ゴッドエデンに来て五日目、もう帰りたくて仕方なかった。一応三日目までは頑張っていたんだが、今すぐ帰っていい? と昨日の夜に聖帝に電話したら今日の朝一に聖帝から大量の荷物が届いた。備えてあった手紙には『すまない。もう少しだけ頑張ってくれ』と。両膝と両手を床につけてしまった。
「……帰りたいなぁ」
なんか合わない。ゴッドエデンは真白に合わない。
つまらない。たまに面白そうな、好きになれる選手もいるけれど比較的つまらない。
「帰る、帰らない、帰る、帰る、帰らせて、朝陽の顔を見たい、帰る、この際誰でもいいから会いたい、とりあえず帰る、帰るんだ、東京に帰る、稲妻町に帰る、お家に帰る………よし帰るだ」
咲いてあった花を一輪摘んで花占い。二択のはずなのに最初以外は一択になっている花占い。
「帰ろ帰ろ。………え?」
足湯を終えて靴を履いていたら真白の耳にくすくすと上品な笑い声が。このゴッドエデンで森深くまで入ってきて柔らかく笑う者は存在しない。真白はごくりと唾を飲み込んで恐る恐る振り返る。
誰もいない。
前にも左右にも誰もいない。
真白はさあと青ざめて急いで靴を履く。早く帰らないと。
「やばやばやばやばやば」
「大丈夫? お姉さん」
「───────────!!!!!!」
頭上から声が。
言葉にならない真白の悲鳴はゴッドエデン中に響き渡ったとか渡らなかったとか。
声をかけた少年───シュウは怯えて顔を膝に埋めてしゃがみこむ真白に耳を塞ぐこともせずにまた楽しそうに笑った。
・
・
・
・
・
「……ごめんなさい」
「僕の方こそ驚かせてごめんね」
幽霊が現れた、という誤解……今は誤解としておく。誤解が解けて自己紹介をした真白は無様な姿を見せたことに頬を赤くしながらまた足を温泉につける。シュウもにこにこと口角を上げながら真白の隣に座り、学ランの裾をまくって足湯をする。
「どこから現れたの?」
「ないしょ」
真白は左右と後ろは誰もいないことを確認していた。それなのに急に現れたということは温泉の中に潜んでいたか上から現れたとしか考えられない。だけどシュウの衣服は濡れていない。木の上にいたということだろうか。
「真白さん帰るの?」
「……帰れるなら帰るよ」
「最近来たばかりなのに珍しいね」
「そっ、かな……」
「どうかしたの?」
「……ちょっと私には合わなくてね」
昔の自分とは違う。だから真白は自ら何度も話しかけた。だが結果は全滅。
シード育成最中の中学生は洗脳されているのかなんなのかわからなかったが義務的な返事しかしない。教官もなぜか真白を避ける。なんで。どれだけ考えてもわからない。聖帝命令で突如やって来た女性なんて絶対何かしらの訳ありだと考えれない真白には一生わからない。唯一普通に接してくれたのはアンリミテッドシャイニングとエンシャントダークの子どもたち。でも必要以上に関わることはない。……一人を除いて。
サッカーの練習はきちんとされているけれど興味を持てない。人間関係も築けない。帰るしかない。
「シュウくんって確か……」
「うん。最近仲間に入れてもらったんだ」
どこかで見かけたことあると思っていたらそれだ。エンシャントダークのキャプテンでチームゼロの選手。真白がゴッドエデンに来て一番に頭に叩き込まれたこと、それはゼロ計画だ。それに伴い選手情報も覚えさせられた、というより覚えてもらうためにデータをもらった。細かく記されてあるデータはほとんど覚えてないが顔と名前だけは頑張って覚えた。
「シュウくんは珍しい服着てるね」
「そうかな?」
「ここで制服を着た人を見るとは思わなかった」
「せいふく? 何それ」
「あれ? 私服?」
「私服……うん、そんな感じ。ねぇ、さっきから何食べてるの?」
「クッキーだよ。さっき腹いせで作ってきたやつ。よかったらどうぞ」
「くっきー? ……ありがとう」
おそるおそる手を伸ばしたシュウはじっとクッキーを一枚眺めてから決心したように口に入れる。
