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そろそろ、チョコ作ろうかな。もう結構遅い時間だけど、遊くんも手伝ってくれるって言ってたし……。窓を開けて、お隣の遊くんに声をかけた。 「遊くん、まだ起きてる?」 少しして、お隣さんの部屋の窓がからからと開いた。 「起きてるよー。どうしたの?」 「あのね、今から手作りチョコを作ろうと思うんだけど……」 「じゃあ、おれ、手伝うよ!」 遊くんはパッと顔を輝かせたかと思うと、窓から身を乗り出した。 「……よっと」 器用にバランスを取って、窓から窓へ移動する。 「今年はどんなチョコ作るの? それとも去年と同じヤツ?」 「うん、今年はね、去年とは違うチョコを作るんだよ」 「へえ、どんなヤツなの」 興味津津な顔で訊いてくる遊くんと一緒に台所へ向かった。 * * * 「へえ、トリュフかあ」 レシピ本を眺めながら遊くんが声を上げる。それから、少し心配そうな目でわたしを見た。 「トリュフって、難しいんじゃないの? おねえちゃん、大丈夫?」 遊くんの台詞に、わたしはドキリとしてしまう。 「だ、大丈夫だよ……! うん、きっと!」 「おねえちゃん……」 うう、遊くんの視線が痛い……。 無理もないよね。遊くんは去年もこうしてチョコ作りを手伝ってくれたんだから。つまり、去年の無残なチョコのことも遊くんは覚えている訳で……。 遊くんと、自分にも言い聞かせるように言った。 「トリュフってそんなに難しくないんだよ?」 「そうなの?」 「切って溶かして混ぜて固めて成形すれば終わり、なんだから」 「へえ、そうなんだ」 「って、友達が言ってたし」 「友達の受け売りなんだ……」 遊くんはやっぱり心配そうな目でわたしを見つめていたけど、レシピ本を確認して頷いた。 「……うん、でも、そんな感じだよね。切って溶かして混ぜて固める」 「でしょ?」 「これなら、おねえちゃんにも作れそうかな?」 「うん、頑張るよ!」 腕まくりをして、チョコ作りに取りかかる。まずは……チョコを細かく刻んで……。 「鍋に火、かけるよ?」 「うん、お願いね」 遊くんがレシピを確認しながら手伝ってくれる。温めた生クリームに刻んだチョコを入れてかき混ぜる。ここは素早くかき混ぜないと……。 レシピ本を眺めながら、遊くんが感心したようにため息をつく。 「それにしても、大進歩だよね。去年は溶かして固めただけのチョコだったけど、今年は何てったって、トリュフだもん。きっと、もらう相手も喜ぶよ」 「そう、かな?」 瑛くん、よろこんでくれるかな? 去年のバレンタインのことを思い出す。 居たたまれないほど大失敗したチョコだったけど、瑛くんは喜んでくれた。 渡した時、「手作りだ」とチョコを一目見て、瑛くんはすごく嬉しそうに目を輝かせた。けど、中身を確認して「けど、これ……」と何とも言えない表情になってしまった。そんな瑛くんの様子を見て、自分の失敗に気づいた。咄嗟に、チョコを溶かす時に誤ってヤケドしてしまった指先を隠した。 頑張ったけど、失敗してしまった。急に恥かしくて、居たたまれなくなった。それから、こんな出来のチョコしか渡せないことを申し訳なく思った。「そんな顔すんなよ」って、瑛くんは言ってくれたけど、わたしも、もう瑛くんにそんな顔をさせたくなかった。 「ちょっと、おねえちゃん! 何やってんの!?」 「えっ? あっ!」 手元を見たら、チョコが全然溶けてない。生クリームの中でチョコがダマになって残ってしまっている。いけない、手が止まってたみたい。 心持、しょんぼりした声で遊くんが訊いてくる。 「……もう一回、やり直し、する?」 「うん、そうだね」 という訳で、もう一度最初からやり直し。……まだチョコに余裕があるから大丈夫、だよね? 「今度こそ集中、集中、っと」 「おねえちゃん、頑張って!」 遊くんの発破に励まされるように、意識をチョコに集中させる。まずはまた、刻んで……。 今年こそ、瑛くんにちゃんとしたチョコを渡したいから、頑張らなくちゃ。 思いだすのは、去年のホワイトデーのことだ。 去年の3月14日、教室でこっそりと瑛くんから呼び出された。そうして、屋上でバレンタインのお返しをもらったんだ。クッキーの詰め合わせ。お店のものかと思ったら、瑛くんの手作りだった。そうだ、瑛くん、お菓子作りがとっても上手なんだった……。 「ちょ、ちょっと! おねえちゃん!?」 がしゃーん、と無残な音がして我に返った。見ると、刻んだチョコが床の上に散らばっていた。ボール、取り落としちゃったんだ……。 「も〜〜〜、何やってんの……」 「ごめんね、遊くん…………」 さすがに、落としたチョコは使えないよね……。もったいなけど……。 遊くんが残りの板チョコを指し示しながら言う。 「次がラストチャンスだよ? 今度こそ頑張ってよね!」 「うん……!」 本当、しっかりしなくちゃ。 今年こそ、ちゃんとしたチョコを渡したいんだから。 思い出すのは、去年の瑛くんのことだ。 失敗してしまったチョコだったけど、瑛くんは本当にうれしそうだった。 「俺、ホント、うれしいんだ」 あのときの、瑛くんの気持ちに報いたい。ぐずぐずの失敗チョコじゃなく、自信を持って手渡せるようなチョコを渡したい。瑛くんに、わたしの気持ちを伝えたい。 小鍋で温めた生クリームに細かく刻んだチョコをパラパラと落とし込む。素早くかき混ぜて、とろとろと亜麻色のチョコが溶けていく。甘い香りが漂う中、心を込めてチョコ作りに専念した。 * * * 「それじゃあ、遊くん。今日はありがとう」 「別にいいよ。それより、明日頑張ってね」 「うん、頑張るね」 「それじゃ、おやすみ」 「うん、おやすみ」 窓越しに遊くんが帰って行くのを確認して、窓を閉めた。 完成して小箱に詰めたチョコを、そっと机の上に置く。その隣には、高級チョコの箱。 明日はもう、バレンタイン。手作りチョコを詰めた小箱を見つめながら、眠る支度をする。 手作りした、コーヒー風味のトリュフ。 お菓子作りがとても上手な瑛くんのものより、きっとずっと見劣りするけど……。 この手作りチョコ、瑛くん、喜んでくれるといいな。 *************** 書いたひと→スミ子 さき子さんのデイジーが兎に角、超絶可愛くてたまらなかったので、緊張しながら書きました……! けど、可愛くならない(ぶわっ)! どうにもドジっ子デイジーになりました……まるっと書いてる人の責任です。すみません……。 長い上、散漫な内容になってしまい申し訳ありません……。フラグ丸投げって、リレー小説の醍醐味かも……と今回思いました。さき子さん、ごめんなさい……! 一読者として、次回、瑛サイドがとてもとても楽しみです。 back |