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 写真のプリントされたTシャツの上に黒いジャケットを羽織り、ブラウンのスリムパンツを合わせたコーディネートは、男の雰囲気に合わせて適当に選んだものだが、我ながらなかなかの出来栄えだ。もう少し派手な衣装を選んでも良かった気もするけれど、どちらにしろ整った顔立ちと細いうえに鍛えられた筋肉で引き締まったスタイルがあれば、見栄えは良くなったであろうし、購入してしまった今から考え直しても無意味というものだろう。当の本人としてはファッションなどに興味はないようだけれど、道端で周囲から浮いてしまっては不味い身の上のため変装もかねて普段着を脱いでくれた。どちらにしろ女性からの視線が一点に集まることは避けられないけられないのは確かでも、黒ずくめよりは幾分かましだろう。

「普段はどんな服着てるわけ?ずっとさっきの黒いやつとか?」
「服に気を遣う余裕なんてなかったから、あまり考えたことは無いな。昔は仕事着ばかりだったね。」
「へー。何の仕事?」
「それ答えなきゃ駄目だったりするかな?」
「嫌なら別にいいよ。」

 とうの昔からこの筋の仕事をしている訳ではないようで、興味が全くないと言えば嘘になるけれど、自分で予想してみるのも楽しいだろう。例えば自由業であれば芸術関係の仕事をしているような気がする。会社勤めならデスク漬けでもなければ接客業でもない...、もしくは公務員とか。しかし国に勤めていた人がここまで道を外す可能性は低い風にも思えるし、結局のところはっきりとした答えは出ずに、考えること自体を放棄して現実に意識を戻す。そしてふと二人並んで歩く様子がまるで恋人みたいだな、なんて下らないことを思いついてしまった。実際の所、今隣をすれ違った通行人たちの目にはそううつっているのだろうけれど、本当はもっと拗れた歪な契約関係にあるのだと思うと、当然寂しさが湧いてくる。同時にもう引き返せないのだと再確認してしまったことに追い打ちを掛けられ、道路一本をはさんだ向こう側の店を眺めながら、内心ため息をついていた。

「私の服...このマネキンの服一式かったらそれでいいかな。」

 気に入った店の前で立ち止まり、ぼそりと呟いてからマネキンを指さす。藍色のシンプルなワンピースにネックレス、ヒールを着こなしてポーズをとったマネキンを横目に、店に足を踏み入れると、題名の思い出せない聞き覚えのある曲が流れていた。同じ商品の在庫が何処にあるかと店員に尋ねようと店内を見回していると、背後に居た男があるマネキンに指をさしていう。

「あっちの方が似合うと思うよ。」

 レースが胸元にあしらわれた白いブラウスに、パステルカラーの可愛らしい水色のスカート。ニーソックスに、目立つ赤で足首にリボンを巻く型の靴。いかにも女の子らしい洋服達が果たして私に似合うかといわれると、個人的にノーだった。
 しかし興味がないと先ほど言ったばかりの男が自分の意見を述べるだなんて、余りに心外な言動に驚きを隠せない。しばらく言葉を発さずにじっと見つめていると、視線に気がついた男は我に返ったようにこちらを向いてから、「ああ、ごめんつい。」なんて謝罪を口にする。先ほどの言葉は、自然に口から零れてしまったのだと言うような台詞と様子で。

「私ってあんな女の子らしい?」
「ああ......、うん。」
「その間は何、その間は。」

 勢いであの服を進めてしまった責任取りをする様に頷かれても、お世辞を言われた気になりもしないけれど、まあ値段も安い事だしあちらの服にしよう。スカートなんて結構久しぶりじゃないだろうか。浮足立つ私の隣で佇む男が、物事を疑う時のあの表情を一瞬見せたけれど、眉間に皺を寄せているのではせっかくの綺麗な顔が台無しだ、と呑気な感想で塗りつぶして紛らわした。
 その要因がつい先ほどの不可解な言動であるのかの確証はないけれど、何処となくそんな気がしてしまっている。その他大勢の女の子たちと各箇所を比較してみれば一目瞭然で、女の子らしさで私が勝るなんて可能性がが非現実的とまで言えるほど零にとに近い。...いや、やっぱりちょっと言い過ぎかもしれない。自虐的な文句で自分が少し傷ついた。
 会計を済ませ、店の試着室を断ってから借りてから着替えるためにカーテンにくるまると、全身を映しだしてくれる鏡が一枚貼り付けてあった。始めは女の子らしい服が似合うといって、後ではそんなことなかったかのような反応をしたのは、私が意識し過ぎていたからなのだろうか。鏡で着替え終わった姿を見ながら一回転してみるけれど、とりたて似合うような気がしないのは男と私の好みや感性が違うから、か。

