡さん」

「なんだ」

「二年ほど前のことになりますが、助けてくださりありがとうございました」

「助けてない」


感謝の言葉も全否定。いろはは冨岡の拒絶に口を閉ざしかけたがまたすぐ開いた。


「助けてもらいました。私はあなたに救われました」


忘れたことはない。ずっとずっとお礼をしないといけないと考えていた。
だが冨岡は否定する。助けていない、救っていないと。

いろはは最終選抜の頃から実力はあった。ほどほどの実力があったから周りには頼りにされ、お礼を言われることも多数。その時も今の冨岡のように全否定などしなかった。身に覚えがない感謝でも笑顔で受け入れた。貶されてはいなかったから。不快感はなかったから。
誰だってそうではないのか。覚えていなくとも感謝の言葉を並べられたら拒絶なんてしないのではないのか。冨岡は柱だ。いろはよりも多くの人の命を守ってきている偉大な人。

なぜ。いろはがちらりと見上げると青色の瞳と目があってしまった。歩きつつもずっと冨岡はいろはを見つめていたのだから当然だ。困ったように照れたように頭を悩ましたりはにかんだりするいろはを。不躾にずっと。コミュニケーション下手な冨岡らしく言葉もなく見つめるだけ。


「あの……冨岡さん? 何かついてますか?」


何もついてはいない。だが冨岡はずっと凝視を続ける。


「俺は助けていない」


そして何度も同じ言葉をかけ続ける。
東雲いろはは己とは違うのだから。


「冨岡さん……」


どうして彼女はこんなにも謙虚なのだろう。
冨岡はいろはを助けてなどいない。あの日、いろはを鬼から助けたものなどいるはずがない。


「俺がいなくとも」

「……………いなくても、なんですか?」


助けてなどない。なぜなら、俺がいなくても彼女は鬼の頸を斬っていた。


一人で果敢に下弦の参に挑み、全ての隊士の命を守り、大怪我を負いながらもう一体の鬼を見逃すことなく対峙した彼女を冨岡は助けてなどいない。最終選抜も自分の力で生き残り、早々に下弦の参と出くわして逃げることもなく刃を取る、勇気と実力を持った彼女を自分なんかが助けるわけがない。


「冨岡さん?」


認めてはいけない。助けてあげたという虚言をついて畏まらせてはいけない。それだけは絶対に。


「やっぱり何かついてます?」


ぺたぺたと顔を触る少女に冨岡は目を伏せる。どれだけいろはが冨岡に助けてもらったと敬愛していても、冨岡は断じて受け入れない。冨岡は恩着せがましく横から手を出してしまったと思い込んでいるのだから。二人の捉え方は全く違う。


「(なんでずっと見てくるんだろう……)」


冨岡義勇の印象がどんどん変わる。それでもいろはは冨岡に負の感情を抱くことは絶対にない。恩人なのだ。冨岡のおかげで生きている。鬼舞辻無惨を斬るまで死ぬわけにはいかないのだから。


「(どうしたのかな……) あ、冨岡さん、今日お祭りみたいですよ。素敵な屋台がたくさんありますね。覗いていきませんか?」


まだ日中だ。鬼が外を彷徨くことはない。少しぐらいなら寄り道はできる。
だが冨岡は首を横に振ってどんどんと歩き出す。


「もっと有意義に時間を使え」


俺ではなくて他のものを誘えばいい。他の仲がいいもの。柱同士で親睦を深めるのもいいだろう。


考えを全て言葉にしろ。だからこそ冨岡は何度も他者と衝突するのだ。いろはだって冷たい言葉に何も喋れなくなって立ち止まってしまった。遊んでいる暇があるなら鬼の情報を掴め、鍛錬をしろ、と捉えてしまったのだ。その通りなんだが……その通りなんだが、冨岡と交流したかったいろはにとっては心が痛む言葉だった。

きゅうっと隊服を掴む。胸が抉られるような想い。どんどん離れていく姿勢が良い背中。


「有意義、です……」


鬼殺隊は死と隣り合わせ。もしかしたら数刻後には命がないかもしれない。時間は無限ではない。30まで生きれるかもわからない。だからこそいろはは生きている限り、大切な人たちと共にしたいのだ。忙しい身分で自由な時間は全然ないけど、わずかな時間ぐらいは好きな人と一緒にいたい。



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