2/13 daisy side
 そろそろ、チョコ作ろうかな。もう結構遅い時間だけど、遊くんも手伝ってくれるって言ってたし……。窓を開けて、お隣の遊くんに声をかけた。

「遊くん、まだ起きてる?」

 少しして、お隣さんの部屋の窓がからからと開いた。

「起きてるよー。どうしたの?」
「あのね、今から手作りチョコを作ろうと思うんだけど……」
「じゃあ、おれ、手伝うよ!」

 遊くんはパッと顔を輝かせたかと思うと、窓から身を乗り出した。

「……よっと」

 器用にバランスを取って、窓から窓へ移動する。

「今年はどんなチョコ作るの? それとも去年と同じヤツ?」
「うん、今年はね、去年とは違うチョコを作るんだよ」
「へえ、どんなヤツなの」

 興味津津な顔で訊いてくる遊くんと一緒に台所へ向かった。


* * *


「へえ、トリュフかあ」

 レシピ本を眺めながら遊くんが声を上げる。それから、少し心配そうな目でわたしを見た。

「トリュフって、難しいんじゃないの? おねえちゃん、大丈夫?」

 遊くんの台詞に、わたしはドキリとしてしまう。

「だ、大丈夫だよ……! うん、きっと!」
「おねえちゃん……」

 うう、遊くんの視線が痛い……。
 無理もないよね。遊くんは去年もこうしてチョコ作りを手伝ってくれたんだから。つまり、去年の無残なチョコのことも遊くんは覚えている訳で……。
 遊くんと、自分にも言い聞かせるように言った。

「トリュフってそんなに難しくないんだよ?」
「そうなの?」
「切って溶かして混ぜて固めて成形すれば終わり、なんだから」
「へえ、そうなんだ」
「って、友達が言ってたし」
「友達の受け売りなんだ……」

 遊くんはやっぱり心配そうな目でわたしを見つめていたけど、レシピ本を確認して頷いた。

「……うん、でも、そんな感じだよね。切って溶かして混ぜて固める」
「でしょ?」
「これなら、おねえちゃんにも作れそうかな?」
「うん、頑張るよ!」

 腕まくりをして、チョコ作りに取りかかる。まずは……チョコを細かく刻んで……。

「鍋に火、かけるよ?」
「うん、お願いね」

 遊くんがレシピを確認しながら手伝ってくれる。温めた生クリームに刻んだチョコを入れてかき混ぜる。ここは素早くかき混ぜないと……。
 レシピ本を眺めながら、遊くんが感心したようにため息をつく。

「それにしても、大進歩だよね。去年は溶かして固めただけのチョコだったけど、今年は何てったって、トリュフだもん。きっと、もらう相手も喜ぶよ」
「そう、かな?」

 瑛くん、よろこんでくれるかな?
 去年のバレンタインのことを思い出す。
 居たたまれないほど大失敗したチョコだったけど、瑛くんは喜んでくれた。
 渡した時、「手作りだ」とチョコを一目見て、瑛くんはすごく嬉しそうに目を輝かせた。けど、中身を確認して「けど、これ……」と何とも言えない表情になってしまった。そんな瑛くんの様子を見て、自分の失敗に気づいた。咄嗟に、チョコを溶かす時に誤ってヤケドしてしまった指先を隠した。
 頑張ったけど、失敗してしまった。急に恥かしくて、居たたまれなくなった。それから、こんな出来のチョコしか渡せないことを申し訳なく思った。「そんな顔すんなよ」って、瑛くんは言ってくれたけど、わたしも、もう瑛くんにそんな顔をさせたくなかった。

「ちょっと、おねえちゃん! 何やってんの!?」
「えっ? あっ!」

 手元を見たら、チョコが全然溶けてない。生クリームの中でチョコがダマになって残ってしまっている。いけない、手が止まってたみたい。
 心持、しょんぼりした声で遊くんが訊いてくる。

「……もう一回、やり直し、する?」
「うん、そうだね」

 という訳で、もう一度最初からやり直し。……まだチョコに余裕があるから大丈夫、だよね?

「今度こそ集中、集中、っと」
「おねえちゃん、頑張って!」

 遊くんの発破に励まされるように、意識をチョコに集中させる。まずはまた、刻んで……。
 今年こそ、瑛くんにちゃんとしたチョコを渡したいから、頑張らなくちゃ。
思いだすのは、去年のホワイトデーのことだ。
 去年の3月14日、教室でこっそりと瑛くんから呼び出された。そうして、屋上でバレンタインのお返しをもらったんだ。クッキーの詰め合わせ。お店のものかと思ったら、瑛くんの手作りだった。そうだ、瑛くん、お菓子作りがとっても上手なんだった……。

「ちょ、ちょっと! おねえちゃん!?」

 がしゃーん、と無残な音がして我に返った。見ると、刻んだチョコが床の上に散らばっていた。ボール、取り落としちゃったんだ……。

「も〜〜〜、何やってんの……」
「ごめんね、遊くん…………」

 さすがに、落としたチョコは使えないよね……。もったいなけど……。
 遊くんが残りの板チョコを指し示しながら言う。

「次がラストチャンスだよ? 今度こそ頑張ってよね!」
「うん……!」

 本当、しっかりしなくちゃ。
 今年こそ、ちゃんとしたチョコを渡したいんだから。
 思い出すのは、去年の瑛くんのことだ。
 失敗してしまったチョコだったけど、瑛くんは本当にうれしそうだった。

「俺、ホント、うれしいんだ」

 あのときの、瑛くんの気持ちに報いたい。ぐずぐずの失敗チョコじゃなく、自信を持って手渡せるようなチョコを渡したい。瑛くんに、わたしの気持ちを伝えたい。
 小鍋で温めた生クリームに細かく刻んだチョコをパラパラと落とし込む。素早くかき混ぜて、とろとろと亜麻色のチョコが溶けていく。甘い香りが漂う中、心を込めてチョコ作りに専念した。


* * *


「それじゃあ、遊くん。今日はありがとう」
「別にいいよ。それより、明日頑張ってね」
「うん、頑張るね」
「それじゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ」

 窓越しに遊くんが帰って行くのを確認して、窓を閉めた。
 完成して小箱に詰めたチョコを、そっと机の上に置く。その隣には、高級チョコの箱。
 明日はもう、バレンタイン。手作りチョコを詰めた小箱を見つめながら、眠る支度をする。
 手作りした、コーヒー風味のトリュフ。
 お菓子作りがとても上手な瑛くんのものより、きっとずっと見劣りするけど……。
 この手作りチョコ、瑛くん、喜んでくれるといいな。





***************
書いたひと→スミ子

さき子さんのデイジーが兎に角、超絶可愛くてたまらなかったので、緊張しながら書きました……! けど、可愛くならない(ぶわっ)! どうにもドジっ子デイジーになりました……まるっと書いてる人の責任です。すみません……。
長い上、散漫な内容になってしまい申し訳ありません……。フラグ丸投げって、リレー小説の醍醐味かも……と今回思いました。さき子さん、ごめんなさい……! 一読者として、次回、瑛サイドがとてもとても楽しみです。



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