究極という言葉の意味

いつもの特訓メニューをいつも通り終えた少年はフィールドで一人自主練をしていた。
少年はこのゴッドエデンで一番を争うほどの優秀な人間だった。彼のレベルと同等の者も数人いたが、それでも一際目立つ選手だった。少年が認めた競い合うライバルはすぐにいなくなってしまい、そのライバルが島の外でフィフスセクターを裏切ったと知った時ははらわたが煮えくり返るほどの怒りを覚えたこともある。今はそいつ以外にも己と同等の選手を見つけることができ、彼に負けないように日々鍛錬に励んでいた。


「ホワイトハリケーン!!」


無人のゴールにシュートが決まる。フィールドを抉り土煙を巻き起こす。ゴール付近には20を軽く超えるサッカーボールが転がっていた。その中の一つに今蹴ったボールが混じる。


「すごいねきみ」


自主練中に少年の耳に届いた聞いたことのない女性の澄んだきれいな声。流れ落ちた汗を手の甲で拭い、発生主に顔を向ける。


「こんにちは」

「………………誰だ」


スーツを身につけた長い黒髪を一つの団子にしてまとめている女性がいた。教官ではない初めて見た女性、そもそもゴッドエデンには女性が少ないので声を聞いた時から不信感はあった。白竜は隠しもせずに威圧感たっぷりで名前を尋ねる。


「(ここにいる子たちって世間から隔離されてるし名前言ってもわからないよな…きっと)」


身バレしないか考えた結果、女性は控えめに微笑んで自己紹介をする。


「私は天雷真白。聖帝の命で今日からしばらくここに滞在することとなりました」

「……白竜だ」


真白の予想通り白竜は真白の名前に疑問を持たなかった。そもそも白竜にとって真白はどうでもよかった。なぜ自分に話しかけてきたのか、どこからどう見たって修練中の己に話しかけてきたのは何故か、それだけが疑問、いや不満だった。


「何のようだ」

「牙山さんのところに行きたいんだけど………………助けてください」


悲しさ、恥、人に会えた嬉しさ。いろんな感情を持ちつつ真白は顔を覆う。

実は真白がゴッドエデンに上陸したのは三時間も前だった。聖帝に頭を下げられてゴッドエデンに来たのはいいけれど初めて訪れた土地で迷子になっていた。深い森の中でいろいろ諦めていた矢先にフィフスセクターの施設を見つけた。希望は戻ったが今度は施設内で迷子。なぜか人とも全然会えなく頼りのスマホは圏外でまた絶望に伏していたらボールの蹴る音がしたのだ。そこにいたのが白竜。


「……迎えはなかったのか」

「迎え?」

「……牙山教官だな」


首を傾げた真白に白竜はため息をついて歩き出す。真白は朗らかにお礼を告げて後ろをついていった。

白竜は苛立ってしまった。なぜ案内をこの俺にさせるのだ。新参者をなぜほったらかすのだ。ここの教育者はどうなっている。


「さっきの必殺シュートすごかったね。ホワイトハリケーン? だったかな?」

「そうだ」

「練習たくさんしたのが伝わってきたよ」

「そうか」

「ポジションはFW?」

「そうだ」

「キャプテンマークつけてるってことはここのチームのキャプテンは君なんだね」

「そうだ」


全て一言で終わらされる。最近出会った中学生の多くはたくさんいっぱい話をしてくれて、サッカー選手の真白を慕ってくれる。ぶっきらぼうで真白に微塵も興味を持たない人は久しぶり。ほぼいないからどう対応すればいいのかわからない。


「……シードなんだよね」

「そうだ」

「じゃあ京介くんのこと知ってる?」

「……京介?」


ぴくりと初めて反応された。ずっと揺れていた後ろ髪が静止する。


「剣城京介くん。フィフスセクターのシードだった子なんだけど、…………知り合い?」


視線だけで人を殺せる強い目力。初めてわかりやすく見せた反応が怒り。


「なぜ貴様が剣城のことを知っている」

「……いろいろあったから」

「……ふんっ」


鼻を鳴らした白竜はまた歩き出した。
真白が剣城の名を出したのは唯一親しくしているシードが剣城という理由だけ。聖帝からいろいろ頼まれていることで他にも何人かシードは知っていたが剣城ほど打ち解けているものはいない。白竜と剣城の関係は知らない。


「(京介くんと何があったんだ)」

「……剣城は逃げたんだ」


逃げた?

