夜の雲間に差し込む光




「大丈夫か」


もうだめだ。

死を悟った時にあなたは現れた。

がむしゃらに動き回っていたつけが来たのか、身体は動かない。刀は持てない。鬼舞辻無惨でもない、十二鬼月でもない鬼に殺される矢先に私を助けてくれた。

月光に照らされるあなたの深い水色の刀は綺麗だった。あなたの剣筋は美しかった。きらきらとあなたの周りは輝いていた。

あなたにとったら当たり前のことだったのかもしれない。私を助けたのは鬼を倒す過程だったのかもしれない。
それでも私はあの日救われた。死を覚悟した私を生きながらえさせてくれた。


いつまでも私は忘れません。あなたに助けられたことは死ぬまで覚えています。死んでも覚えています。絶対に忘れません。

また出会えたらお礼を言わせてください。私はあなたのことが────











つい先日、炎柱 煉獄杏寿郎が殉死した。下弦の壱を倒してすぐに上弦の参と交戦し、命を失った。
煉獄杏寿郎に継子は不在。炎の呼吸を使う後釜はいなかった。煉獄の抜けた穴。柱の空席。次の柱はきのえの階級から選ばれる。甲に上がるまでに殉死するものが多く、甲の隊士はほとんどいない。いても柱になるほどの実力者はほぼ存在しない。


「柱としてこれから頼むよ、いろは」

「はい。お館様」


それでもわずかにいる。

いろはと呼ばれた少女は深く頭を下げた。畳におでこがつくほど深く綺麗な最敬礼。

新たなる柱。実力が認められた甲の隊士。


今日、空席だった柱のイスが埋まった。












「いろはちゃ〜〜ん」


お館様から柱に任命され、産屋敷邸を後にして4半刻ほど経った頃だろうか。町を歩いていたいろはは己の名前を耳にした。この町には名を呼ばれるほど親しいものはいない。だが聞き馴染みのある声。柱になったことの伝達は鎹鴉からされていることだろう。お祝いかな、といろはは声のした方に顔を向けて、


「こっちよいろはちゃん!」


目を丸くした。
手をぶんぶん振っているのは華やかな髪を持った予想通りの人物。可愛らしい女の子。
彼女だけならいろはも笑顔で寄っていただろう。彼女だけなら。


「蜜璃ちゃん……」


同僚となった恋柱 甘露寺蜜璃がいた。だが彼女の周りにもまだ人はいる。鬼殺隊士ならみんな平伏するほどの豪華勢揃い。この町に上弦の鬼と鬼舞辻無惨が集まっているのではないかと疑うほどの勢揃い。いろはは頭を混乱させながらも足を規則的に動かす。今は同僚でも元上司。身体が勝手に動く。


「ど、どうしたの?」

「いろはちゃんが柱になったって聞いたからお祝いに来たの。おめでとういろはちゃん」

「ありがとう。……それで……」


ちらり、甘露寺の後ろに視線を送る。甘露寺より大きいものもいれば小さいものもいる。よりどりみどりで個性あふれる者たちだが全員同じ服。萎縮してしまう。
甘露寺もようやくいろはの視線の意味に気づいたのだろう。明るく可愛らしい笑顔で説明をしてくれた。


「いろはちゃんが柱になるっていうからみんな呼んでお祝いに来たの!」

「……ありがとう」


嬉しいけど何か違う。だが甘露寺のは100パーセント善意。悪意は全くない。数時間前まで雲の上の存在だった柱を半数以上集めたのはただの善意。責めるのはいけない。心の準備が何もできていなくて全集中の呼吸がおかしくなりそうだが甘露寺の行動はいろはのためにしたこと。
甘露寺の呼びかけで集まってくれたのは甘露寺含めて5名の柱。見覚えのあるものもいれば正真正銘初めましてのものもいる。


