吐露する心情




「すみません今満席でして……」

「そうかァ……」


訪れたのはこぢんまりとした喫茶店。不死川実弥が喫茶店を訪れたのは伊黒からここの甘味が美味しいと聞いたから。甘露寺が全種類制覇して大好評していたとのこと。
楽しみに訪れたお店なのに来てみると満席。最近は多忙で、また時間を作れるかはわからない。諦めるしかないのか。そんな時、見覚えのある背中が視界に入る。同僚の東雲いろは。不死川本人も自分の風貌は人から怖がられる自覚はある。これが柱でなかったら諦めていたが、同じ柱なら一名を除き声をかけられる。
おばあさんに同席の許可を取りいろはの元へ向かう。


「東雲、悪ィが相席させ………………なんでいんだテメェが」


見えなかった。
入り口からちょうど影となって見えてなかったがいろはは一人ではなかった。向かいには無表情で食事に手をつけることもなく、ただ座っているだけの天敵が。そこらの鬼なんかよりタチ悪い話が通じないやつ。顔を見るだけで舌打ちが出てしまう。こんなやつと食事したら美味いものも不味くなる。やはり諦めるしかない。


「不死川さん……」

「すまねェ東雲。やっぱりなんでも……」


言葉が詰まった。振り向いたいろはの表情に怒りが湧き出てきた。
原因はわかる。こいつしかいない。


「冨岡ァ!!」


ここは店内。冨岡と不死川の関係を知らない人たちばっかり。容姿が整っている物静かな男の胸ぐらを傷だらけの訳あり輩が掴んでいる。第三者からは不死川が10割悪人にしか見えない。どこからどう見ても女の子に絡んだ輩が男に何か言われて殴りかかる姿。


「なんでテメェは年下の後輩いじめて泣かしてんだァ!!」


だが実際は不死川は常識を持っていて動物や子ども、お年寄り女性には優しい。理由もなくお店で怒鳴り散らすことはしない。


「いじめてない」

「ンならなぜ東雲は泣いてる!」


振り向いたいろはの瞳は潤んでいた。涙のアトまである。
もとより冨岡は口数少なくて言い方は悪い。相手が老若男女誰であろうと変わらない。人によっては泣かされるほどのひどい言葉をかけられているかもしれない。


「違うんです不死川さんっ!」

「大丈夫だ東雲。こいつは二度と近づけさせねェ」

「はなせ不死川」


凶悪な顔つきで冨岡を凄み、いろはには微笑むという器用なことを成し遂げるが、違う。不死川は誤解している。


「私っ泣かされていませんっ。相談に乗ってもらっていたんです!」

「…………………………アア?」

「誤解を招いてしまい申し訳ございません。……泣いていたんですね、私…」


すみません、と何度もいろはは謝罪する。泣くつもりはなかったのに。自分の弱さを、才能の無さを、どれだけ嘆いても何も変わることはないのに。


「冨岡さんもこんなしょうもない身の上話聞かせてしまい申し訳ございませんでした。心配までおかけしてしまい……本当に、すみません」

「心配ィ?」

「はい」

「誰が」

「冨岡さんがです」


人違いだろ。言いかけた言葉を不死川は飲み込んだ。
俺はあなたたちとは違います、といったような顔つきと振る舞いのやつがか? 嘘なのか真実なのか不死川にはいろはの表情から読み取ることはできない。冨岡の表情からは余計にできないだろうが、一応確認してみた、のが間違いだった。また店内で叫ぶところだった。お店やいろは、他のお客の迷惑になるから叫ばなかっただけで誰もいない閑散な土地なら怒鳴り掴みかかっていた。


「……なんでテメェは食ってんだよォ」


もぐもぐと頬張る冨岡。食べている時も変わらず無表情。鮭大根があればまた違ったのだろうが、ここはあいにく喫茶店。鮭大根は存在しなかった。


「何か言えやァ……。話の最中だったんだろ」


今思い出せば話しかけるまでいろはの口はボソボソと動いていた。周りの音の方がうるさくて、いろはの声は耳に届かなかっただけで喋ってはいたのだ。もっと早く相手がいることに気づいていれば冨岡と顔を合わすことはなかった。いや、相手が角度的に見えなかった時点で相席を頼みに行っていたか。


