ムカつく。 ほんまムカつく。
寒さが薄れ、咲いたと思った桜が何時の間にか散り始めていた4月の日のことだ。 まだ微かに日が残り久々に夕日が顔を出している。何時もより自分の歩幅が狭いのは隣に彼女のなまえ先輩がいるからで、先輩はさっきから今日あった出来事をぽつぽつ嬉しそうに話しとる。
俺はそれが妙に気に入らへん。 久々に一緒に帰れるっちゅーのに何故か気分は晴れへんままで考える程にイライラが募る。先輩の話だってイマイチ頭に入って来ない。何故か出てきた謙也先輩とか知らん男の名前だけが面白いくらい頭に残ってんけどな。
「…それでね、今日結局自習になりそうだったのに謙也くんのせいで先生に見つかっちゃって!ちょっと残念だったけど面白かったんだよ」
何でそないにへらへら笑うてるんや。 先輩を笑顔にさせるのは謙也先輩やなく俺のはずや。はずなのに今は違う。 …先輩は俺にだけ笑うてくれたらええのに。
「…財前くん?」
先輩は俺が無反応なことを不思議に思ったのか俺の名を呼んだ。 吃驚したわけやないけど先輩から名を呼ばれたことに身体がびくりと反応した。
「…何すか」
「…難しい顔してるけど、どうかしたの?」
どきり、一瞬強烈な痛みが胸に突き刺さった。それと同時に訳の分からない焦りが襲って来る。 先輩にこんな余裕のない姿見られてどないすんねん。先輩の男としてかっこ悪い姿見せられへんのに、先輩には見破られてしまいそうで怖い。
「…もしかして、私のせい…だったり」
一瞬まずい、と思うたがすぐに考えは変わった。先輩の声色が悲しげに変わったからだ。 先輩は勘違いしとる、でもそれを正してしまえば自分の情けないところを先輩に知られてしまう。
…ああもう何で泣きそうな顔しとんねん!
「…っ、先輩!」
「…えっ…!」
きっとそのときの俺は何処かおかしくなってたんやと思う。
すっかり人気のなくなった住宅街の片隅でいてもたってもいられなくなって先輩を抱きしめると男女の身体の違いを体感して今までの焦りが少しだけ消えて行った。
「…先輩のことちゃんと大事に思ってますから」
「…財前、くん」
今まで色々先輩に思ってきたことをぶちまけることなんて今の俺にはできなかった。今は先輩の視線が、身体が、笑顔が俺だけに向いてくれればええんや。
「…そないな顔してるとこうするって今日しっかり学んどいてくださいよ」
「……私は財前くんこうされるの、嬉しいよ…?」
「…っ!!」
身長はとっくに先輩を超えているのに年という壁にはどれだけ背伸びをしたって届かへんことをまた今日も教えられてしまった。 ほんまなまえ先輩には敵わへん。けど俺だけに夢中になるまで絶対に先輩は離さへんからな。
ぼくの呼吸を止めるひと
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お題は「不眠症のラベンダー」様より
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