出会いはあのオレンジコート、眩しいライトに照らされた真っ黒なユニフォーム姿に、わたしは一目で恋に落ちたのだ。






「まーたやってんの、ネットストーカー」
「すっ、すとーかー?!そんなんじゃないもんタイムライン警備だもん!」

後ろからひょいっとわたしのスマホを覗き込んできたのは、高校に入ってから出来た、今では1番の友達の奈美。青い鳥のSNSを弄っていたわたしをからかうように笑った。
三限の授業が終わって、ちらほらと早弁する人もいる教室。ロッカーに四限の教科書を取りに行ってきたらしい奈美は、自席でスマホに勤しんでいたわたしに後ろから抱きついてきた。そのまま画面を眺めながら、ほらやっぱりネットストーカーだとにやにやする。


「でもどうせまた憧れのすなくん?でしょ?」
「角名倫太郎くんだよ!」


角名倫太郎くん。

遠く離れた兵庫県の、同い年の男子高校生。稲荷崎高校のバレーボール部に所属している。そしてこの前の春高バレーでは全国大会に出場していたほどの、所謂強豪校でスタメンになっている。つまりバレーがすっごくうまくて、すっごくかっこいい選手なのだ。

なんの接点もなかったわたしが、角名くんのことを知ったのは、なにを隠そうその春高バレーの試合を見に行ったからなのだ。
親戚のお兄ちゃんが春高で試合にでるとかで、家族みんなで応援にいった。その学校は残念ながら2回戦で敗退してしまったのだけど、せっかくだし、とたまたま観戦した稲荷崎高校対烏野高校の試合で、わたしは角名くんに一目惚れをしたのだ。
親戚がバレーボール一家だったこともあって、そこそこバレーボールについて知ってはいたけれど、遠く離れた県の一選手についてまで知っているほどのオタクではなかった。なので試合が終わって帰ってきてからはネットを漁りまくり、試合に負けたショックを受けているお兄ちゃんを慰めながらも月バリの稲荷崎のページを読み漁り、一縷の望みをかけて青い鳥のSNSでアカウントを探してみたら、見つけたのだ。稲荷崎で検索をかけて、その高校の生徒を見つけたらあとはフォロワーを辿っていけば割とあっさりと見つけられた。
ドキドキしながらもそっと無言フォローした。アカウントが非公開じゃなくて良かったと心から思った。そしたらフォローが返ってきた。心臓が止まるかと思った。
[春高バレー見てきた!稲荷崎かっこよかった!]
という数時間前の呟きにいいねされた。喜びと混乱で叫んだ。傷が癒えないお兄ちゃんにはキレられたし、母親には不気味がられた。ごめんなさい。
とりあえず調子に乗って、
[個人的に10番さん推してます綺麗だった]
とまたツイートしておいた。いいねしてもらいたいような、気持ち悪がられたくないし気づかれたくないような、でも溢れるこの気持ちが止められないような、いろんな気持ちがごちゃ混ぜになりながら呟いて、そっと通知を切った。
だってまた叫んで怒られたくないし。
数時間後、深呼吸して心の準備をしてまたアプリを開いたらいいねがきていて、やっぱりまた叫んだ。女の子らしくない奇声をあげた。隣の部屋で寝ていた父親を起こしてしまって、壁を蹴られた。壁に向かってごめんなさいと言っておいた。




「うーん、でもまあ、つまりはネットストーカーみたいなもんよね」
「ファン!ただのファン!ちょっと熱狂的に見守ってるだけのファン!」


遠距離片思いなんてご苦労なことで、と笑いながら自分の席に戻っていった奈美の背中をじとっと睨みながら、可能性ないのなんてわかってますぅと唇を尖らせた。

わかってる、けど、恋に落ちてしまったのだから仕方ないのだ。


真っ黒なユニフォーム姿が力強く跳んで、相手コートにボールが叩きつけられるところを見て、わたしはただただ綺麗だと思った。綺麗で、無駄がなくて、とても美しかったのだ。




