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主人公の定め


「真田が王子様って似合わないよね」
「そう言ってやりなさんな」
「仁王、そんな顔で言っても逆効果だぞ」
「そんな柳だって口元引き攣ってるよ」
「あみだで決めたんが悪かったんかの」
「まさか真田がここまでくじ運良いとは思わなかったんだよ」
「良いのか悪いのか判断しかねるな」

王子様と言うより王様だ。そう柳が呟くと私と仁王は深く頷いた。
当の本人は持ち前の責任感からか、台本が届いたその日から練習に励んでいる。
休憩中まで柳生に台詞の練習を手伝って貰ってて心底ウザイと幸村が顔を顰めて言って来たのを不意に思い出した。

「お姫様役は誰じゃ?」
「周藤さんだよ。あのクルクル髪の毛の」
「あぁ、化粧の濃い香水臭い出席番号18番の乙女座の奴か」
「場末のスナックのママみたいな奴か」
「二人とも酷いね。女の敵だね」
「おまんこそ楽しそうな顔で良く言う」
「だって、ねぇ」

人の不幸は蜜の味。歌うように言うと、その通りと合いの手のように二人の声が重なる。
結局、私達は酷い人間なのだ。
自分たちが楽しければそれで良い。
ロマンチストで純真な真田にはきっと分からない。

「おまんは魔女役か?」
「魔女も良いけど、普通に裏方」
「仁王。シンデレラは魔女ではなく継母が悪役だぞ」
「あ、そっか」
「何それ私が悪役顔って言いたいの?」
「冗談じゃよ、ジョーダン」

カラカラと笑う仁王に小道具のカボチャの馬車の車輪を投げつける。
仁王に当たって手元へ戻って来るそれを見た柳がナイスコントロールと発音良く言い出して仁王がお腹を抱えて笑い出した。
とうとう仁王が壊れたと思いながら魔女のステッキに銀紙を張り付ける。
隣の柳は自分のクラスの仕事が終わったからと一緒になって手伝ってくれる。
その手にはティアラの原型のような物が収まっていて、相変わらず器用な奴だと思った。
仁王はそれを作った時に出た残骸で指輪を作っている。
私よりこいつらに任せた方が捗る気がした。





「いや、意味が分かんないよ」
「頼れるのはお前だけなんだ!この通り!」

お姫様が足を折ったらしい。
明後日はもう海原祭だというのになんてこった。
昨日私達が人の不幸を笑っていたから天罰が下ったのだろうか。
目の前で腰を直角に折って頭を下げるクラス委員と監督を見下ろしながら悶々と考える。
代役を作っておかなかったからって、私に来るのはおかしい気がする。

「真田と普通に喋れるから、ねぇ」
「女子は皆怖がって無理なんだよ…」
「もう柳生でいいじゃん」
「柳生は男子だろ!」
「大丈夫だよ、柳生は変装出来るんだし。女装でもバレないよ」

へらりと笑いながら言うと途端に背中に悪寒を感じた。
ぎぎぎ、と錆びたブリキのおもちゃのように後ろを振り返ると、満面の笑みを張り付けた柳生と、ばかと口パクする仁王と、頭を抱えて首を横に振る柳が見えた。
近づいて来る柳生の顔はどんどんと鋭くなっていく。
元から悪い目付きに捉えられ、びくりと肩を浮かせると、柳生は普段は見せないような顔で口を開いた。
こいつに紳士と名付けた奴をチャゲと今から殴りに行きたい。

「あなたは私に公衆の面前で女装をしろと言うのですか?」
「あ、その、」
「良い度胸ですね」
「やっぱりやらせて頂きます」
「お前即答だなおい」

右肩を叩く仁王と左肩を叩く柳に睨みをきかせると、二人は肩を竦めてみせた。
口元が笑っているのはお見通しで、酷く不愉快だ。


「宜しく頼む」
「はいはい」
「みょうじさん、やる気を出して下さい」
「はいはい」
「みょうじ、その態度のままだと柳生がキレるぞ」
「そんな笑いながら怖い事言わないでよ」
「残念だが俺はもとからこんな顔だ」

渡された台本を読みながら、真田と台詞合わせをしていく。
教室では最後の仕上げに取りかかるクラスメイトで慌ただしい。
ちらり、と台詞を読み上げる真田を盗み見ると、案外整った顔をしていると思った。
ただ、眉間の皺と老け顔のせいで貫禄がありすぎて王子様キャラは似合わない。
かといって、私がドレスを着てシンデレラになるのもおかしいが。
どっちかというと私は悪役顔だ。
なんていったって、私と柳と仁王の目付き悪い同盟で私は副会長をしているくらいなのだから。
因に会長は仁王で、会計は柳だ。
まだ三人しかいない弱小同盟だけれど、仲の良さは自負…したい。

