06

 結局あの後他愛も無い話をする気になんてなれずに、ひたすら運転に集中する男と窓の外へ意識を飛ばす私と重苦しい沈黙を乗せて車は走り、友達とおちあう場所へたどり着いた。
 友人として仲を深めはじめた初期の頃、夕食を一緒にどうですか、と誘われた場所はとある高級料理店だった。私の様な一般市民は足を踏み入れることの許されない空間だと悟ってしまうほど、きめ細やかな装飾の施された外観。出されてくる料理も同じく味見た目共に最高級のおもてなしをされ、私のおごりだから気にしないで食べてねと言われたときの安心感、そして罪悪感を未だ忘れられない。
 そのエピソードから察していただけるように、彼女は良家で生まれ育った俗にいうお嬢様という人種で、ここまで親しくなれたのは本当に偶然としか言いようがなかった。
 前例があるので今回もとんでもない場所へ呼び出されるかと心構えはしてきたけれど、いざ店に目をやれば、極普通のファーストフード店。もし私に気を使ってくれているのだとしたら、大分庶民の目線でものを見れるようになった成長の証だけれど...多分彼氏だろう。この店に指定したのは。

「僕は外で待ってるから、君だけ行って来て。」
「何?別に私の彼氏ですって紹介すれば怪しまれないよ。むしろそれが嫌?」
「そうじゃないんだ。ただ顔を合わせたら不味い知り合いがいてね。」
「へぇ君にも苦手な人が居るんだ。弱みを見たのは初めてかも。」
「弱みじゃないし、苦手でもない。ただタイミングが良くないだけ。」

 そんな事いって実は苦手なんでしょ。とからかってから店内に入れば、向かい合った席に座った二人の姿が見える。机には注文したてのハンバーガーとポテトとドリンクが置かれ、両者とも楽しそうに会話をしていたけれど、入り口が開閉するときに鳴る特有の音に気が付いた彼女と視線が合った。すぐさま彼氏と思われる男もこちらを振り返ってから、こんにちはーと陽気に挨拶をする。
 ...あれ、どこかで見覚えがあるような。

「ねえ。その彼氏って死体?」
「何ってるの?やっぱり名前ちゃんは面白い事いうね。」

 女性らしく上品にくすくす笑うと、片手を彼氏の方へ向けて紹介をし始めた。そうすればニュースで騒動に巻き込まれて死亡した少年、として報道されていたはずの彼がにっと無邪気な笑顔で、よろしく!と握手をするための手を差し伸べてくる。シンプルでカラフルかつなかなか魅力的なファッションで、首に派手なヘッドフォンをしている彼は、まさに見間違うことなくニュースの彼と同一人物だ。童顔なのか相当に年下なのか、まだ若干の幼さが見える。大人しく模範的な彼女にはどうもお似合いといえないタイプではあるけれど、たちの悪そうな雰囲気も無ければ容姿も悔しいけれどなかなかで、私の許容範囲内だ。

「こちら私とお付き合いして下さることになりました、ナイスくんです。」
「私はお友達やってる苗字名前です。宜しく。」

 そうして始まった会話は思いで話と近況報告を少しだけで、まるで私たちの間にあった数か月の空白は元からなかったかのように、口に出そうとはしてこなかった。彼女にも私に避けられていることに思う所があったのだろう。それでも将来の相手が決まった大切な時には呼び出してくれることがただ嬉しかった。...やっぱり今の言葉には誤りがあるかもしれない。将来の相手が決まったからではなくて、気になる人をやっと見つけることができた、にあえて言い直そう。憶測ではあるけれど彼女がナイス君を好いていることは違いない。けれど二人の関係は本物ではなく偽物。ミニマムを狙う追ってから逃げることが日常化してきていたせいでついた人を疑う癖が、こんなところで役に立つとは思ってもみなかったけれど、恋人なんて嘘っぱちじゃないか。