***



「角名、部活いかんの?」
「あー治、ちょっとまって」


放課後の教室で荷物をまとめてからスマホをひらく。青い鳥のあのアプリから通知がきていたからだ。
開くとやっぱりあのこからいいねが押されていた。



「でた、角名のファンの子やろ、それ」
「でたってなに。てかそういうのじゃないって、たぶん」


スマホを鞄にしまってから、治と部活へ向かった。3年生が引退した部活。自分たちが中心。
負けてしまったときはすごく悔しかったし、先輩と別れたくなくてそれなりに悲しかったけど、少し経った今では、新体制の部活にくすぐったいような、わくわくするような、なんかそんな感じがする。泣いても笑っても最後の一年、悔いがないようにしたいし、なによりこのメンバーでのバレーボールがすごく楽しいのだ。無気力っぽく見られがちな俺だけど、これで結構やる気でてたりする。

それと、ちょっと話は変わるけど最近の密かな楽しみ。それは、遠く離れた県に住む、本名も顔も知らない同い年の女の子、その子のSNSをゆるく見守ることだ。
どうもその子はこの間あった春高バレーの舞台で、稲荷崎の試合をみて、それでわざわざ俺のアカウントを見つけてフォローしてきたらしい。しかしなぜか、試合でもっと目立っていたであろう侑のアカウントはフォローしていなかった。それに不貞腐れた侑が、その子は角名のフォンに違いない、生意気だ、って騒ぎ立てた。そのせいで、俺がスマホをいじっているところを見ると、部員がまたファンの子?とからかってくるようになってしまったのだ。ちょうど、さっきの治みたいに。いや、治はまだましだ。侑とか銀とか、にやぁってしながら、よっモテ男、なんて言ってくるからたまらない。そんなんだから、よく知らない女の子からフォローされて、しかも稲荷崎(というか俺)に好意的な呟きを見ても、嬉しいというよりもなぜ俺?と疑問に感じてしまう。いいねは押したけれども。
まあその子も最近は日常の呟きしかしていない。でもなんだかそれが、かえって全く知らない女子高生の存在を生々しく伝えているようで、ああ実在の人物なんだなあと思ってしまう。しかも結構頻繁に更新していて、俺なんかは朝の通学のときと部活前と寝る前くらいしかタイムラインを見ていないけど、その間に何個もその子の呟きがある。今日は四限の現代文で当てられてしまって、ぼーっとしていたせいで質問を聞いてなくて恥をかいたらしい。ちょっとアホな子なのかもしれない。



***



時は少し流れて3月。
高校2年生ももうすぐ終わって、春休みを目前に控えたある日。私は奈美と机を向かい合わせてお弁当を広げていた。


「奈美さん。ちょっと聞いてください」
「おうおう名前さん、ええですぜ」
「実は、春休み、兵庫旅行が決まりました!」
「え、まじで?」

そう、兵庫。
あの兵庫だ。
憧れの稲荷崎高校がある兵庫県!


「じゃあ角名倫太郎見に行ける感じ?」
「それがですね、厳しそう」
「だめやん」


まず兵庫旅行とは言ったものの、メインは大阪なのだ。
家族旅行で4泊5日。京都にも奈良にも行く予定で、すごく欲張った日程になっている。そのうちの1日を、わたしの熱い要望で兵庫にあててもらったのだ。つまりチャンスはたった1日。
どうしても行きたいところがあると言ったら、母親は興味なさげに勝手にすれば?と言ってくれたものの着いてきてはくれないようで、家族とは別行動して時間を決めて集合することになった。流石に未知の土地でひとりぼっちは怖いです。しかし母親は、わたしが会いたい人がいると言ったのを、友達か何かだと勘違いして、その子に案内してもらいなさいと言われてしまった。案内してもらえるほど親しくないし、そもそも会えるかもわからないです。個人的には稲荷崎の校門を覗いてそっと立ち去るくらいの気持ちでいました。だって向こうからしたら、わたしはただの知らない人。わざわざはるばる兵庫までストーカーしに来たみたいになっちゃう。華の女子高生、変質者に落ちぶれてしまうのは避けたい。