「みょうじさんの番ですよ」
「あー…どこ?」
「お前は台本を目で追っていなかったのか」
「考え事してた」
「なまえさん?」
「ごめんなさい」

もうカンペ出してくれればいいのにと思いつつ8行目の台詞を読む。
シンデレラは強かな女のだなと舞踏会での継母達への振る舞いを想像しながら文を読む。
「もう少し心を込めてもらえませんか」
そう言った柳生はもはや怒りを通り越して呆れたように私の目を見た。
共感も出来ないのにどうやって心を込めるのだと首を傾げると、隣で聞いていた柳がくすりと笑った。
相変わらず目の前に座る真田はあまり言葉を発しない。
というか、これに関することしか口にしない。
私と必要以上に話さない真田は、まるで私を嫌っているようだった。

“お前は真田と普通に喋れるだろ”

真田とは業務的な事しか話した事が無いのにどうしてそうなるのだと思ったけれど、確かに観察していると真田はあまり女子とは話さない。
ファンくらい居るんじゃないの?と柳に言うと、あいつのファンは大人しい奴が多いからなと笑っていた。
どうせなら、仁王のファンくらい押せ押せなギャルが居てくれても良かったのに。
そうしたら私はこんな目に遭わなかった。
ぐちぐち言っても仕方が無いけれど、面倒事は嫌いだ。

「すまない。生徒会の用事で少し席を外す」
「私も仁王君に呼ばれているので」
「は?」
「そうか、分かった」
「は?」
「ではな、みょうじ」
「後でまた見ますから、手を抜かないよう練習をしておいてくださいねなまえさん」
「ちょ、ちょっ!」

がたりと立ち上がった二人に私は目を丸くして顔を上げる。
慌てて立ち上がり、手を伸ばして柳の制服の裾を持って力強く引く。
それに気付いて振り返った柳に目を見開いて行くなとアピールするけれど、何故か口元に笑みを浮かべた柳は、頑張れとだけ言ってやんわりと私の手を解いた。

呆然と去って行く二人の背中を見送っていると、ごほんと真田が咳払いをした。
なんだと思って顔を真田の方へ向けると、言い難そうに口ごもる真田が居た。
あー、とか、うむ、とか爺さんみたいな言葉を漏らす真田にイライラとしてしまうのは仕方が無い。
私はウジウジしている男が大嫌いなのだから。

「その、みょうじは、」
「どうしたの?」
「れ、蓮二と付き合っているのか?」
「………は?」

蓮二って誰だよ、と一瞬思ったが確か柳の下の名前は蓮二だったか。
誰があんな性悪を好き好んで彼氏にしなくてはいけないのだ。
友達で居る分には面白な奴だけれど、彼氏にはゼッタイしたく無いと常に思っているのに。

さっきから立っている私に、座っている真田が不可抗力で上目遣いで聞いて来る。
この手の話しが苦手なのか、ウブなのか、少し紅潮している頬というオプションも付けて首を傾げる真田に固まってしまった。

なに、こいつ。

「付き合って無いけど」
「そうなのか?仲が良さそうだったが、」
「ただの友達。あれは彼氏にはしたくない」
「そ、そうか。ならば良いのだ」

何が”良いのだ”なんだ。
こっちは全く良く無い。

安心したように優しく笑う、初めて見る真田に顔が熱くなるなんて。
きっと真田は私が柳と付き合ってる上で、劇で私が姫様役をすると柳が可哀想だとか思ったのだろう。
真田に気遣われる柳に微かな嫉妬心を覚えながら、椅子に座り直して平然を装いながら台本を捲る。
けれど、今の私はそれどころではないからか、文字が上手く頭に入ってこない。

「どうかしたか?顔が赤いぞ?」
「…別に、大丈夫だよ」
「そうか。気分が優れないようだったらすぐに言うと良い」

お前まで居なくなってしまうと困るからな。

そう言って眉を下げる真田が可愛いと思ってしまうなんて。
みょうじなまえ、一生の不覚だ。
末代までの恥だ。
惚れてしまうなんて、尚更。


“王子様に惚れるのは主人公の定めだからな”
“あんな乙女ななまえは初めて見たぜよ”
“いつもああしてらっしゃると可愛らしいのですがねぇ”


そんな二人を生暖かく見守る視線に気付かず、私はシンデレラの台詞を読み上げるのだった。

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