「あいつ…!!」
誰もいなくなったミーティングルームでドカッとソファーに座り、怒りをぶつけるように何もないところに向けて拳を突きつけた。
狩屋マサキが入部した日に2vs.2での攻防戦があった。天馬神童MFペアと対戦した霧野狩屋DFペア。MFペアからDFペアの二人がボールを奪うというシンプルなミニゲーム。そのミニゲームで全国大会を控えているというのに狩屋は怪我をさせるおそれがあるほどの激しいチャージを天馬にしDFペアが勝利を得た。部員のほとんどが狩屋のディフェンスを褒める中、霧野は初日から注意をした。それが目をつけられる原因となるとは思いもしなかったのだ。
次の日から狩屋から霧野への妨害は顕著となった。
秋空チャレンジャーズとの試合では無駄に敵視される。雷門の弱点は霧野と本人に嘘をついたり、ぶつかってきたり足を踏んだりと。
また今日はぶつかってもないのに転倒して霧野のせいだと周りに言いふらす始末。
イライラが募る。
「だいぶ目をつけられてんな」
「っ!」
誰もいない部屋で誰かの声がする。振り向くと綺麗な顔が一つ。
「天雷! いつの間に……!」
「少し前。入ってきたの気づかなかった?」
「………………」
狩屋への不満が凄まじく周りは見えてなかったようだ。
はあ、とため息を吐いて朝陽は霧野の隣に座り足を組んだ。
「隣でいざこざされてたらわかるに決まってんだろ。先輩たちはなぜかわかってねえけど」
DFである朝陽は霧野と狩屋とは近くにいる。隣でよく起こる接触や言い争い。朝陽からしたら気づかない方が異常だった。
「気づいているやつは気づいてるよ。狩屋の異常さ」
剣城も狩屋の妨害工作には気づいていることを思い出しながら朝陽は欠伸を一つした。
朝陽にとって狩屋は脅威ではなかった。なぜあいつはあんなにもツメが甘くバカなのか、朝陽はそう感想を抱いていた。己を隠すのが下手くそすぎる。好青年を演じている朝陽からしたらばればれ。自分の演技の方が優れている。
「……天雷は狩屋がシードだと思うか?」
「さあな」
朝陽は飾られてある写真に目を向けた。汚れ一つない10年前の写真。
霧野は顔を上げて朝陽と同じ方向へ顔を向ける。全ての始まりの10年前の写真。想像上でしかない、円堂守時代のサッカー部。今とは違ってフィフスセクターがなかった頃の時代。
「……狩屋がシード、ならもう少し上手くやらねぇと」
朝陽の楽しげな声が響く。隣に視線を送ると優等生と呼ばれている人間は存在してなく、影の支配者と呼ばれる方が正しい笑みを浮かべた同級生がいた。
口はにんまりとして瞳も同じように三日月で、くつくつと声を出して笑っていた。
「あんな下手くそな猫かぶり、この俺が気づかねぇわけねーだろ。化けの皮剥がすのも楽しそうだなァ」
「(……天雷怖っ)」
最近狩屋が入部したおかげで朝陽の本性は隠されていた。しかし狩屋以外は全員知っているのでいないところでは曝け出している。
「そんなに知りたいなら剣城に聞いてみれば。あいつシードだったから顔ぐらいわかるだろ」
「聞いてみたが……」
肯定も否定もされなかった。
霧野はそう続けた。
剣城はシードだった期間は短く、また交流を好むタイプではなかったので身近にいたシードしかわからない。帝国のシードが誰だかわからなかった理由はそれ。海王中は全員シードだったが全員が知り合いだったわけではなかった、というのを朝陽は思い出す。
「あの無愛想がっ! もっと周りと上手くやれよ!」
役立たず、と吐き捨てるチームメイトに霧野は苦笑だ。
「そういえば天雷は剣城とよく一緒にいるよな」
「あ? ……たまたまじゃね」
馬鹿げたことを、と朝陽は鼻で笑った。
朝陽と剣城がよく共に練習しているのは偶然ではない。朝陽が気づいていないだけでいくつか理由があった。お互い上達したいために強い相手と練習したくて、無意識に相手に選んでいる。それにうるさくないからというのも一つの理由。あと、剣城は真白の弟だからという理由もあった。
「剣城の教育係だよな天雷は」
「……そういうの面倒だからいらねぇよ」
「天馬の教育係は神童だよな」
「拓人は似合うなそういう面倒ごと」
「信助は……」
「同じじゃね。西園も拓人だろ。ということで剣城も拓人」
「それだと神童倒れるぞ」
霧野の口もとに笑みが浮かんだのを確認した朝陽はふっと表情を和らげる。
きれいで美しい笑みが二つ。
同じ性別なのにときめきかけちまった、と両者心の内で悔やむ。表情には出さない。
「(そこらの女子より女子だよな)」
「(よく告白されている意味がわかる)」
それでも失礼なのは片方だけ。
「それにしても……狩屋がシード、ねえ……」
「どうかしたか?」
眉を顰める朝陽に霧野は疑問に思う。 狩屋がシードというのはおかしい、というような言い方だった。
「なぁんかあいつどこかで見たことあるような気がするんだよな……」
「狩屋をか!?」
「霧野にだけ見せてる目つきの悪さ。アレ見たことあンだよ……」
善人を演じている時の狩屋ではなく霧野にだけ見せてる本性をどこかで見たことがあると何度もぼやいている。
「人を信じていない目。信じる奴はバカだと思っている目……」
霧野は目を見開いた。企むように目つきを鋭くしている狩屋をそんなふうに感じることはなかった。
「家庭環境があまり良くねーなあいつ」
「そうなのか!?」
「うおっ! ……いや推測だから」
