共に背負おう

女性がしゃがんでいる。目を閉じて手を合わせている。

女がゆっくりと目を開くと赤い瞳が現れた。


「……それじゃあね」


女性───天雷真白はお墓に刻まれている文字を指でなぞった。優しい動作でお墓に刻まれているたった一つの名前をなぞる。


「───鈴音さん」


育ててくれた家族の名前に触れて踵を返した。







鉄塔広場までやってくると誰もいない。真白は稲妻町が一番展望できるベンチに腰を下ろした。久しぶりの育ちの町はどんな景色をしているのだろうか。少しわくわくしている。


「………懐かしーっ」


夕風にたなびく髪を抑えながら真白はふんわりと微笑んだ。

立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。その言葉は真白にふさわしいといっても過言ではないぐらいきれいな女性。小さな唇から奏でる声は弾んでいて。
真白は優しい瞳で一望する。あと少しで夕方だ。オレンジ色に染まった稲妻町も変わりなく美しいのだろう。


「待たせたか?」


ようやく来た。
真白は口を小さく動かす。

声の持ち主が真白の隣に立った。赤い服が視界に入った真白は落ち着いた、大人びたゆったりとした動作で横を見上げて、


「っっぶふっっ!!!」


吹き込んだ。

落ち着いてなんかなかった。子どものまま。
どれほど見た目が可愛くて癒やし系で押しに弱そうに見えても、しゃべれば全てひっくり返されるのは10年経っても変わっていない。


「あはははははははっっ!! 初見じゃないけどやっぱ無理!! 直接はだめだ!!」


真白はお腹を抱えて大笑いする。遠慮はない。


「……………………」


失礼なほど笑われている赤服の男性は優しげに目を細めて真白の隣に座った。サングラスを外して素顔を露わにする。


「相変わらずだな。ここも……天雷も」

「はははははははは!!」


思う存分笑い飛ばし真白は乱れた呼吸を整える。あーあおかしい。お腹がいまだに痛い。

息が整ってから一呼吸し、隣にいる男性に微笑んだ。


「……久しぶり、豪炎寺くん」


ふんわりと綻んだ表情で。

真白は10年前とあまり変わっていなかった。
あどけなさの抜けない童顔。真白の密かなコンプレックス。だけど動作は大人の女性……母親らしさを意識していて10年も前に比べれば変わり果てた。


「それとも…聖帝様と呼んだほうがいいのかな? イシドシュウジさんよお」


真白と豪炎寺が出会ったのは約2年ぶり。豪炎寺がサッカー界から突如姿を消した日以来顔を合わせることはなかった。豪炎寺が姿を消した時はみんなで行方を追った。

心配だった。消息だけでも掴みたい。

真白もみんなと同じように証言を集めた。プロ選手という立場を利用してサッカー界はくまなく探した。
そんな真白が豪炎寺を見つけたのは約一年ほど前。HRでの聖帝投票の放送。変わり果てた豪炎寺がテレビに映った瞬間、当時の真白は食事中に吹き出して顔を突っ伏して震えた。


「いったいチミは何を考えてるのかね?」


大人になっても友達の前では自分をさらけ出せる。気を張らずに素の自分を見せられる。豪炎寺は真白にとって貴重な一人。

フィフスセクター聖帝になっていたとしても、それは変わらない。


「サッカーを支配とか……びっくり」


そう、真白の大好きなサッカーを穢していても、真白は豪炎寺のことが大好きだった。


「確かに今のサッカー界を作ったのは私たちだよ」


10年前のFFI優勝、それが今の日本サッカー界を作った一つの要因だ。サッカーが地位を決める恐ろしい時代を作ったのは真白たちイナズマジャパン。


「いやー……ずいぶんと変わったもんだ」


今の中学生サッカー界だけではない。10年前、豪炎寺や真白が鉄塔広場から稲妻町を一望した時とはいろんな景色が変わっている。変わらないものは置き去りにされて取り残される。


「変わらないものもあるだろう」


だが豪炎寺の言う通り変わらないものもあるのだ。その一つが二人の関係ではないだろうか。


ようやく返ってきた返事。
聖帝としてメディアに出てる時とは違い、昔と変わらない柔らかい声に視線。その姿はイシドシュウジではなく豪炎寺修也だ。


「……呼び出してすまない」

「いいよ」


春風が二人を纏う。
二人っきりの空間。誰も邪魔は入らない。


「……お願いがあるんだ」


豪炎寺の目は真白の真っ赤な瞳を真っ直ぐ射抜いている。とても真剣で……真白はなぜ豪炎寺がサッカーを支配しているのかわからなかった。


「フィフスセクターが何をしているかは知っているな」

「もちろん。私たちの間で知らない人はいない」

「……俺が、聖帝の座についたのには目的がある」


目的、と真白は復唱する。
豪炎寺はそれ以上の詳細は喋らなかった。お互いのためだ。それは真白も承知している。真白は一定の人たちの前だと顔に出やすいから。考えていること、本音は全て読み取られてしまう可能性がある。
かつてのチームメイトと敵対している形になっている豪炎寺は真意を悟られてはならなかった。