 そして私は彼女に"視線を向けた"。

 三人で机を囲みながら会話をしてそう時間は経っていないのに彼女はもうハンバーガーを二つほど食べ終えていて、もっと買ってくるね、と財布を手に言い残してカウンターの方へと歩いて行った。時間帯的に間食と夕飯の境い目くらいで、なおかつここは駅前のため、それなりの長さの列ができていた。しばらくは帰ってこないだろう。

「ところで似非彼氏君は私に何か用?」
「バレてたかー。てか、なかなかいい目してんね。」
「だって彼氏紹介するなら、普通惚気の一つや二つあるでしょ。」

 彼女が場を去った瞬間に堪え合わせでもしてるみたいに、抱えていた思惑を一気に吐き出す。もしこいつが彼女をたぶらかして私に近づこうと企んでいる追手の一味なら、彼女と店員さんには申し訳ないけれど、思いっきりミニマムを使わせてもらう事となる。しかしナイス君は余りに予想外な事を言い始めた。

「俺はハマトラって探偵で、依頼されて彼氏役やってんの。」
「なんであの子が?」
「そんなの聞かなくても分かんじゃん、普通。数か月間大切な友達が音信不通だったら何か行動起こすってのは、当然だし。もう少し友達大事にしなよ。」

 ナイス君にどうしても言い返すことができなかったのは、私の失態のせいで彼女へ心配をかけすぎてしまった事への後ろめたさが少なからずあったから。口をしばらくつぐんだあとハンバーガーを口に詰め込んだのは返事が出来ない状況を作るためで、誰から見ても、ナイス君から見たってあからさまに痛い所を突かれた人の反応だ。

「じゃあ今度俺の番。さっき何のミニマム使ったわけ?」
「悪影響を与えるものじゃない。」
「あんたが悪い奴じゃないってのは何となくわかったから信じるけど、明らかにおかしいじゃん。いきなり失踪して連絡もつかなかったのに、数か月後にころっとあらわれて、そんでもって友達にミニマム使うとか。どんな事に足突っ込んでんのか知らないけどさ。」
「ナイス君って本当に探偵なんだね。でもこれは彼女の為であって、全部私の自己満足なの。」
「矛盾してて意味分かんねぇから。」
「分ってもらわなくていいよ。」

 他人に理解してもらって肯定された気分になって、正当化してほしいなんて思ってもいないし、一から十まで私のわがままで作られてるっていうのもわかっている。私が居なくなるのはただの自己満足であって、彼女に心配を掛けたくないなんていっているのは、自分の行動が正しいのだと自分に言い聞かせたいだけ。最終的に自分のことしか考えていなくて、下らない理屈で周囲を振り回しているのは、まぎれも無く私だ。
 でも結局原因もわからないまま、彼女にミニマムは効かなかった。花占いをして最後の弁化をちぎるとるときに、嫌いって口にしてしまったんだから、もうどうしようもない。

「じゃあ一つだけ約束して。」
「彼女に心配をかけるようなまねはするな、でしょ。わかってる。......いまもそれで手一杯だし。」

 彼女は示された手本を忠実に再現して、規則を破る事なんて今まで一度も無くて多分これからもないだろうし、無意識のうちに型に収まっちゃうような凄く良い子。だからこそガチガチに固まった人間になっちゃう前に、ナイス君にどうにか救ってあげてほしい。家柄がよくて女性らしくてって、私に無いものを全て持ってる彼女に嫉妬してる面もあった。だからこそ彼女は大切な友達だったから。彼女を宜しくね。
 遺言みたいに恰好付けた言葉を無責任にも吐き捨てて、異論はそもそも聞き入れてもやらないという意思表示みたいに、何か言おうとしていたナイス君と彼女を置いて店を出た。すると外に居た男が入り口付近で私を待っていて、どうだった?と質問を投げかけてくる。彼女にあえて嬉しかったし、ナイス君の存在という安心材料も増えてよかったけれど、あえて私は最悪だったよと報告した。本当に最悪な一日。


  


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