真白は少しだけ早歩きをして白竜の隣に並ぶ。己と同じか少しぐらい高い身長の白竜の横顔をようやく見れた。フィールド以来ずっと後ろ姿しか見ていなかった。


「あいつは…!!」


はっと白竜は言葉を飲み込んで真白に素早く顔を向ける。突然のことに真白は目をぱちぱちさせた。真白の瞳には目を見開いている自分が映っていた。

なぜ見知らぬ迷子にこんなこと話しているんだ。白竜は自分が何をしようとしていたのか分からなかった。話したところで何もならない。剣城がゴッドエデンを去った事実もフィフスセクターを抜けた事実も変わらない。


「……きみがサッカーをする理由は?」

「理由? それは究極の力を手に入れるため! 究極な存在になるため!!」


真白の目は大きく開かれた。この驚きように白竜は少しだけ気分が良くなった。己の崇高な考えを常人には考えることができない事実、自分は違う世界に立っているという事実を確認できた気がした。


「ここだ。この部屋に牙山教官はいる」


ようやく辿り着いた牙山の部屋。白竜はすぐに踵を返してフィールドに戻ろうとする。


「(余計な時間を食った)」


究極な存在となるために道草を食っている場合ではない。急ぎ足でフィールドに戻ろうとしたが背中に届いた声に足を止めることになる。


「自分を究極だと認めたら進化はそこで終わる」


大きくもないし怒鳴ってもいない。それなのに不思議と通る声に白竜は振り返った。


「私の友人が教えてくれた。究極を目指すのはいい、だけど認めたらいけない。それは上を目指すのを辞めるということだ」


真白と共にサッカーをしていたイタリアの友達が教えてくれた言葉。
絶えなく笑みを浮かべていた真白はいなかった。修羅場を潜り抜けてきた戦士のような強い眼差し。


「っ貴様に何がわかる!!」

「きみは努力を惜しまなかった選手だ。少ししか見てないけれどわかったよ。だから私はきみに話しかけたんだ」

「そうだ! 俺は究極になるためっ、逃げずここの特訓に耐えてきた!」

「……究極という言葉はきっとここの教官が頻繁に使っているんだろうね。究極になれ、と」

「ああ!! 俺は間違ってない!!」


真白の目に憐れみがこもっているのが白竜に伝わってくる。怒りで怒鳴りたててしまう。ここがどこかも忘れて声を荒立てる白竜に真白は心底同情した。


「(指導者が子どもに与える影響か……。究極は目指すものだ。なるものではない。認めてはいけない)」


普段から言われている言葉。
究極の存在になれ。究極のチームになれ。
その指導の元で白竜たちは特訓させられている。実際最も近い存在にまで上り詰めていた。


「(指導者の優劣が子どもにこんなにも影響するのか)」


強さだけを身につけさせようとする尋常じゃない特訓。究極のプレイヤーを生み出すための高ランクの特訓施設ゴッドエデン。
その指導は、洗脳は子どもたちに刷り込まれている。


「……案内ありがとう。練習がんばってね」

「おい!! お前も逃げるのか!!」


白竜に返事することなく真白は扉をノックして部屋に入ってしまった。


「っ、どういう意味なんだ……っ!」


取り残された白竜は自主練に戻るのも忘れてその場で立ちすくむ。
教官に声をかけられて怒られるまで真白の言葉の意味を考え続けた。それでも理解できることはなかった。

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