尊い剣技




「はい。お昼休憩にしましょう。山田くん、いつものように材料はあるから、あれ? 早いね我妻くん。久しぶり」

「おい! 休みなら俺様と勝負しろ!」

「何やってのバカ!? 相手柱だよ!? ずっとそんな態度でやってるの!!? 蛇柱のところで怒られたばっかじゃん!! ……お久しぶりです東雲さん」


伊之助より少し遅れて柱稽古を進んでいる善逸。蛇柱 伊黒の稽古を終了して次は顔見知りであるいろはの稽古だ。着いた道場では同期が喧嘩腰で柱に勝負をせがんでいた。伊黒のところで口の利き方についてもネチネチと嫌味を言われたことは記憶に新しい。伊之助の記憶にはないのだろうか。挨拶する前に習慣化してきたつっこみを入れてしまった。


「おい! 勝負だ!! 今日こそ俺がかーーっつ!!」

「(この子が来てから柱と手合わせできなくなったなぁ)……はい、いいですよ」


周りを彷徨いていて、存在も声もうるさい伊之助に折れたのはいろは。木刀を持って道場の中心に立つ。
伊之助がいろはの元に来たのは昨日今日ではない。何度も見た光景に他の隊士たちは慣れてしまったようで、当たり前のように端に避ける。いろははともかく、伊之助が周りを全くもって気にせずに木刀を振るうから。


「(なんで伊之助あいつ、怖気付くことなく柱に勝負挑むんだろう。馬鹿なの? 馬鹿なのあいつ?)」


善逸は最初から柱稽古に反対だった。自分より格上の人に相手してもらっても痛いだけ。死にかけるだけ。現にいろはの元に来るまで何度も死にかけた。無慈悲な宇髄 時透。そして、一番危険だった伊黒。


「(いろはさんの一つ前は伊黒蛇男だぞ? 恋柱に懇意にしてもらっただけで稽古以上のことをしてくる男の後だぞ?? なんでノリノリで勝負を挑めるんだよ)」


さんざんしごかれた。甘露寺に甘いパンケーキを出されてお茶会して、きゃっきゃした日々を過ごして来たのが全ての原因だった。レオタードという奇抜な服を着せられたけど可愛い女性と合法的に身体をくっつかせれて、善逸には強引な柔軟は苦ではなかった。宇髄 時透の次に甘露寺。今までが苦しかった分幸せだった、のに伊黒で全て帳消しされた。帳消しどころかさらに柱稽古に対して意欲がなくなる始末。

柱たちは残酷だ。甘露寺の後に伊黒を置くなんて。野郎は差はあるが全員同じ道を進んできている。
善逸はまだ知らない。いろはの後には伊黒が優しいと思えるムチが二人もいることに。ほんと、柱は残酷だ。ムチの真ん中にアメを持ってくることが卑怯。


「(俺も見てこっかな)」


道場から出て行く人はいない。柱の戦いは参考になるから見て行くのだ。盗めるものは盗んでいく。いろはも伊之助も他に使い手がいない呼吸の使い手だが、動きからは学べるものがある。

激しく木がぶつかり合う音と伊之助の雄叫び。強者にぶつかる伊之助の笑い声は心底楽しそうだ。

決着は早かった。柱相手にはまだ伊之助も精進が足りない。気絶させられている。ここまでやらないと伊之助は止まってくれないから。

激しい動きが収まると隊士たちは外に出て行く。お昼ご飯の時間といろはは告げていた。
俺はどうしよう。善逸は少しだけ思案する。伊之助をほったらかしにして、他の隊士たちと同じくお昼を作りに行くか。伊之助を叩き起こすか。


「こんにちは我妻くん」


考えているといろはに声をかけられた。気絶している半裸猪に羽織をかけて。懐かしい、同じことを善逸もしてもらった。


「こ、んにちは」

「進んでくるの早いね」


善逸の進み具合は一般の隊士たちに比べれば早い方。だが同期と比べるとそこまでではない。カナヲはもうすでにいろはの元を去って、伊之助よりも遅れている。炭治郎は怪我をして始まりが遅かったからまだ後ろにいるだけで、きっと同じスタートをきっていたら先に進んでいた。いろはの言葉に善逸は何を返せばいいのかわからなかった。


「独自の型は生み出せましたか?」

「い、いえ。まだ……」


あぁ、また聞こえてくる。奥深くに隠された羨望と哀しみの音。雷の呼吸に触れてはいけないことはわかっていた。だから善逸からは触れないでいるのに。


「(……………あれ?)」


いつもと違う哀しみの音だ。悲しいのに変わりはないけど種類が違う。なんだ、この怒りでいっぱいの悲しみは。
聞いていいのか、いけないのか。どちらの方がいいのだろう。いろはにとって救いになるのは……───。


「……はらわたが煮えくり返るほどの悲しみがあったんですか?」

「…………我妻くんに隠し事はできないんだね」


正解だ。少しだけ怒りがおさまった。

いろははある日を境に雷の隊士に、雷の呼吸を見かけるたびにひどい怒りが込み上げて来てしまった。悪いのは彼らではないのに。柱稽古を手合わせ式にしたのも後悔した。宇髄や甘露寺のように木刀を使わない形にするべきだった。顔を見合わせていた柱たちに鳴柱がいなかったから知らなかった。