乗り出した霧野に朝陽は少し退く。ほぼ独り言だったのに反応されるとは思っていなかった。
ぽりぽりと朝陽は頬をかいて喋るなよと一応忠告する。霧野が人の不幸を面白がってばらまく人間ではないとわかってはいるが一応。朝陽だって家族は真白しかいないという世間から見たら可哀想な家族事情。だからこそ広められるめんどくさはわかり、よろしくない家庭環境もわかりたくもないのにわかってしまうのだ。
「どこだったっけ…?」
「すれ違ったとかか?」
「話したなら覚えてるからそうだろうな。だけどすれ違っただけのやつを覚えるか?」
「……覚えないな。相当印象に残らない限り」
狩屋の顔面は整っているが、特別覚えれるほどではない。美形を見慣れている朝陽は尚更。
「天雷のようなオッドアイなら覚えれそうだけどな」
「目立つよな、これ」
「きれいだよな」
宝石のような美しい瞳。キラキラと輝く眸子。
「……………………」
「えっ、変なこと言ったか俺?」
霧野が瞳を褒めるとけらけら笑っていた朝陽の表情が無になってしまった。
「……別に。どーも」
朝陽はぷいっと顔を背ける。
霧野に話しかけられるがなんでもないと手を振って近づくなと拒む。
嬉しかった。
姉と似た煌めいた瞳を褒められて。色は異なるが輝き具合は同じでおそろいだった。オッドアイは昔よく気味悪がられて、当時は泣いたりもしたが今はなんとも思わない。きれい珍しいと言われるようになったが、今日はいつもより胸にささった。昔神童に褒められた時と似た感覚。
「……狩屋に何かされたら俺に言えよ」
「え?」
「あいつ、俺の本性を本能で気づいてやがる。嵌めたら地獄に落ちるとわかってんだよ」
霧野を貶めるために狩屋は一度朝陽に嘘を吐きに来た。でもぴたりと固まり少ししてへらりと笑みを浮かべて天気がいいですね、と消えていった。
その時はなんだあいつとスルーしたが最近の狩屋の態度と霧野との会話で理解できた。
「(瞳を褒められただけで霧野に優しくしたくなるなんて。俺って簡単なヤツ)」
カバンを持って立ち上がった朝陽に霧野も慌てて帰り支度を済ます。サッカー棟を出た時には無事追いつけた。
「地獄に落ちるってなんだよ」
「一度霧野でやってみせようか?」
「……いい」
「懸命なご判断」
朝陽はやられたら何十倍にもして返す。優等生として今まで築いてきた人間関係を駆使して地獄を見せるだけだ。雷門中は生徒も先生も朝陽の言うことはほぼ鵜呑みにしてくれる。
「……それに、霧野 お前が狩屋に必要以上に嫌がらせ受けてんのは嫌われてるだけじゃねえと思うよ」
「シードとして雷門を疑心暗鬼にさせるためか」
「いやバカか。そうじゃねーだろ」
帰るためには校舎の真ん前にあるグラウンドの横を通る。霧野がこうして頭を悩ませることになった原因の場所も覚えている朝陽はその一点を見つめて唇を動かした。
「あれで気に入られたんだと思うよ」
「…………はあ!?」
「狩屋の教育係は霧野だな。頑張って更生させな」
あっはは、と歯を出して笑う朝陽は優等生として浮かべている微笑とは全く違う作られてない笑顔。
霧野がぐわっと顔を歪めるとさらに愉快になった。
「……それなら天雷が剣城を更生させろよ」
「あいつは俺が入部した時には更生し終わってたんだろ」
「敬語使わせろ」
「めんどっ」
「やれよ。天雷が剣城の教育係だからな」
不快感を露わにする朝陽に笑みが漏れる。神童にも相談できないで抱えていた問題なのに今は気持ちが軽い。
「そういえば神童と天雷はお互い名前で呼んでるな」
「幼少期からの付き合いだからな」
「俺も神童とは長いけど、気づいたら名字呼びになってたな」
「……俺、姉さんがいるから。天雷だとどっちがどっちかわかんなくなるから拓人は俺のことを名前で呼んでる」
「お姉さんいるのか?」
「ああ」
分かれ道まで話をしていく。霧野は相槌をほとんどしているだけだった。姉の話題を出したら朝陽の姉自慢が始まったのだ。喋る暇もなくなるほどぺらぺらと次から次へと出てくる。
「俺の姉さんほんっっと素晴らしい存在なんだ。世界一の、間違えた宇宙一、いや銀河一の存在」
「そ、そうか」
「昔から群がる虫が多くて、気持ちはわかるし見る目はあるんだよ虫ども」
「……そうか」
こんなにも饒舌なの初めて見た。朝陽は真白との間柄を他者に知られたくないのであまり喋らない。だけど一度話すと止まらなくなる。
「あの、な!」
「んあ?」
「俺も、天雷のこと朝陽って呼んでいいか?」
「別にいいけど、俺は霧野に姉さんを会わせる気はねェぞ」
「っ、ああ大丈夫だ」
元々名前で呼びたくなったから神童のことを話のきっかけしたんだが思いがけなく変な方向に話がいってしまった。
なんとかして口を挟み、名前で呼ぶ権利を得た霧野は朗らかに微笑む。
「じゃあ……朝陽、また明日な」
「ああ、また明日」
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次の日。
「狩屋」
「はい? どうかしましたか天雷先輩」
「───それ、いつまでも続くと思うなよ」
「へ……?」
朝陽の優しい微笑みから出た言葉は狩屋を硬直させた。
「(……天雷朝陽…あいつ気づいてやがんのか? それにしても……あの目はどこかで見たことあるような……)」
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