兄弟の事情@

ホーリーロード関東地区予選準決勝、雷門vs.帝国の試合はリアルタイムで放送されていた。
11人いるはずなのに10人で試合に挑む雷門。一人いない理由、それは試合が始まっているのにも関わらず兄の見舞いのため剣城が病院にいるから。


「今ならまだ試合に間に合うぞ。……京介、」

「大丈夫だよ。俺が出なくても、あいつらは10人で戦える」

「え?」


兄が喋っている最中だというのに言葉を重ねる。弟らしくない行動に優一は少し不信感を抱いた。


「っ、なんかこの部屋暑いな。喉渇いた。何か買ってくるよ」

「京介……」


弟がサッカーを汚していることを知らない兄の曇りのない瞳と視線に耐えきれなく逃げるように病室を出た。

兄のためにやらなくてはならない。兄のために雷門が負けるのを望まなければならない。
全ては兄のために。剣城は己を殺してフィフスセクターに従っている。大好きなサッカーに嘘をついている。


「(飲み物……っ)」


出ていくためについた口実。欲しくはないが買ってこなければ兄がさらに不信感を生じてしまうため自販機に行かなくてはならない。

小銭があることを確認して歩き出すと、フローラルの匂いが鼻に届いた。


「こんにちは」

「……どうも」


柔軟剤の匂いだろうか。

廊下で笑顔が似合う女性とすれ違う。
にっこりと挨拶をされたので常識として軽く頭を下げた。


「(見たことないな)」


近頃は毎日病院を訪れていたがすれ違った女性は初めて見かけた。
女性は整った顔立ちをした可愛い人。地味で大人しめな服装で、本来だったら記憶には残らないだろう。だが類稀なる容姿やスタイルは隠せない。

眼鏡をかけた、長い黒髪のストレートの女性。

きっと挨拶をされなくとも印象に残った。その確信が剣城にはあった。隠せきれていないのだ。女性が持つ特別な雰囲気が。滲み出る何かが。

剣城だからこそ感じ取れる何か。サッカープレイヤーだからこそ、女性の特別な何かを読み取れた。


「(……いや? あの人…どこかで見た気が……)」


確認するために振り返る。だが後ろ姿だけではどこで見かけたかわからない。数秒観察して女性の長髪は完全なる黒ではなく紫メッシュがあることを新たに発見する。やはりどこかで見かけたことはあるが、髪色だけでは記憶が蘇らない。

剣城が再度歩き出したのと同時に女性は病室の前で立ち止まった。
部屋番号は315。ネームプレートは剣城優一。

もう少しだけ足を止めていれば女性が兄の部屋に入るのを止めることができていたのだが、現実はそう上手くいかない。

女性は深呼吸して部屋の中に足を踏み入れて口を開いた。


「弟さんが隠していること。知りたくはないですか?」


難しい顔をしている優一に挨拶も自己紹介もせずに開口一番に告げる。
微笑みながら口にした言葉は剣城の今までの努力を全て水の泡にしてしまう非道じみたものだ。







「京介が隠しているもの…?」

「はい。不思議ですよね。今試合しているのにここになぜいるのか。それが分かるかもしれません」

「……貴女は…」

「時間がありません。今すぐ決断しないと一生わからなくなりますよ」


真白は優一ににっこりと提案する。名前はどうしても伝えることができない。プロサッカー選手の天雷真白がフィフスセクター関係者だと世間に知られたら中学生達は大騒ぎ。正体を隠すために簡単な変装もしてきている。

聖帝のお願いで訪れた病院。接触人物は剣城優一。
真白はちらりと視線を下げる。少しだけ話は聞いていた。優一は足を怪我したことでサッカーができなくなったということ、莫大な手術費のために剣城はフィフスセクターに身を売ったこと。今葛藤していること。


「さあ、決断を」


まだ堕ちてはいない。救うなら今しかない。雷門中が勝ち進んでいて、剣城が迷って引き返しかけている、今だけ。


「……教えてください」


優一の真っ直ぐな瞳に真白は嬉しそうにニッと笑って、近くにあった車イスをベッドの横につける。


「剣城京介くんのところに行こっか」


言葉で説明しても信じてもらえないだろう。自分の目で確認させるのが手っ取り早い。
そう考えた真白は優一に手のひらを出す。車イスに乗るまでは補助する、という真白の考えを読み取った優一は「すみません」と一声入れて手を重ねた。
車イスはベッドに密着させてあったので真白の補助なんてほぼいらない。だけれども優一は怪しい真白の手助けを受け入れた。