「ふーん、まあ、楽しんでおいで」
「ありがとう!お土産買ってくるからね!」
「ありがと、憧れの人、会えるといいね」


奈美ってば本当にいい子だ、大好き。

旅行までにじっくり地図アプリで稲荷崎のまわりをチェックして、電車の乗り換えも確認した。
旅行の荷物に、持っている服で1番可愛い、いつかデートの時に着たいなぁと思いながらも出番がなかったスカートをいれた。無駄に気合を入れてコーディネートを考えたし、貯めていたお小遣いで新しくリップグロスや、きらきらのラメが可愛いアイシャドウなんかも買ってしまった。旅行の前日には、派手すぎず女の子らしいピンクを基調としたネイルを施し、お風呂にしっかり浸かって、パックをして、マッサージをしながらボディミルクを塗りたくった。兵庫へ行くのは明明後日だけど、旅行にスキンケアアイテムをそんなにたくさん持っていけないので今日やるしかなかった。この最高のコンディションのまま兵庫に行きたかったけれど仕方がない。代わりにフローラルのボディミストは荷物に忍ばせたので、兵庫ではいい匂いの女の子になろうと思う。


そんなこんなで迎えた兵庫旅行当日。
神戸に向かう家族と別れて、何度も確認した稲荷崎高校へ向かう電車に乗り、乗り換えにも成功し、最寄り駅に辿り着いた。ここが角名くんが通う道、角名くんがいつも見ている風景!何の変哲もない道をスマホで連射しながら歩くわたしを、訝しげな目で見るおばあさん。お気になさらず、不審者ではありません、ただちょっと興奮が抑えられないだけなんです。
少し歩くと、稲荷崎高校へ辿り着いた。校門のかげから敷地を覗き込んでみると、春休み期間にも関わらずちょっとした人だかりができていた。不思議に思って様子を伺っていると、どうやら体育館でバレーボール部の練習試合が行われるようだ。人だかりは他校のバレー部の方と保護者やその他関係者で、これはもしかして紛れこんでもバレない?と思ったけれど、みなさんしっかり関係者のカードを首から下げていらっしゃって、これはだめなやつだと察した。わたしは兵庫まで旅をしちゃうような行動派ではあるけれど、リスクは犯せない質なのだ。もし見つかって怒られてしまったら、さらに憧れの角名くんにその怒られているところを見られてしまったら。わたしはもう、生きていけないかもしれない。もともと校門だけみて帰るつもりだったのだ、潔く諦めよう。
悲しみながら校門の前に立っていると、突然後ろから声をかけられた。


「あなたも練習試合観戦?」
「えっ、あ、はい、いいえ!」


びっくりしすぎて変な返しをしてしまった。
声をかけてきたのは、練習試合の相手校の顧問の先生らしい。美人の先生にたじたじとしながらも、正直にわけを話した。こういうときに咄嗟に上手い嘘がつけるタイプではないので、ありのままを話すことにしたのだ。するとその先生はすごくキラキラとした瞳で、それってすっごく素敵!とわたしの手をとった。


「憧れの人を一目みるためにわざわざ遠くまで来て、でもその姿を見れずに帰るなんて勿体ない!本当は駄目なんだけど、入校許可証貸してあげる!」
「え!いいんですか!」

もちろん、とにっこり笑う顧問の先生。ただし、と厳しい顔になって、これは本当はいけないことだから絶対に秘密にすること、試合の邪魔はしないこと、その他いくつか注意点を守れないなら許可証は貸せない、とのこと。わかりました、本当にありがとうございます、と頭を下げると、その先生は微笑んでいいのよいいのよ、と許可証をくれた。試合が終わって、相手校が帰る前のタイミングで返しに行けばいいらしい。いそいそと許可証を首に下げて、顧問の先生に教えてもらって、裏手側から体育館に入る。すぐの階段を登ってギャラリーから観戦するのが邪魔にならないし危険も少ないしいいらしい。すでに人はちらほらいたけれど試合に出ない選手や在校生で、私みたいに私服、しかもかなり気合いが入った服装の人はいなくて、少し浮いてしまう。しかし体育館でアップしている人達のなかに、角名くんを見つけてしまってからはそんなことはどうでもよくなった。

角名くん。
春高のとき以来の生角名くん。
しかも春高はコートが遠くて、しっかりとは見えなかったけど、今は声が届くほど近くにいる。

興奮のあまり、目は潤み手は震える。またあの綺麗なバレーが見られるのかって、心臓がどきどきしている。はやく試合しないかな、と手すりをぱたぱた叩いていたら、あの顧問の先生が手を振ってくれたので全力でお辞儀をした。ギャラリーにいる他の人がなんだろうあの子という目でわたしを見るけれど気にしない。今日は人生最高の日だ。生きていてよかった。