「……柱の皆様、初めまして。本日より皆様と同じく柱となりました、東雲いろはと申します。どうかお見知りおきください」

「はい。よろしくお願いします東雲さん。甘露寺さんとはずいぶんと仲親しげですが……以前からお知り合いだったのですか?」

「そうなのよしのぶちゃん。いろはちゃんと私は同期でね。いろはちゃんは最終選抜の時からすごくて! とても強くて可愛いの!」


いろはと甘露寺は同期の中でたった二人だけの女子。だから余計に仲良くなった。甘露寺が先に昇進しても甘露寺の要望で上下関係なしでずっと友人のように関わってきていた。


「それにね、いろはちゃんは入隊してすぐに下弦の参を一人で倒したすごい子なのよ〜」

「あら。それはそれは…………下弦の参を入隊してすぐに倒した、甘露寺さんの同期……」


思い当たる点があるのかしのぶはいろはに視線を送る。何が言いたいのかいろははすぐにわかり苦笑を浮かべた。


「当時は胡蝶さんのところでお世話になりました。ありがとうございました」

「いえ。あの時の子ですね。無茶はいけませんよ」


多くのものを治療してきているしのぶの記憶にもいろはのことは残っている。入隊後下弦の参を倒した女子隊士。これだけでもかなりの噂となる出来事だ。


「それなのに柱にならなかったのかァ?」

「当時癸でしたので。柱に空席もありませんでしたから」

「すげぇな」

「ありがとうございます」


他の先輩隊士、階級が自分より上のものを守りながら戦い抜いた新参者。それがいろはだ。印象に残っている。いろはがいたからこそ隊士たちは軽傷で済んだ。


「煉獄の代わりに柱になるって聞いたから来てみれば……地味なやつだが、やっていることは派手だな!」

「ありがとうございます」


しのぶの記憶にいろはが残っているのは下弦の参を倒したからだけではない。


「お久しぶりです」

「……………ああ」


同じ柱の手でいろはが運ばれてきたからだ。羽織に身をくるませて血だらけのいろはを運んできた無表情の男。忙しいはずなのに隠に頼むことなく自らの手で運んできた。滅多にない姿だ。


「(自分が助けた隊士が柱になったというのに来ないんですね。忘れているのでしょうか? 甘露寺さんなら誘ってあげていると思うのですが)」


いろはの方も覚えていないのだろうか。甘露寺に腕を持たれてぶんぶん振り回されている。あの男がいないことになんとも思っていないように笑みを浮かべて柱と会話をしていた。

そんなことはない。いろはも一番に探した。柱大集合が視界に入ってすぐに恩人を探した。珍しい、二種類の布を使った羽織。飴細工のように繊細な顔立ち。きれいな姿勢でどんな時でも崩すことのないポーカーフェイス。
柱になれば会える。助けられた時に言えなかったことを全て伝えれる。忙しい柱と会うには同じ柱になって柱合会議で顔を見合わせる場面を設けてもらうしかない。そのために柱になったわけではないが、会えるならなんでもよい。


「…蜜璃ちゃん」

「どうしたのいろはちゃん」


同期がいろはのために柱を呼んだ来てくれた。それなのに姿が見えない。
しのぶも不死川も宇髄も伊黒も、どんな理由であれども来てくれたことは嬉しかったが一番会いたい人はいない。心臓がトクトクといつもより大きく鼓動する。聞こえてないかな? いろはは少し不安になって服の上から心臓に手をあてた。


「他の柱の方々は今日はいないの?」


いつも通りに。挨拶したいから会いたいな、といった様子で尋ねると、甘露寺は可愛らしく答えをくれた。


「悲鳴嶼さんは任務で来れないって。すごく残念そうにしていたわ〜。無一郎くんは次の柱合会議の時でいいって断られちゃった」


違う。違うちがう。
早く、早く。

甘露寺の喋り方がゆっくりなような気がする。実際はいつも通りだが、今のいろはには焦れったかった。


「冨岡さんは」


名前を聞くだけでもおかしくなりそうで。


「手紙を送ったけど返事来なかったのよ」

「……そうなんだ。皆さん、今日は来てくださりありがとうございます」


それはそうだ。柱は忙しい。甘露寺たちは忙しい中、時間を作ってわざわざ顔を見せに来てくれたのだ。その理由が新しい柱を一目見たい、煉獄杏寿郎の代わりが気になったから、甘露寺に誘われたから、など様々であっても。
来るはずはない。いろはが深々と頭を下げると


