「はーい」
病室の扉をノックすると今日は返事があった。
おっ、抜け出さすにちゃんと病室にいる。偉いじゃないか。
「体調はどう、太陽くん」
「真白さん!」
病室に入るとオレンジ色の頭がぴょこんと跳ねる。
「来てくれたんだ。ありがとう」
常連になるぐらいにはこの病室に足を運んでいる。
ベッドの傍に置かれているイスにいつものように腰を下ろした。
「元気だよ」
「それはよかった」
「昨日ね、佐田先輩と監督も来てくれたんだ」
「じゃあ聞いてるね」
「うん」
今度行われる準決勝で雷門の行手を阻む学校は新雲学園。
太陽くんが所属している学校だ。
「とても楽しみなんだ」
「そっか」
うきうきとした様子を隠さずに次の試合へ胸を膨らませている。
試合に出場できるかわからないことは本人も理解しているのに。
「ねえねえ真白さん。新雲学園調子いいんだってね。真白さんが来てくれたからかな? 僕も早く真白さんに教わりたいな。真白さんとサッカーしたいな」
「太陽くんが羨むようなものじゃないよ」
「そんなことないって! みんな楽しそうだし嬉しそうだよ」
「だといいけどなあ」
私は少し前から新雲学園サッカー部のコーチに就任している。
乗り出す太陽くんからは本気で私と一緒にサッカーをやりたいという気持ちが伝わってきた。
サッカーへの強い想いはあるのに、サッカーに関しては誰にも負けないほど情熱を抱いている自信は本人もあるだろう。私も負けるつもりはないけれど。それだけ強い想いを持っていても意思とは裏腹に身体がついてきてくれない。
望んでなんかいない病気。それが太陽くんにはあった。急に自分を襲った恐怖。
同じような境遇の友達が一人いた。怪我の後遺症で苦しんでいた魔術師。悩んで悔やんで葛藤して……試合に挑んできた私たちの友達で仲間で良きライバル。今は完治していて、何度もサッカーを一緒にしている仲だ。本当によかった。
今は大活躍中の一之瀬くんだったが10年前は病気と戦った人。サッカーが大好きなのに身体がいうことを聞いてくれなく、FFIは途中退場。
太陽くんを知るイナズマジャパンはみんな彼を一之瀬くんと重ねてしまう。似ているのだ。サッカーが大好き、天才と呼ばれる、病気、自分の身よりサッカーを優先する、好敵手が現れたら我慢できないなどなど。
私がもし病気でサッカーを禁止されたらきっと一之瀬くんと同じ道を通る。怪我で数ヶ月我慢しろと言われた時も我慢できなかったのだから。
だから聖帝は私を太陽くんの身近な場所に配置したのだ。何かあったらすぐに自分に連絡が来るように、無茶しないように見張っていて欲しいという思いで。
「変なこと考えてるでしょ」
むすっと面白くなさそうに太陽くんは私に注意する。変なこと考えないで、と。考えている内容が病気のこととまでは伝わっていないだろうけど、これに関しては私が悪いので素直に謝る。
「次は雷門中だね」
「うん。天馬と戦うの楽しみなんだ」
「天馬くんか。彼面白いよね」
「真白さんもそう思う? 天馬面白いんだよ。それに真白さんの弟さんとも戦うの楽しみ」
「朝陽はそう簡単に倒せないぞ。私の自慢の弟は強いから」
「僕だって真白さんの自慢の教え子だ」
それもそうだ。太陽くんの言う通り。教えたことはまだほぼほぼないけど。
胸を張る太陽くんはとても誇らしげだ。どっちが勝つんだろう。朝陽や天馬くんたち雷門イレブンかそれとも太陽くんたち新雲イレブンか。本来コーチの立場にいる人間はそんな呑気なことは考えずに自身のチームを勝たせないといけないんだけど。でもとても楽しみ。私もちょっと勝負したい人がいるので。絶対勝つ。
「そういえば天馬はなんであの時病院にいたんだろ」
「多分お見舞いだよ。違う人の」
天馬くんと何度か優一くんのお見舞いでばったり会ったことある。最初はびっくりしたよね。天馬くんもびっくりしていた。
「……わかった、あの人だ。……もしかして真白さんのお見舞い相手もあの高校生ぐらいのお兄さん?」
「せいか〜い」
私が太陽くん以外の入院患者に会いに行ってることは前に言ったことがある。
「今日も行くの?」
「この後行こうと思ってる」
「……行かないで。今日は僕のお見舞いに来てるんだから他の人のところには行かないでよ」
なんだその理論は。病院に来たのだからついでにいいじゃないか。
やだ、と太陽くんは私の袖を掴む。何が気に障ったのだろう。
「だけど他の人のお見舞いに来た時は僕のところにも寄ってね」
「それはもちろん……」
「やった!」
機嫌が直った太陽くんの思考は全然読めない。なんで今ので膨れっ面が直り上機嫌になるのだろう。全くもって不思議。
「ねぇ真白さん」
「なに?」
「僕ね、体調は万全だよ。どこも苦しくない」
「……………うん」
「だから……、次の試合出して」
私の一存で返事をすることはできない。体調がよろしいからといって太陽くんがサッカーできるかといったらそうではない。だから私はそのことについて触れなかったんだ。太陽くんもずっと触れてこなかった。
「……いいよって言ってくれないんだね」
わかってた、と私の方に倒れてくる太陽くんをぽすりと受け止める。
「……真白さん」
うわ言のように出された声。
「サッカー、やりたいよ……」
知ってる。出会ってから日は全然経ってないけど、その気持ちは私にもわかるほど伝わってきている。
「なんで僕なんだろう……」
眩しそうに目を開く太陽くん。
「いつも我慢しないといけないんだ。やりたい事も欲しい物も全て我慢してる」
きれいな微笑だ。すぐに消えてしまいそう。
「次こそは試合に出たいなあ。真白さんに僕のサッカーを見てほしい」
私がこの子にかけられる言葉はあるのだろうか。病気の苦しみを知らない私が。
病気を代わることなんてできないし代わりたくない。
震えている手に私は手を重ねる。ゆっくりと同じくらいの手を握りしめた。
「───ありがとう」
明るく振る舞えない時だってある。弱い姿を見せてもいいんだ。見なかったことにしてほしいなら見なかったことにする。
「……真白さん好きだよ。サッカーと同じぐらい真白さんのこと大好き」
顔を埋めている太陽くんの表情はどうなっているのだろう。
何も音がせずに時は経っていく。
もし奇跡が起こるとするならば、次の試合は太陽くんの体調を万全にして好きなようにさせてあげてください。
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