ふわりと宙に舞った彼女の艶やかな髪から微かに香る柑橘系の甘い香りは俺が前に好きだと言ったものだった。そんな些細なことで単純な俺は心を踊らせてしまう。



「ここね、一度来てみたかったの」




久しぶりに二人きりで帰れる今日、なまえは珍しく行きたい場所がある、と言った。
いつもより足取り軽く俺の先を歩く彼女の背中を見つめながらゆっくりと付いていく。
普通に歩いてしまったら彼女に追いつけるが、この貴重な時間を少しでも長くしたい小さな欲望が渦めいたのだ。




「…公園……?」



しばらくして着いたのは何の変哲もない小さな公園だった。




「隆也くんと公園行ったこと無かったなあと思って…」



駄目だった?、と不安気な目で俺を見つめてくるものだから慌てて否定した。





「……本当のところはね、隆也くんと普通に会話して、普通に過ごしてみたかったの」




普通、という言葉が胸に刺さる。
彼女にどれだけ我慢させてるのだろう、俺は。
どれだけ彼女の笑顔に甘えてきたのかなんて忘れてしまってるほどだから情けない。

泣いたっていいのに、弱みを見せてくれたっていいのに、なまえはただ今のような笑顔を浮かべるばかりだったから。





「…!隆也くん…!!」




「…お前はもう少し我儘上手くなれよ」





ほんと、こんな細い身体で大丈夫なのかよ。
あと少しだけ力を加えたら壊れちまいそうで、だけどこの腕を解いてしまったら何処かへ消えてしまいそうで、ただ曖昧に抱きしめることしか今の俺にはできなかった。





「…ごめん、なまえ」


「…あ、あの、隆也くん…そんなこと言わないで。私は野球頑張ってる隆也くんを見ていられるのが一番嬉しいんだ。だからこそね…

私が負担になるのなら今すぐ捨ててくれたって構わないよ」





そのときのなまえの声は今までで一番といっていいくらいはっきりと芯が通ってて、それと同時にぎゅっと俺の服を掴んだ彼女に一層愛しさが込み上げてきた。




「…いつ俺がお前のこと負担だなんて言ったんだよ」


「……だって、」


「俺はお前にこうやって触れられるだけで幸せなのに、手放せるわけないだろ」


「…隆也くん……!」






私も、しあわせだよ




その涙がどんな意味かなんて今の俺には分からない。けど彼女のどんな涙でも一番に拭ってあげられる男になりたいと強く誓った。






君の盗んだ心だから

Title by brooch
130820







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