「お姉さん向こうの応援なん?」

突然声をかけられて、そっちを向くと稲荷崎のジャージに身を包んだ背の高い男の人が。あれ、この人ってまさか


「宮、えーっと、侑くんですか?」
「おっあたり」

有名人じゃないですか、稲荷崎すごい。いやまあ春高でも見たけれど。だってほら、宮侑って月バリで見る人、というかもはやテレビで見る人。実物は画面で見るよりずっと存在感がある。スポーツマン、ってかんじの筋肉がついた体に、校則緩いのかなぁと思ってしまうような金髪、そして、なにより、やっぱりすごくイケメン。


「名前ちゃん、向こうの応援なん?」
「いえ!稲荷崎です」
「あれ、でも顧問の先生と知り合いなんとちゃいます?」
「ついさっきお世話になったんです」


首をこてんと傾けて聞いてくる宮侑さん。イケメンなのに可愛い。罪だ。しかしまあ、まさか忍び込む手助けをしてもらったなんて口が裂けても言えない。この話題を掘り下げられるとボロがでそうで怖いので、自然に話を逸らした。
どうして宮侑さんはアップしていないのか聞いたら、昨日の練習で軽い怪我をしてしまい、大事をとって今日はお休みするそうだ。試合にとても出たそうにしていて、少し気の毒だった。でもこれで悪化でもしたら大変だ。わたしもゆっくり休んだ方がいいと思う。
宮侑さんのコミュニケーション能力が異常に高いおかげで、初対面でも会話は途切れることなく続いた。未だにアップ中の角名くんを見つめながら会話していたせいで、わたしの住んでいるところについて話してしまい、なぜ遠く離れたここにいるのか訝しげな表情をされてしまったが、親戚の関係で、とはぐらかしておいた。もちろん嘘です。


「なーなー名前ちゃん、もしかしなくても角名のファン?」
「えっ、いや、えっそんなことないですよ!」
「いや隠さんでええよ」


ずっと角名のこと見てる、バレバレと笑われてしまっては、返す言葉もございません。
始まった試合を眺めながら、宮侑さんは合間に少しお話をしたり、いつもコートに立ってる側だからこそわかる解説なんかを挟んでくれたりした。わたしは本当に、バレーボールはルールがわかる程度で、細かい戦略だとかテクニックの話になってしまうとよくわからない。なのですごくためになった。角名くんがきっかけで稲荷崎が好きになったけれど、こうやって選手の特徴や得意なこと、すごいところ、果てには好きな食べ物から過去の恥ずかしいエピソードなんかを聞いてしまうと、愛着というか親近感というか、もっと好きになってしまった。
宮侑さんはすごく話が上手で、しかも聞き上手だった。だからいろんな話を教えてもらいつつも、気がつくとわたしが角名くんを好きになったきっかけを話してしまっていた。わたしって口が軽いのかもな、と思ったけれど、きっと宮侑さんのせいだ。パーソナルスペースに潜り込むのが上手って感じがする。

試合は稲荷崎の勝利。3年生の抜けた穴がまだあるのか、素人目にもガタついたように見えたところはあったけれど、それでも見事な勝利だったと思う。
角名くんはもちろん、宮侑さんの片割れの宮治さんもたくさん点を決めていて、すごくかっこよかった。宮侑さんに、どこがよかったとか跳び方が綺麗だとか、 角名くんがやっぱりかっこよかっただとか、とにかく興奮冷めやらぬままに語り尽くしたら、宮侑さんは嬉しそうに笑って、また応援してな、と片付けの手伝いにギャラリーから降りていった。ああ、チームのこと、大好きなんだろうなって思いながらふわふわにこにこと片付けの風景を眺めていたら、角名くんがこっちを見ている気がした。見つめ返したら目を逸らされたので、もしかしたら気のせいだったかもしれない。でも憧れの角名くんと目が合ったかもしれないというだけで、わたしは白米3杯くらいいけちゃうかもしれないです。ありがとう。やっぱり今日は人生最高の日だ。

そのあとそそくさとギャラリーを降りて、入ってきたときと同じ裏手から外に出て、許可証を返しに顧問の先生のもとへ行った。お疲れ様です、かっこよかったですよ!と言っても、あなた本当に角名くんって子しか見てなかったわねと笑われた。おかげさまで心ゆくまで見れました。
何度もお礼をして、名残惜しいけど先生とはお別れした。顧問としての仕事もあるだろうし、わたしがいつまでもそこにいては邪魔になってしまうと思ったから。それにそろそろここを出発しないと、家族との集合時間に間に合わないかもしれない。