善意が純粋に嬉しかったというのもあるし、


「(…………どこでだったか…)」


見覚えのある顔だったから。つい最近も何かで見た記憶がある。

思い出せない。


「さあ、行きましょう。と言いたいところだけれどもどこ行ったの弟くんは?」

「飲み物を買いに行くと」

「自販機かな?」


考える時間は与えられずに車イスは動き出す。優一も今は弟のおかしな様子の方が気になってそれ以上考えることをやめた。










剣城とすれ違ったことで行った方向はわかっていたが、自販機には誰もいない。


「(やっべえ……。あれ? フィフスセクターの誰かもここに来てるんだよね? いねぇじゃん。見つからない。早くしないと……!)」


真白に焦りが出てくる。黒木と会話しているところを優一に見せようとしたが自販機には誰もいない。近くに改造制服を着ている中学生もいない。あの格好は遠目でもわかる。


「……他に自販機は……」

「この階はここともう一箇所だけで」


優一が指さしたのは真逆。そちらでないことだけは真白は知っている。
焦りが増す。言葉での説明だと緊張感も葛藤も苦しみも伝わりきらない。

どうしよう。

車イスを強く握る。優一にも真白が困っているのが伝わってしまうほど態度に出ている。


「あの、俺のためにありがとうございます。大丈夫です。直接京介に聞いてみます」

「っそれはっ、」


年下に気を遣われる真白の立場とは。まあ、今の真白にとって年なんてどうでもよいことだが。
真白はどうしてでも剣城がフィフスセクターと繋がっているところを見せないといけなかった。それが友達から頼まれたことにつながる。聖帝から頼まれた剣城京介の解放に。
近場にいるかもしれない。まだ探索を続けようと提案するが優一は首を横に振る。剣城が帰ってきた時病室にいなかったら心配するから、と。
真白は己の役立たなさに唇を噛んで俯いた。下を向いたことで優一からは表情が丸見えで。


「あの、本当にありが───」

「あれ? 真白さん?」


見知らぬ女性が自分を思って動いてくれた、実際連れ回しただけで何もしていないが、動いてくれたことにお礼しようとすると誰かの声が重なる。


「(真白、さん?)」

「冬花ちゃん!」

「やっぱり真白さんだ。どこか怪我したの?」


看護師、久道冬花に声をかけられたことで真白の表情に笑みが戻る。助かった、と表情で表現した真白は近づいてきた冬花に少し早口で説明をする。


「男の子見なかった!? この子の弟さんでっ、怪しい男と一緒にいるはずなんだけどっ! もしくは女!」

「っ怪しい…?」


聞き覚えのある、知っている名前。珍しい名前ではない。だからすぐには出てこなかった。それに記憶が一致する前に真白から衝撃の言葉が出てしまい、一致させるどころではなくなった。


「えーっと315号室の剣城くんよね。弟さんならさっき渡り廊下からテラスに行くのを見たけど」

「ほんと!? ありがとう!」

「どういたしまして。走らないでね」


じゃあ、と手を挙げた真白はまた車イスを押す。スピードは先ほどより少し上がっているが、怪我人への配慮は忘れていない。


「怪しいって……京介は何をしていんですか!?」

「……それは今からわかるよ」


大きな赤い瞳が一度閉じて、細まる。辛そうに悲しそうに笑う真白に優一はそれ以上何も聞くことができず、弟の元に運ばれるのを待つことしかできなかった。


「我々フィフスセクターはお前に使命を与えたはずだ。雷門を敗北に導くという使命」

「心配いりません。あの試合、俺が手を下さなくても雷門は負けます」


そうしてたどり着いたテラスに続く渡り廊下。
優一の耳に届いたのは衝撃的な言葉。


「帝国学園は厳しい訓練で鍛えあげられています。10人の雷門が勝てるわけがありません」

「だと良いがな。万が一帝国学園が敗れ雷門が勝つようなことがあれば、お前の兄の手術費、諦めてもらうことになるぞ」


弟が己の足のために手を汚しているという事実。

優一は言葉を失って汗を流す。握られている手には爪が食い込んでいる。
それ以前の話は着くのが遅かったためわからないが、これだけでも剣城が本気でサッカーをしていないことはわかった。


「手。血が出ちゃうよ」


握られている拳に真白は触れて開かせる。優しく温かい手に優一は顔を上げた。手のひらには爪の痕ができただけで真白はほっと息をつく。


「詳しいことは戻りながら話すね」

「……お願いします」

「うん」


弱々しい声を聞いて真白はまた車イスを押す。行きに比べたらずいぶんとゆっくりに。

真白の心地よい声から説明されるフィフスセクターとシード。剣城がシードとなった理由。
どんなに柔らかい声で説明されても優一から悔しさがなくなることはなかった。
大切な弟に背負わせた、己の無力さをここまで恨んだのは生まれて初めてだった。

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