「大丈夫です不死川さん。話は終わっていますから」


嘘だ。そのぐらいはわかる。
自分がいることが原因か。割り込まなければ二人は会話を続けていたのだから。

不死川は周りを一望する。どこも席は空いていない。相席は冨岡がいる限りするつもりはない。だからといって空いているテーブルはない。
断念しよう。また時間を作れるかは鬼の出没数によるが望みは少ない。それでも僅かな望みにかけて今日は帰ろう。
いろはにだけ一声かけようと視線を下げたその時、何も言わずに横を通っていく男がいるじゃないか。


「冨岡ァ!!」


冨岡といろはは不死川のように偶々お店で出会ったわけではない。一緒に来店してきたのだ。


「まだ東雲食べきってねェだろ!」


怒鳴らないと決めていたのに反射的に怒鳴ってしまう。マナーが悪いというかやることなすこと頭にくるというか。
話が中断してから休むことなく食事をしていた冨岡は料理を食べきったようだ。つい先程まで気持ちを落ち着かせていたいろははまだ何も食べていない。


「………後は不死川に話せ」

「はあ??」

「冨岡さん……」


不安げな声。それでももう大丈夫だ。自分なんかよりよっぽど頼りになるものが来てくれた。


「不死川、怒らずに聞いてやれ」

「ケンカ売ってんのかァ……?」


いつも怒っているから。いろはが少し弱音を吐き出しただけで怒鳴りつけてしまうのではないか。それは少し心配だが同じ柱同士通じるものがあるかもしれない。

いろはは困惑する一方だ。背中ごしで淡々と告げられる “代わりは用意したから俺には相談するな” といったような不死川の押し付け。


「(……迷惑だったのかな)」


冨岡が心配してくれたのが嬉しくて。誰とも話したくなくて、弱さを打ち消すために鍛錬したかった。だけど、全てを見透かしているように真っ直ぐと見られたら相談を持ちかけていた。食事を頼んだというのに、話している最中は食べることもなくよそ見もせずにずっと耳を傾けてくれていて。どんどんとタガが外れて昨夜の過ち以外にも鬼殺隊に入隊するまでの人生も語っていた。静かに、否定することも非難することもなく聞いてくれていたから。


「……今日は、ありがとうございました」


嫌だっただろうに。それなのに文句一つ言わず嫌な顔一つせずにずっとそばにいてくれた。

いろはは立ち上がって深く頭を下げる。


───優しい人だ。


「……己を責めるな」


ぴしゃり。戸が閉まった。

なんだったんだ。他のお客たちはまた食べ始める。男女間のもつれかと思えば少し違ったご様子。あまり深く気にせずに家族や友人、恋人と会話をしながら食事を楽しむ。

いろははずっと立っていた不死川に席を進めた。冨岡がいなくなったことで不死川に断る理由はない。決まり悪そうに、それでもいろはの正面に腰を下ろす。


「……悪いな。話してたときに」

「いえ。終わってましたから」


おばあさんが注文を取りに来た。いろはの前にあるメニューを確認して、不死川はずっと待ち焦がれていた甘味をいくつか注文した。


「話があんなら聞くぞォ」

「ありがとうございます。でも大丈夫です」


小さな口で咀嚼するいろは。不死川に話すつもりはないという意思表示。本人が話したくないなら無理に喋らせるつもりはない。冨岡の頼みを聞く義理もない。それならそれでいいのだが、


「どうかしたかァ?」


また訊いてしまった。
なぜだろう。前にしのぶや甘露寺がいろはについて話していたのを耳にしてしまったことがあった。いろはは生命力が弱いように感じる、と。あの時は何言ってんだ、とぐらいにしか感じなかったがちゃんと向き合うとよくわかる。そこらの鬼に負けそうな弱さというわけではない。ただ目を離したら死んでいそうなのだ。


