07

「友達にあったなら、約束の理由を聞かせてほしい。」
「うん。」

 ただ淡々と昔話を始める。
 私は幼い頃事故に遭ったときに臓器をいくつか破損してしまって、いくつか自分のミニマムの力で動かした。事前に仕入れた情報で既に知っているだろうけど、私のミニマムは"人体のミニマム"。だから女一人で追手の束縛を解くことも、彼女の脳に作用して記憶を消すことも可能だった。視線を向けるという何とも容易にこなすことのできる条件をクリアすれば、人体のどの箇所にだってダメージを与えることができる。それはコンピュータのプログラムのように様々なシュチュエーションを設定でき、威力そのものも強大なものだ。いくら最強のミニマムホルダーと呼ばれるほどの力であっても、自ら作った臓器も消滅してしまえば確実に息をし続けることはできないだろう。
 だから自分で命を絶つわけではなくて、いうなればこの男に殺されるのだ。でもそれじゃあ罪をなすりつけるみたいで申し訳ないから、私はとうの昔既に死んでいた、といっておく。

「人体のミニマムを巡って抗争が激しくなった時点で、彼女から私の記憶は抹消したはずだったから、数か月も連絡を取らなかったの。でも今日突然メールが来た。だからもう一度ミニマムを使ったけど、無駄だったよ。友達に会いって言ったのはそのため。」
「もし記憶を消せていたとしても、彼女は喜ばないよ。」
「だから記憶を奪う事が彼女の為とは言わない。記憶を消すことで得するのは私だし。彼女に心配をかけてるって罪悪感から解放されるんだから。」
「それにしてもどうして友達にはミニマムが効かなかったんだろうね。」
「......そんなの知らないよ。」

 足掻けば足掻くほどこんがらがって抜け出せなくなる状況に嫌気がさして、もういっそのこと泣いてしまいたい気分だった。周囲の目なんて気にしないで感情を吐き出してしまえたらどんなに楽だっただろう。それにもう何年も泣くなんて感情表現をしていないし、やり方も忘れてしまった。だから意地を張ったままコトンと横にいる男の方に体重をかけて、もう少しこのままでいさせてよ、と不器用に甘える。男も嫌がるようなそぶりを見せずに何も言おうとしないので、その沈黙を肯定と受け取ると、そっと目を閉じて瞼の裏がもたらしてくれる暗闇の世界を見つめ続けた。うまくいかなくて掻き乱された現状に嘆いているけれど、ならもし全てが私の思考に沿って生成された世界があったとしても、それはそれで不気味に感じてしまうだろうし、矢張り私は多欲過ぎるのかもしれない。
 自分の手が暖かい物に包まれる感覚がしてから、それが男の片手だという事を感受するまでしばらく時間がかかった。予想範囲外の行動につい目を疑ってしまうほどだ。悲哀感に苛まれる私を励まそうとしているのか雰囲気にのまれているのかといくつか候補を挙げてみても、どれも当てはまるとは思えない。人に慈悲を掛けるような性格はしていないでしょう。でもその手つきがあまりに愛おしいものを慈しむようだったから、抱きかかえられたときのように悪態をつくことも叶わなかった。
 ぎゅっと力が込められたときに、指を絡めるようにして握り直されてしまっても、どうにもその感覚が嫌に思えない。

「僕に弱みを見せ過ぎだと思うよ。」
「ちょっとそういう気分なの。」
「これから僕に殺されるのに?」
「だからだよ。なんかこうしてると...寧ろ本望って思えてくる。」

 馬鹿みたいでしょ。って否定されること前提で自虐的な言葉を言ったのに、男はそれをそうかもしれないね、なんて笑い飛ばしてしまうのだ。少し照れくさかったから聞こえても聞こえなくてもいいように、手離さないで、と消え入りそうな声で呟いた甘えを聞き逃さなかった男は、いいよって一言返事をする。恋人ごっこを楽しんでいるのはナイス君や彼女だけじゃなくって、きっと私もだ。

「ねえ、行こう。」
「そうだね。」

×××


 手を引かれて辿りついた先は人気のない工場後で、錆びついた鉄柱がいたるところに置いてあるわ今にも崩れそうな建造物があるわで、安全とはとてもいい難い状況だった。それでも人気がないという条件は文句なく満たしていて、何があっても人だかりができるような事はない。男は何だか名残惜しそうな顔付きだったけれど、私はといえば悪くない心情だ。

「じゃあ、いくよ?」

 片手に注射器のようなものを握りしめながら言われると、流石に恐怖感を覚える。あれが柔らかい首筋に刺さるだなんて想像するだけで鳥肌物だもの。さっと片手を突き出してストップの合図を掛けて、君に言いたいことがあるんだ、といえば男は注射器を持っていた手を一旦引き戻してから内容を訊ねてきた。

「謝っとかなきゃいけないことがあるんだよね。やっぱり君の記憶、消させてもらう事にするよ。私...死ねなくなった。」

 あからさまに眉を顰めて不快感を示すけれどあらがおうとする素振りは見せずに、理由だけを求めてきた。見苦しいかもしれない言い訳だけさせてもらえば、その決断は彼女にミニマムが効かなかった時点で決めていたものだったのだ。それにナイス君とは彼女に負担をかけるようなまねはしない、と契りまでかわしてしまったし。食い逃げみたいに卑劣な真似はするなと私の良心も訴えかけてはきているけれどね、それ以上に違う思いが高ぶっていう事を聞こうともしてくれない。とどのつまり私は君ではなく彼女を選んでしまって、それは君には阻止することが不可能な決定事項だ。何故って、私の方が力でいって勝っているから。それは君がどのような最終手段を用意していようとも、だ。

「やっぱり詰めが甘いね。記憶を失くしたとしても僕はまた君のことを探し始めると思うよ。」
「そうしたら新しい打倒策を考えるから。...まあ貸してくれたお金は死ぬ間際にでも返しに行くよ。つけといて。」
「利子もたっぷり上乗せしておくよ。」
「そのくらいは負けてくれてもいいでしょ。」

 一日を共に過ごしたよしみなんだし、それはちょっと意地悪。覚悟を決めたようにぐっと己の手をぐっと握りしめてから、男に"視線を向けた"。さようなら今日の君。

  


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