月の光がこんなにも眩しかったなんて、と微睡み始めた頭の隅にある僅かに残る意識の中でそう呟いた。 ひんやりとした木の感触は最初の頃より随分無くなっていて、すっかり己の体温と同じに感じるまでになっていた。
ゆっくりと視線を下に向けると絵に書いたように綺麗に池が月を映し出していた。そういえば昨日留三郎と文次郎の喧嘩に巻き込まれて飛んでくる手裏剣を必死で避けてる途中であの池に落ちたなあ、なんてくだらないことを思い出した自分に苦笑いしていると
「…っ伊作くん!…いた…っ」
「……なまえ!」
息切れしながら俺の名前を呼んだのはなまえだった。 こんな真夜中に長屋に来ることは今までに一度も無かったはずだ。
「どうしたの?何か急なこと??」
「あ…えっとね、その…」
少し落ち着いた彼女は俺の問いかけに用事を思い出したのか懐をいそいそと探り一冊の本を取り出した。
「あのね、これ…」
「…簡易応急処置の本?」
「…うん、伊作くんに借りてたでしょう?返さなきゃって思い出して…」
「なんだ、こんなのいつ返してくれたっていいのに…」
「だ、だって…その……」
言葉を詰まらせたなまえは一瞬俯いたがまたぱっと顔を上げ俺の目を見たかと思うと
「…い、伊作くんに会いたくなっちゃって…!」
ああ、君はいつでもそうやって俺を安心させてくれる。
すっかり赤くなったなまえをそっと引き寄せて優しく抱きしめると体温はゆるゆると上がり、彼女がどれだけ温かな存在かを身を以て思い知らされた。
「そういえばさ、何であんな本借りたの?もうすぐ実習なら俺が直接教えて上げたのに…」
「あ、あれは…その……伊作くんの力になりたかったからなの」
「え…?なんで、」
「だ、だって伊作くん、よく傷だらけで凄く凄く心配で……。も、もしものことがあったらわたしが力になれればいいなって…!!」
彼女がこうも優しいと逆に心配になる。なまえは絶対に男の気持ちが分かってないだろうな。 そう考えただけで無性に苛立ちが込み上げてきて少しだけ抱きしめる力を強めた。
「……心配かけてごめん。 いつものことだからさ、心配しないで」
「でも…!!」
「大丈夫だよ。なまえがいる限り俺は死なない。……それに好きな女の子のこともちゃんと守れるから、ね?」
「…わっ、私も伊作くんのこと守りたいよ……」
「なまえはそばに居てくれるだけでいいっていつも言ってるじゃないか」
ぴくっ、と俺の言葉のせいかは定かではないが肩を揺らした彼女は今まで此方に向けていた顔を俺の胸の中に埋めてぽつりと呟いた。
「…じゃあ伊作くんも私のそばにずっといてくれる…?」
今にも崩れてしまいそうな理性を必死に保ちながら彼女の呟きにとうの昔から心に決まっていることを即座に答えた。
「……なまえが嫌だって言っても離さないかな」
だって君が俺の心にあるように、 君にはもう俺が一生消えない傷を付けてしまったのだから。
たったひとつの傷に僕はなりたかったのさ
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お題は「不眠症のラベンダー」様より
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