「、美味しい」
「いっぱい食べてよ。作りすぎちゃったから」
「うん」
先ほどの慎重さが嘘のようにぱくぱく口に入っていく。
真白は横目で見届けながらもらった資料のシュウの一覧を思い出す。確か他の選手に比べてデータが異様に少なかった。能力値も不明が多い選手だったはず。
「(どこから現れたのかな……)」
「この島に住んでんだ、僕」
真白の心の声を読み取ったのではないかと思えるタイミングだ。にっこり笑いながらシュウはクッキーを食べている。
「これ全部クッキーなの? 食感も形も味も違うね」
「う、うん。材料も作り方も違うから」
「僕はこれが一番好きだな」
好みの味を見つけたのか最後まで残して他の種類のクッキーを食べていく。それでも全部気に入ったようで全て二つずつ残していた。
「この島に住んでいる…?」
「うん」
「大変だね」
「そう?」
「買い出し大変でしょ? この島お店ないから」
だからフィフスセクターは定期的に荷物を外から運ばせている。
「………………っふふふふ」
何かがおかしかったのか、耐えられないといった様子でシュウは声を出して笑う。とても上品だ。
「平気だよ。してないから」
「そうなの。じゃあ困ってることがあるなら何でも言ってね。ご飯も服もたくさんあるから」
島に住んでいるのに外に買い出しに行かない。それならシュウは食料を現地調達しているのだ。この島には動物がいて木の実もある。畑を作るには十分なほどの広さがある。
真白はそう考えてシュウの肩を掴む。資金は全てフィフスセクターからなのだから気にせず好きなだけ使おう。
「わあ。誤解されてる気がする」
「お肉いっぱいあるからね。服もたくさんあるからね」
「真白さん真白さん、話聞こうよ」
「畑づくりも収穫もするから。今度一緒に焼肉しようね」
「……うん、ありがとう」
微笑んでお礼をする。話は通じないのだから受け入れといた方がいいだろう。そんな日が来るかはわからないが。
「いっぱい頼っていいんだからね」
真白は優しくシュウの頭に触れる。シュウが驚きで目を見開いているのも気がつかずに撫でる。
固まってしまったシュウをよそに真白はまた足湯を楽しむ。己のしたいことをするのだ。最近発見した温泉につかりたいけれど外壁も水着もないので諦めた。
「帰りたいなぁ。帰ったら温泉行こっかなぁ。誰と行こっかなぁ」
シュウは真白をちらりと盗み見る。
最近混ざり始めたゼロ計画。それに関わっている人間とは全く違うタイプの女性だ。チームメイトから『最近若くて可愛い人が来た。白竜が執拗に探し回っていて見かけるたびに飛んでいっている。挑発に滅茶苦茶弱い』とは聞いている。サッカーが教官より上手いとも。ゴッドエデンで一番上手だと思うって。
そう聞いていた程度の女性。白竜にどんな人か直接聞いてみたら『……よくわからん。サッカーは…悔しいが上手い。認める。学ぶことは多い』 と返ってきて新たな情報は得られなかった。だからといって興味が生まれることはなかった。接触するつもりはなかったけれど、今日たまたま見かけた。活力がなくふらふらと森に入ってきて靴とストッキングを脱ぎ捨てて温泉に足をつけた。しばらく様子を眺めていたらクッキーを食べ始めて花を一輪ちぎり、冒頭の花占いを始めた。
花占いを知っていたシュウは花占いをしていない真白がなんか面白くなって。ほんの少しだけ興味が湧いた。
話しかければ普通の人、だと思ったが話していくにつれて普通とは異なるとわかった。
それに少し会話をしただけで気を許す甘さ。それは真白が誰にでも心を開く人間だから、世界中全ての人間が友達だから、この世に悪い人なんているはずがないという甘ったれな考えを持つ人間だからというわけではないとシュウは確信している。それならなぜ自分にはこうも簡単に気を許したのか。
「真白さん」
────この島の伝説話、興味ない?
ぱちくりする真白にシュウは物語を読むように語りだした。