「ねえ、どう?」
「凄く可愛らしいと思うよ。」

 何だか言わせている感が否めない状況が全てを台無しにしてしまうけれど、嘘偽り一切を横切らせずに発された褒め言葉を笑顔で言ってのける男は、女性の相手が随分上手い。こんな場面で脈が速くなってしまうのは女の性として避けられないことだとしても、自分にしては珍しい事もあるものだ、と俯く。甘酸っぱくなく暖かくない、むしろ限りのない渇きに似た寂しさを感じた。もう長い所青春なんて単語を耳にしていなかったし、恋なんて頭の片隅にも在りはしなかったせいか、原形がどんなものだったのかすら忘れてしまっているから、この感覚がそれであるのかわからない。でも一般的に言う恋とやらには当てはまらないし、恐らく違うという事は何となく思った。
 数軒隣の店前に止まっているのは鮮やかなオレンジ色をした車体で、キャラメル・チョコ・イチゴ...とおいしそうな名が並んだメニューを掲げている。さっと目を通して店員さんに「ティラミスクレープ一つ」と注文すれば、営業スマイルを浮かべながら、黄色い生地を道具を巧みに使いながら薄く伸ばしていく。続いて「僕も同じのを」と男がもう一つティラミスクレープを注文した。

「甘いの苦手だったりしない?」
「むしろ好きな方だよ。人並み以上位には。」
「あっそういえばさっきコーヒーに。」

 砂糖をいくつもいくつも入れてたっけ。ああそういえば、と思い出したように私と似た反応をしたとき、丁度店員さんから声がかかってクレープが二つ差し出された。そもそもクレープとティラミスは別のスイーツだと思うけれど、食べてみれば予想以上の甘さが口に広がり大変美味だったので、店前でティラミスの乗ったクレープについて口出しするのはやめた。しばらく黙々と生地とクリームもろもろを胃に詰め込んでいたけれど、いきなり隣で同じ作業をしていた男に手首を強く握られる。

「逃げるよ。」
「え?」

 一音口にするのが精一杯な短い秒数の中で、私の手を引きながらぐんぐん前へ進んでいってしまう。私の手にあるクレープはやっとこさ半分消費していて、男のクレープもそれなりに減っていたけれど、大きく揺れ動かすと当然のこと道路を汚すことになる。とっさの出来事にクレープを死守する行動をとれなかったため、もう手元にクレープは無い。普段であれば残り半分のクレープを惜しがるくらいの事はしたけれど、今はそれどころじゃなく余裕もない。状況を理解しないまま細い道を突き進み、物影に隠れて一旦歩行をやめた。

「何があったの?」
「さっき君を拉致した連中の追手が迫ってる。僕も君も自分の身を守るだけの力は持ち合わせているけれど、人前でミニマムを使って余計な注目を浴びるのは避けたいと思ってね。」

 立派な判断力に賞賛の言葉一つでも言いたかったけれども、追ってから逃れている現状況で不必要な音を立てるのは、懸命とはいいがたい。そっと息をひそめながら追手が過ぎ去るのを待つのが最善策だろう。

「いったかな。」

 男の合図で立ち上がると、来た店とは逆の方向にまた腕を引かれながら、細い道を抜けた。汚れてしまった服をぱっと手で払いのけながら人通りの多く明るい未知に出て、誘導してくれた男へ感謝を述べて、安堵の溜息を吐いた。丸一日追ってと鬼ごっこを続けながら買い物をするのだと考えると気が重くなる。身の安全を懸念しなくて良いのが責めてもの救いだけれど、そうすると一番厄介なのは群衆の目になる。人が多く集まるこの通りはとくに不利であろうし、移動した方がよさそうだ。
 何処行こうか?と質問しようと口を開いた矢先、ポケットに放り込んであった携帯電話からバイブ音が鳴って振動が伝わってくる。確認すれば着信メール一通の文字が端末に浮かび上がっていて、あまりに予想外な人物の名が表示されていることに動揺を隠しきれず、男に不審がられてしまった。

「友達から今すぐ会いたいってメールが来たんだけど。いい機会だしここ離れよう。」
「その友達は信頼できる?」
「絶対できるから、保証する。」
「なら決まりだね。元々僕に行先を決める権限は無いけれど。待ち合わせ場所は...此処からなら近いよ。」

 彼氏ができたから会いに来てほしい、というメールの無いように驚いたわけではなくってただ送り主が彼女であったこと自体が信じられなかった。彼女は絶対に信用できる友達ではあるけれど、それは一日前までの関係で、今となっては過去形で表すべき事実なのだから。

  


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