「それで劉備さんゴールほったらかしにして上がっちゃったんです! 僕っびっくりしました! あんなGK初めて見ました!」
「守じゃん」
「え!?」
一緒に残っていた真白は信助を中心に後漢の話を聞いていた。今は劉備と一緒にサッカーをした内容で、GKなのに攻撃に参加したことは信助には印象深く、びっくりして少し憤りも感じてしまったことだったので真白も同じような反応を示すかと思っていた。だが真白はあっけらかんと笑って誰もが知る有名なサッカー選手の名を挙げた。円堂守。守護神に相応しいGK。
「円堂監督がゴールを飛び出したんですか!?」
「うん。普通にシュートとかする」
「シュートを…!?」
「……最近はあんまりしないか。学生の頃は公式戦でもよくやっていたけど。だからリベロに転向したこともあったなあ」
「リベロ!?」
真白から出される情報は驚きの連発。円堂守といえばGK。リベロなんて聞いたことがない。「詳しいことを教えてください!」と詰め寄られた真白は「昔のことだから詳しくは覚えてないや」と軽く言い退ける。10年も前だ。詳しくは覚えていない。
「一試合だけなら守がリベロの試合の映像今持ってるよ」
断言した真白にちょっとがっかりしたが嬉しいお知らせが。スマホにあるよーとこれもまた言い退ける真白に信助たちはまた詰め寄るが、
「んーー…やっぱダメ」
いたずらっ子のような表情でスマホを引っ込めた。「やっぱり見せるなら一番最初に錦くんだよね」とお喋りの輪にいない人物の名を挙げる。なぜ「何をしたんぜよ、おまんら」と倒れているチームメイトに心配している錦なのだろうか。
一部の一年生たちと楽しくおしゃべりしている真白をちょうど眺めていた春奈には彼女が信助達と同じ中学生に見えてしまった。童顔だからと言うのもあるが、一番の原因は真白が雷門中のジャージを着ているからなのだろう。春奈達が在籍していた頃と種類は変わっているが、真白が雷門のジャージを着てフィールドにいたから昔のことを思い出す。10年前はマネージャーとして真白達と共に雷門で過ごしていた。
「ねー春奈ちゃん」
「染岡さんに怒られますよ」
「怖くないもん。私の方が優勢だからねっ」
ふくふくと笑う彼女は本当に楽しそうで。久しぶりにサッカーをしたからというのもあるだろうけれど、真白は雷門中サッカー部を気に入っているから。
真白は好き嫌いが激しい。春奈は一番ひどい頃を知らないけれど、今の真白も気に入らない人に対しては塩対応だ。サッカー関係者なら殊更。関わりたいと思わない。サッカーの指導(私に勝ってみな! と始まった真白の独壇場によるサッカーを指導と言うのかはわからないが)をしようとは思わない。振り回した子どもたちが回復するまで待とうとはしない。お喋りしようとはしない。
そんな彼女がずっとにこにこしている。本当に本当に楽しそうで。円堂が亡くなってから元気がなかった真白が立ち直って笑ってくれているのは春奈も嬉し、
「(……………あれ?)」
真白の表情が強張った。ぴたりと固まりそろりと他に移す。春奈にだ。いや、違う。春奈の少し後ろ。そこにあるのは大介のクロノストーン。
真白は唇をきゅっと結びまた視線を戻す。その先には、
「いつか円堂監督のリベロも見てみたいですね!」
同級生と楽しくお喋りしている、影山輝。
影山は最初から輪にいた。信助が三国志について話し始めた時から一緒にいたのに。なぜ突然表情を変えて影山だけを見るようになった?
その表情の意味はなに?
「春奈ちゃん」
真白の声は抑揚がない。先程まで楽しく喋っていた人の声ではない。「はい、」と返した声はどうなっていたんだろう。
「今でも私のこと好き?」
「え?」
俯いて切り出された内容は予想外のこと。予想できないこと。急になぜそんなことを聞くんだろう。突拍子がない。いつものことだけれども、突拍子がない。
「急にどうしたんですか?」
恋愛的な意味ではないとわかってはいるけれど、子どもたちの前でするにはちょっと小っ恥ずかしい。春奈は答えることはしなかった。
「………んーん、なんでもない。ねぇ、輝くん」
なんだろう。少し胸騒ぎがする。
「今まで黙っていてごめんね。ちょっと二人っきりで話そうか」
「何をですか…?」
違和感は中学生でも感じ取れる。影山は疲れ切っていて重い脚に力を入れ立ち上がった。初めて見る真白のカオ。テレビ越しでも、雷門中の一員になってからでも見たことのない寂しげな表情。
「私と影山零治の関係について」
───っ。
ヒュッと喉が鳴る。本当に突拍子がなさすぎる。さっきまで楽しく喋っていたのに、なんで突然。
「いいかな、輝くん」
「は、はい」
戸惑う影山の手を掴み引っ張っていく真白は止めれない。いつもとは違う異様な雰囲気。長い付き合いの春奈でさえ声の掛け方がわからない。影山零治と真白の関係を知っているから余計にわからない。
けど。
「真白さん!!」
これだけは言わなきゃ。
「私は今でも真白さんが大好きです!! 入学した時からずっと変わってません!! みんなそうです! みんな真白さんが好きです! 大好きです!!」
この場にいる全員に聞こえる大きな声。周りの目が気になるとか小っ恥ずかしいとか、今は邪魔な感情だ。全てをほっぽり出して伝えなきゃ。
春奈の全身全霊の叫びに真白は夢から醒めたような目つきで振り返った。友達同士の冗談では表せない面持ち。息を切らしてまで教えてくれた。
「………そっかあ」
真白は柔らかく微笑んだ。
「私も春奈ちゃん大好きだよー!」
ぶんぶんと大きな動作で春奈に伝え、真白は戸惑う影山を連れて出て行った。
大丈夫。伝えたいことはきちんと伝わっている。
「……今のはなんですか?」
突然告白しだした大人の女性たちが謎だ。真剣溢れる告白だから余計に訳がわからない。 真白が出て行った扉をいつまでも神妙な顔つきで見つめている春奈に葵は恐る恐る声をかけるが春奈は「なんでもないの」と誤魔化す。
「先生」
全員に聞こえる大告白はみんなの動きを中断させて見守られて行われていた。朝陽は垂れ落ちる汗を拭い春奈に近づく。難しく眉を顰めている朝陽は姉を心配している。
「俺にも話せないですか?」
「……ええ」
「……影山を連れてったのも俺の知らないことに関係しているんですよね」
「ええ」
真白が初めて影山に出会ったのは朝陽の前でだった。初めて雷門中にやってきた日。『……影山? 影山…? 鬼道くん、影山って……』と影山の苗字を知った途端取り乱していた。なぜだろう。朝陽は理由を知らない。気にはなるけどあの世代の大人はみんな同じような反応をするし、おそらく聞いても答えないから聞かなかった。今春奈に聞いたけれど答えてはもらえない。
「……雨宮、疲れたから終わり。居候の件はお前の好きにしていいよ」
「え…? ……わかりました」
扉を見つめている春奈とは異なる気持ちで朝陽も見やる。無機質で冷たいドアのあちら側ではどんな話をしているのだろう。
別室で話されている内容は真白が家族にも共有していない秘密に関わること。今の朝陽が知ることはできない。