自分がこんなにも “あの出来事” に悔しさを感じているなんて。

いろはが怒りを覚えているのは己にだ。なぜその場にいなかったのだろう。助けに向かえなかったのだろう。烏から報告は入ったのに。着いた時には全てが終わった後だった。


「我妻くんには弱音を吐いてばっかりだ」

「そんなことないと思いますけど……」

「お館様と柱の皆さん以外には気づかれてないんだよ」


柱が知っているのは “あの出来事” を知っているのもあるが。
誰にも伝える気はなかった。隊士たちの士気を下げる危険性もある。
「あのね、」とまで言葉にしたいろはは口を閉じた。ひどい顰めっ面になる。彼女にしては珍しい表示だ。

この気配は。まただ、今日もやってきた。

善逸も聞こえる。複数の足音。誰かがやってきている。いろはの顔から予測するにあまりいい人物ではないのか。警戒してしまう。誰だ、蛇柱か。


「へ? 隠?」


現れたのは大量の荷物を持った隠達。いろはの表情には合わないほどおどおどとした隠達。

隠達は顔を見合わせる。今日も会ったね、昨日も会ったね、明日も会うんだね。


「柱……、その、本日も…」

「東雲様、こちら不死川様より……」

「こちらは水柱様からで…」


隠が大量の荷物を床に置くといろはは顔を覆った。いつもは鬼殺隊の先頭に立つ柱がとてつもなく弱々しくなっている。すみません、と謝りたくなる姿。仕方ないだろ、こちらも命令でやっているのだから。
返品しろと命じられたら恐ろしい。用事を済ませて隠は早々に散る。他の柱達よりいろはの方が怖くないのだ。


「日に日に増えていく……」


「ありがとうございます……お気持ちでお腹いっぱいです」と呟くいろはから聞こえる音には怒りも悲しみもなくなった。嬉しさと戸惑いと罪悪感。


「なんですか、アレ……」

「……最初は胡蝶さんと不死川さんだけだったのに、いつからか話を聞きつけた蜜璃ちゃんと冨岡さん、面白そうだからと便乗した宇髄さんによる……」


どうすればいいんだ。宇髄以外は善意によるものだから突っぱねることもできない。
言葉にもしづらい荷物。いろはが言葉を詰まらせているとムクリと起き上がった野生の生き物が、


「メシの匂い!!!」

「……です」


叫んだ。匂いで起きるとは。

生き方が危うく食を疎かにするいろはを人一倍心配する二人から始まった贈り物。毎日毎日届けられる。一人では食べきれない量を。


「おっしゃああ!! 今日もメシがいっぱいあるぜ!!」


伊之助のように食べてくれる子は頼もしい。腐る前に食べきってもらえるから。いろはは今日も隊士たちに全ての食材とご飯を渡すことになるのだ。











後日、甘露寺に誘われて蝶屋敷に行った。しのぶとお喋りをしに。お館様からの指示で鬼舞辻無惨に打ち込む薬を作っていて多忙な身だが、みんなで一休みをした。鬼も含めて。珠世に愈史郎、禰󠄀豆子、それに蝶屋敷の子どもたちも。

しのぶといろはは終始いろんな想いがあったがそれでも最後まで和やかに過ごせた。


「そうそう、聞きましたか東雲さん」

「何をですか?」


帰り際にしのぶからこっそりと教えてもらった。ずっといろはが気にしていたこと。重大な時に助けに向かえない柱として不甲斐ない己に怒りを覚えていた事柄。


「例の隊士の身元が判明したそうですよ。名は──というそうで」

「……そうですか。教えてくださりありがとうございます」

「いえ。今は彼の育手を探しています。……あまり気負いすぎないでくださいね」


にこり。いろはは笑ってお辞儀をした。

少し前に起きた大事件。いろはが上弦の壱と出会えたかもしれなかった日。
いろはに知らせが入ったのは遅かった。上弦の壱に隊士が襲われていると伝達が入ってすぐに向かったのだが全て終わった後だった。救える命は一つも残っていなかった。

その事件から数日後、裏切りが判明した。

上弦の壱と対峙した隊士は全員皆殺しにされていたと思いきや、一人だけ亡骸がなかったのだ。隊士についていた鎹烏も殺されていたので裏切りが判明するのに時間がかかった。
雷の呼吸を扱う剣士が鬼となっていると目撃情報が入った。彼は悲しくも鬼にされてしまったのではなく、自ら鬼になることを懇願したそうだ。
柱だけはこの事実を知らされている。

よりによって雷の呼吸の使い手が鬼に身を売った。いろはに責任はない。それでも近くにいて駆けつけることができた柱はいろはだけだった。思い詰めてしまっているいろはに何人かは声をかけた。いろはが雷の呼吸に憧れを持つことを知っている冨岡は特に。

いろはや伊之助のように育手を介さずに鬼殺隊になったものなら育手を探したところで無意味だ。しかし炭治郎や冨岡のように立派な育手に鍛えられたものなら……どうなるかは明白。


「壱ノ型 霹靂一閃」


雷の呼吸を汚さないで。


「弐ノ型 稲魂」


雷の呼吸を鬼が使用するところは見たくない。


「参ノ型 聚蚊成雷」


鬼の頸を斬るために使用して欲しい。


「肆ノ型 遠雷」


そのために生み出されたのだ。


「伍ノ型 熱界雷」


人間に害を及ぼすために使わないで。


「陸ノ型 電轟雷轟」


たった6つ。水や炎や風に比べれば少ない。それでも尊い型なの。


いろはは空を見上げた。

あぁ 夜の帷がおりる。


「あの日も、こんな時間だったな…」


闇が世界を覆っていく。呑み込んでいく。

かけがえのない家族が消え去った日と同じ。失ったものは二度と帰ってこない。



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