今の形が豪炎寺にとって一番都合のいいものなのだから。


「手を、……手を貸してくれないか」


豪炎寺の味方は虎丸含めて数人いるがそれだけでは足りない。信頼できる仲間が少ない。

フィフスセクターに対する対抗組織が作られていることは調べ上げている。昔からのたくさんの仲間が中学サッカー界に関わろうとしていることも聞いている。


今年だ。今年が最大のチャンスなんだ。


昔も今も変わらない友人の真白に頭を下げる。豪炎寺からは真白の顔色が見えなくなる。怒ってるのか、無表情なのか。何もわからない。真白が喋らなくとも豪炎寺は真摯に頭を下げ続ける。


「フィフスセクターに入れとは言わない。少しだけでいいんだ。俺に手を貸してくれ。サッカーを元の姿に戻すために、手を貸してくれないか」

「……顔、上げなよ」


真白の声が上からした。
豪炎寺が顔を上げると真白は立ちあがっていた。

ほんのした雰囲気だけは変わったな。豪炎寺はそう何度も思ってしまう。真白はあの事件以来変わった。


「畏まったことはやめよ」


次に真白の口から出たのは───


「───僕たち仲間じゃん」


昔から変わらないもの。

真白は手を伸ばす。
豪炎寺と、イシドシュウジと手を組む決意表明。


「……すまない、じゃないな。頼む」

「うん。エースストライカー様」


豪炎寺は手を重ねた。
安心したように微笑む豪炎寺に真白はニッと口元を緩ませる。


「………それにしてもびっくりだよ。なんで私? こういうの得意なのって鬼道くんとか不動くんなのに」

「ああ」


素朴な疑問。内通者密偵者、豪炎寺はそれらをやらせるわけではないが、真白は隠し事ができない。それはみんな知っている。なのになぜ豪炎寺は真白を選んだのか。


「天雷には不思議な力があるからな」

「何もないよ」


抽象的な表現はやめてほしい。真白は即座に否定した。顰めっ面の真白に豪炎寺は喉を震わせて笑い、微笑を浮かべる。


「それに俺が天雷がよかったんだ」

「……へえ」


真白はテレたように赤く染まった頬を人さし指でかく。

嬉しい。


「そ、それじゃあ! 私は何をすればいいの?」


誤魔化すように話を変えた。
だが、何もしなくていい。いつも通り過ごしてくれ。何かして欲しい時は連絡する、とのこと。


「悪い天雷。そろそろ行かないとだ」


今の豪炎寺は多忙だ。真白とこうやって話す時間も本当はないのに、作ってくれた。だけどそれもそろそろ限界。戻らないと。


「そっか。じゃあ私もそろそろ久々にお家に帰るよ」

「送るか?」

「いい」

「あまり夜遅くに外を歩くなよ。何かあったら逃げろ」

「(豪炎寺くんって私のこといくつだと思ってるんだろ……)」


同い年の成人済みにかける言葉ではない。

だが今の真白はプロリーグでの活躍に加えて、広告塔として多くのメディアに露出している。可愛らしい容姿ということもあってファンが大勢。軽い層からガチ勢に渡ってたくさんのファンが。顔を隠そうとしない、危なっかしい友人が豪炎寺は心配でならない。


「サングラスつけるか?」

「いらね」

「それなら送る」

「どんな二択。ほんっとに心配してなくていいから」


車待たせているんだよね? と真白は動こうとしない豪炎寺の背中を押す。真白に押されると渋々豪炎寺も歩き出した。車に着くまでも何度も心配されるが、地元で迷子になることはないし、顔を隠しもせずに鉄塔広場まで来たけど大騒ぎにならなかったとからから笑う。


「……気をつけろよ」

「うん。……あの車?」

「そうだ」


高級車に真白の目は丸くなる。

豪炎寺が車に乗り、窓を開けた。豪炎寺の隣には虎丸がいて。久しぶりと挨拶を交わした。


「それじゃあ頼む」

「りょーかい」


敬礼をした真白に微笑んで車は出発する。見えなくなるまでクルマをぼんやりと眺めていた。


「サッカーを支配。だけどそれはサッカーを取り戻すため……」


変わらない、私の友達は。
一人で抱えるところも、誰にも相談しないところも、何も変わらない。

でも真白の口元は弧を描いていた。

今回は昔とは違うから。真白や虎丸に協力を求めたから。一人で全てを背負おわないで頼ってくれたことが嬉しくてたまらない。


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