※宍戸の彼女と跡部
「世界の終わりには跡部と居たい」 何て事は無い、ある昼下がり。
ぼんやりと宙を見つめていたみょうじが独り言のように呟いた。
ベンチに座る俺とみょうじの前では、テニス部の連中とその他男子がサッカーを楽しんでいる。人だかりが出来て、誰かがシュートを狙う度に歓声が上がる。煩い筈なのに、みょうじの声で全ての音が止んだ気がした。
「どういう意味だ?それは」
「そのままの意味だよ。私は世界の終わりには跡部と居たい」
「…お前の彼氏は宍戸だろ」
「宍戸は……宍戸は、人生の終わりには一緒に居たいと思うけれど、世界の終わりには跡部と居たい」
目の前で繰り広げられる攻防戦を見ながら、みょうじは世間話をするよな調子で話す。目の前で宍戸がシュートを決めて、ガッツポーズをしながらみょうじの方へと視線を向けて笑った。
それにみょうじも答えるように手を振り、自分の中で何かよく分からない気持ちがぐるぐると渦巻いたのが分かった。
目の前で無駄に飛んだ向日の髪が、炎のように揺らめいた。
「どうして俺なんだよ」
お前は俺を選ばなかっただろ。
なんて惨めな事を言える筈も無く、指先に力を込めると、スラックスに皺が寄るのが見え、無意識に舌打ちをした。みょうじはそんな俺に一瞬だけ視線を向け、また直ぐにゴールの方へと戻した。
「跡部は、私の海で空だから」
「はぁ?」
思わず大きな声が出てしまったが、丁度決まったサッカー部キャプテンのシュートで耳を劈くような歓声で直ぐに掻き消された。それに内心ホッとしていると、みょうじは背もたれに体を預けてずるずると浅く座った。気怠そうな姿に、女がそんな事するんじゃねぇよ、と言うと、みょうじは面倒くさそうに体を少しだけ起こした。
「跡部はきっと、誰にも手に入れられないんだと思う」
「さっきから何をわけ分かんねぇ事…」
「でも、世界の終わりには跡部と居たい。そうしたら、本当は、世界はまだ終わらないんじゃないか、って思えるから。海と空は強いから、世界が終わってもそこにあり続けるんだよ。だから、」
みょうじが言った続きは再び歓声に飲み込まれた。目の前で宍戸が二度目のシュートを決めたからだ。その背中に同じチームの奴が飛びついてじゃれる。ごく普通の昼下がり。強いて言えば、秋に近づいている筈なのにまだ風が生温い事がいつもとは違い少し不快だ。みょうじは足元の小石を蹴った。
「まだ世界は終わらねぇよ」
「…ん」
「物騒なこと言うんじゃねぇ」
「…ん」
それもそうだね、と呟いたみょうじは立ち上がって宍戸の方へと駆けて行った。
俺はそんなみょうじの、緩く靡くスカートの青が波のように去って行く様を、遠くに消えて行くまで見つめていた。
さらば、
不可侵の
青よ
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