「何もありません」


一度そうやって認識してしまうと何をしても何を言っても印象は覆らない。
しつこく何度も声をかけることは無くなったが凝視してくる。気が付かないフリをして食事を続けるのは無理だった。


「……不死川さんの弟さん」


先に折れたのはいろは。だが話の内容は不死川が求めていたものではない。冨岡に話していた内容のものではない。


「鬼殺隊に入隊したそうですね」

「してねェ。俺に弟はいねェ」


ことり。音がした。不死川の頼んだ甘味が机の上に置かれる。
目で味わっても美味しい甘味の数々。しかし食べる気になれなかった。よりによってなぜ弟の話を振ってきたのか。
二度とその話をするな、と匂わせるほど強い拒絶。いろはは唇を強く結んだ。弟はいない。その言葉の真意はいろはにはわからない。しかしそれは悲しいということだけは非常に感じ取れた。


「……なぜ、いないものとして扱うのですか?」

「俺に弟はいねェ。二度とその話題を俺の前でするな」


咎めるような冷たい言い方。
実は、いろはは不死川が少し怖い存在だった。いざこざを起こして鬼殺隊に身を置きづらくなりたくないから表情に出していないが、初対面の時から外見が怖かった。不死川実弥という人間の中身を知ってから少しは気を緩めれるようになったが、今日で恐怖値が元に戻った。戻るどころか更新した。


「……すみません」


震えた声の謝罪に不死川は心の内で舌打ちする。怯えさせてしまった。相談があるなら聞くぞ話してみろ、と雰囲気を醸し出したのはこちらだというのに威圧感で黙らせてしまった。

気まずい沈黙が続く。お通夜並の空気の重さの中、いろはは音無く食事を終える。
どうするべきか、そんな時ぽつりと蚊の鳴くような声が。


「……私にも兄がいました」


静寂を破ったのはいろは。


「家族がいました」

「……そうか」


兄が、家族がいた・・


「……差し出がましいことなのは承知の上です。それでも言わせてください」


鬼殺隊にいる半数以上は家族を失っている。鬼に殺されている。そうでなければ鬼殺隊という組織なんてほとんどのものが今も知らずに生きている。


「もし弟さんを忌み嫌っていないのなら、交流をほんの少しでもいいのでお持ちになられてください。……鬼舞辻無惨がいる限り、明日は保証されませんから……」


いろはもその類いなんだ。

いったいいつからだろう。まだ少女である年頃の子が、弟と同じ年頃の子がいつから苦しんで生きてきているんだろうか。

失い、一人になり、剣を取った。


「……これ食え」

「……ありがとうございます」


元々そのつもりで注文していた。いろはに分けるつもりで何種類かは二つ注文していた。

美味しいです。いろはの味わう様子を眺めてから不死川も手をつける。確かに美味しい。伊黒のおすすめはいつも当たりだ。

甘味を食べ終え、他に何も注文することなく、冨岡とは違い2人は同時に外に出る。任務先は真逆。ここでお別れだ。


「すみません。ごちそうさまです」

「いい。……あまり無理すんなよ」

「ありがとうございます」


豆が何度も潰れて硬くなった傷だらけの剣士の手が頭に乗る。手慣れているのは弟妹がいっぱいいた影響。
兄としての雰囲気が、いろはに幼き頃の記憶を蘇らせる。もうこれ以上家族の話をしまいとは決めていたのに、まだ唇が動いた。冨岡に話した時から全て終わるまで閉じ込めていると決意していた気持ちが緩んでいる。


弟妹した兄姉うえの幸せを望んでいるんですよ……」


ごめんなさい。何度謝っても許されない罪。
不死川に吐き出しても何もならない。失った兄姉は戻らない。いつもいつも妹のために手を差し伸べてくれた大好きな兄姉はもうどこにもいない。

唇を噛んで俯くいろはの姿に不死川は何を感じたのか。「ごめんな」と一言謝るだけだった。



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