「あら? 冨岡さんではないですか」


しのぶの軽やかな声が。


「(え、? 心の準備できてない……)」


気を緩めたその瞬間だった。どんな顔をすればいいのか。上げれない。ずっと頭を下げてしまっている。


「集まって何をしている」

「甘露寺さんからの手紙、読みませんでした?」


ふわふわする。地に足がついていない。
深く息を吐いていろはは頭を上げた。

あの日と変わらない。鬼殺隊の詰襟の上に右半分が無地で左半分が亀甲柄の羽織の片身替を羽織っている男の人。きれいな姿勢でどんなことがあっても動揺しない表情。


「っっ!!」


目が合った。
覚えているのだろうか。いろははゆっくりと呼吸をする。柱に選ばれたというのにこんなことで呼吸を乱しかけるとは。

小さな口から何を言われるのだろう。みんなのようにおめでとう、これから共に頑張ろう、と激励をくれるのだろうか。

そんないろはの期待は裏切られる。


「お前たちは暇でいいな」


小さな声だが耳にしっかりと届いた。いろはや甘露寺はともかく、他のみんなから聞こえてはいけない何かがぶちりと切れた音がしたようなしなかったような。


「暇? 暇なのはテメェの方だろォ」

「そうだそうだ。ここはお前の担当地域ではない。用もないのに来ているお前はなんだ」


イライラネチネチ。
たった一人の登場だけで、数言だけでここまで雰囲気を悪化させるのは才能なのではないか。


「(……え?)」


殺伐とした言葉と一人の男に向けられる視線。いろはが今日までに描いていた理想像と異なる。冨岡義勇という男は強くて優しくて、誰でも助けれる英雄のような人だと想像していたがそうではない?
いろはの前にいる冨岡は外見だけなら初めて出会った日から変わらない。


「失礼する」


くるり。背中を向けてしまった冨岡にいろはは何も考えずに駆け出した。「冨岡さん!!」と少々うわずった声で呼び止める。


「あ、あの……、通達があったかと思いますが、本日より柱の一員となりました、東雲いろはです」


緊張する。全く変わらない表情でじっと見つめられてしまうと顔が熱くなってしまう。それでもいろはは言葉を整理してずっと心の中にとどめていた想いを口に出す。


「私……昔に冨岡さんに助けてもらいました。覚えてはいないと、」

「────ない」

「え?」


小さい。聞こえない。なんだ? 小さな口が開いた。
目をぱちくりとさせると冨岡の唇がもう一度同じ動きを見せた。


「助けていない」


いろはの言葉を全否定する。


「………っ、冨岡さんにとっては日常茶飯事のことで記憶にないと思いますが、昔私はあなたに助けられて、」

「助けていない」


言葉を遮り被せてくる。強い否定。たわごとを抜かすなという先輩隊士からのお咎めだ。
なんで? いろはの頭の中にはその3文字がたくさん浮かぶ。助けられたのは事実だ。間違えていない。水の呼吸を使う、悪鬼滅殺と彫られた刀を持つ隊士。いろはが生死を彷徨ったあの日から水柱は変わっていない。ずっと同じ人。


「俺はお前を助けてなどいない」


「失礼する」とまた向けた背中に今度は走り出すことができなかった。特徴的な羽織りも記憶通り。絶対に別人なんかではない。それならなんで助けてくれたことを拒否された?


「私、嫌われてるの……?」

「それはないですよ。嫌われているのは冨岡さんです」


しのぶの真実の慰めも耳には届かない。


ずっと届けたかった言葉。あなたがいたから今、私は生きていられるという感謝。

すべてすべて、拒絶された。



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