※先生パロ












参ったな




隣のクラスの先生に仕事を頼まれて予定より遅くなってしまった休日の帰り。




誰もいない昇降口でいそいそ靴を取り出し外へ踏み出したのは良いものの、外は少し強めの雨が降っていた。




俺は普段傘を欠かさず持っているのだが以前一緒に飲みに行った友人に貸したきり未だに返してもらっていなかったために持っていない。




次会ったら絶対返してもらわないと、と心に思ったのは良いものの
雨は一向に止む気配を見せない。






立ち尽くしながら雨で濡れた葉が水滴に耐えられずぽたぽたと地面に落ちて行く様を見つめていくうちに自分の情けなさと重なって見えた。







俺は先生という職についていながら未だに指導する立場にいる実感が湧かないのだ。





俺はまだクラスの担任を持てない新米教師であるクラスの副担任と担当である音楽を少し教えている程度。

部活には中学時代の経験から榊先生に推薦されこの秋からテニス部を指導し始めた。



久々に戻ってきたテニス部はとても懐かしく部員たちもとても優しい。
未だに部員数の多さと正レギュラーや準レギュラーがいるところは変わっていない。
音楽教師としても尊敬する榊先生も昔と何一つ変わらない貫禄を持っていた。



しかしそんな変わらない優しい環境だからか、時々指導する身ということを忘れてしまう。


自分は教師として何を教えてやれるのかすら全く分からないのだ。







「はあ…」





雨は降り続いていた。

いつまで経ってもこのままのようならいっそ走って帰ろうか…





あ、






こんな場面でも教師であることを忘れてしまう。

濡れながら走って帰る生徒をほっとけるはずないのに。






もうこの際忘れたまま走って帰ろうか…












「鳳さん…?」



情けない決心を固めた瞬間昇降口の方から声がした。






「みょうじさん!」
 










みょうじさんは俺と同期に氷帝学園に着任した先生。



同い年でありながら俺と違ってしっかりしていていつも笑顔で優しく生徒に接するとても好かれている保健の先生。



先生達の間でもとても良い評判で中には割と本気で彼女を好いてる先生もいるくらいで、














…俺もその中の一人だったりする。








「今日はどうして…?」






「あ、今日は保健科の先生同士の集まりがあったんです。少し長引いてしまいました」






そう言って苦笑いを浮かべたみょうじさんに胸が高鳴った。

ああ仕事頼まれてよかった。




雨でいつも以上にしんとしているこの場所では雨の音と自分の鼓動が妙に響いて聞こえて余計に自分を緊張させた。





「あ…雨降ってたんですね。気がつかなかった…」







妙に力の入っている俺を他所に彼女は自分のバックからピンク地に花柄の何とも可愛らしい折りたたみ傘を取り出しいそいそと開き始めた。

俺はそんな傘を開くことに奮闘している彼女がとても愛おしく、さっきまでの緊張が微笑ましい気持ちでいっぱいになった。




こんな可愛い彼女が俺の隣に居てくれたらなんて幸せだろう。

幸せ過ぎて溶けてしまいそうだ。





俺はそんなしょうもない想像をしながら無意識に彼女を見つめていた。

気がついたのは彼女がこちらを向いてからで
先に居た俺がずっと同じ場所で立ち尽くしているのを不審に思ったのか







「あ…もしかして傘、持ってないですか…?」







「あ…はい。今日は忘れてきてしまって」







「あ、あの…



もしよかったら…一緒に帰りませんか?…私の傘なので窮屈かもしれませんが…」






「え、」












そんな願ってもないチャンスがここに来て訪れた。

どうしたんだろう今日。
朝の占い一位だったのかな









「あ、えっと…みょうじさんが良いなら一緒に帰らせてください!」











こんな幸せな展開良いのだろうか






俺は彼女の隣へ移ると彼女の手から小さな傘を優しく手に取る。

僅かに重なった彼女の手がとても暖かかった。




「俺が持つのでみょうじさんは濡れないようにもっとこっちに、」










うわ、俺何言ってんだろう



もっと寄れってただのナンパ野郎じゃないか。


俺はもっとこう、大人の男として紳士的な感じで振る舞いたいだけ…




「あ…有難うございます」





みょうじさんはなんと俺の言ったように肩を俺の腕にぴったりくっついてしまうくらいに近づいて来た。





どうしよう



ほのかに甘い彼女の匂いにくらくらする。






「鳳さんってとても優しい人ですよね」






半分思考回路がぶっ飛んでいる俺に彼女は言った。





「だから生徒の皆にも好かれているんですね。凄く納得しました」









は、





俺が、生徒に、好かれてる…?







「ど、どういう…」







「鳳さん知らないんですか?鳳さんはとても人気ですよ!優しいし先生たちにも頼りにされてますし…



…すごくうらやましいです」










も、もし彼女の言っていることが正しかったとしたら俺は…








「そ、それは、その…と、とても光栄です…」







彼女にそんな印象を持たれていたことに一番ガッツポーズをしてしまった俺はやはり教師としての自覚が足りない。







そんな俺がただ一つはっきりと分かることは







俺は一人の男として貴方に惚れている、ということだけだ。








「お、俺は、皆さんに好かれている優しいみょうじさんに尊敬してます!」






「えっ…?」






照れたみょうじさんが想像以上の可愛さで俺まで赤くなった。




「あ…あの、お世辞とかじゃなくて本気ですから!」









「あ、えと…鳳さんにそう言ってもらえて、とても…嬉しいです…」








彼女は小声で呟いたが俺は聞き逃さなかった。


俺と同じことを思ってる彼女に俺にもチャンスがあるのかな、なんて





ただそれだけだけど少し調子に乗って









「あ、あの!

も、もし良かったら明日も一緒に帰りませんか!




…俺みたいな奴でも不審人物からみょうじさんを守ることならできます」





「えっ…」








我ながら下心見え見え過ぎる。




いくらなんでもみょうじさん引いてしまってるんじゃ…










「…あ、あの嫌なら良いんですけどそのあの、」







「あ…えと…是非…お願いします!」











どうしよう
俺は君に本気で惚れてる



もういい大人だというのに可愛い照れ笑いを俺に向けた彼女に胸の高鳴りは雨音に負けず加速して行くばかりだった。










スパンコールの雨



(今日の雨粒はいつもに増してきらきらして見えた)



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お題は「淡水魚」様より






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