さて、と電車の時間を調べようとスマホに目を落としたとき、控えめに肩を叩かれた。振り返るとそこにいたのは角名くんで、驚きのあまり思考も動作も停止した。心臓が一瞬口から出そうになって、それから早鐘を打ち始めた。ほんもの、角名くん、こんなに近くに、しかも肩をちょんって。混乱と歓喜と恥ずかしさで頭がぐらぐらする。


「えっと、突然ごめんなさい、侑から聞いて。もしかしてこの子かなって」


違ったらごめんなさい、とスマホの画面を見せてきた角名くん。そこにはわたしの青い鳥のアカウント。


「えっあ、はい!そ、そうです!」
「やっぱり?わざわざこんなこところまで来たんだ」
「り、旅行で近くまで来たので、あの、学校だけ見るつもりが試合まで見ちゃいました!お疲れ様です、かっこよかったです!」
「ありがとう。名前なんていうの?」

かつてこんなに緊張しながら名乗ったことがあっただろうか、というほどがっちがちになりながら自分の名前を3回くらい噛みながら言う。


「名字さんかー。実はさ、結構気になってたんだよ、突然フォローされたし」
「あ、ごめんなさい、友達にもストーカーみたいって言われて、気持ち悪かったですよね
…」
「いや別にいいよ。ただちょっと部員がうるさかった」

ファンができたなってからかわれたから、と控えめな苦笑いをする角名くん。わたしのせいでからかわれている角名くんを想像したら、なんだかとても恥ずかしかったので考えるのをやめた。
片付けが終わってミーティングまでに少し時間があるからわたしに話しかけに来てくれたらしい。すこし緊張もほぐれてやっと自然に話せるようになってきたころに、角名くんはチームメイトからミーティングだと呼び出されてしまって、わたしは電車の時間がそろそろとなってしまった。本当はもっとお話したいし、あわよくば稲荷崎の生徒になりたい勢いだけど、それは叶わぬ夢だ。悲しいけれどお別れしなくてはいけない。
目に見えてしゅんとしたわたしに気を使ってくれたのか、角名くんはトークアプリで友達になってくれた。新しい友だちの欄に表示される角名倫太郎の文字に、口角がだらしなく緩むのを感じた。

「えへへ、嬉しいです、ふっふふ、ありがとうございます!」
「そんなに喜んでもらえると俺もなんか嬉しい」


そのあとはミーティングもあるみたいだし速やかにお別れして、全力でお辞儀しながら手を振って稲荷崎高校を後にした。

帰り道を歩きながら、今日は夢みたいな1日だったとしみじみと思った。あわよくば、という気持ちがなかったとは言いきれないけれど、旅行前は稲荷崎高校の門を見るだけでも満足だと思っていた。というかむしろ聖地巡礼くらいの気持ちが大きかった。それが練習試合を観戦できて、宮侑さんとお話できて、極めつけは角名くんとまでお話できてしまったのだ。しかも青い鳥だけの繋がりだったのが、トークアプリでも繋がってしまった。しようと思えば通話だってできてしまうのだ。(もちろん恐れ多くてかけられませんけど。)
人生こんなにいいことがある日があってしまっていいのだろうか。神様はわたしを盛大に甘やかしにかかっているようだ。ありがとう神様、わたしこの幸せでしばらくはフルスロットルで頑張っていけるよ。ステップでも踏むかのような足取りの軽さで駅までの道を歩き、電車に乗ってからは
[人生が楽しくって楽しくってどうしよう]
とにやけ顔で呟き、角名くんとのトークルームに、長ったらしくならないように、それでいて上品で可愛らしい文章を送ろうと数十分考えた末に、控えめに
[名字です、今日はお疲れ様です!]
とだけ送った。考えすぎて、シンプルイズザベストかな、という結論に辿り着いた。しばらくすると返信がきて、
[ありがとう]
[帰り道気をつけてね]
という文字をりんごのスマホの特権、3Dなタッチで確認、すぐにはメッセージを返しません。がっついてるみたいじゃん、いや本心はがっつきまくってるんだけど、今すぐ引き返して角名くんの元にいたい。というか角名くんのお隣に心置いてきたレベルなんだけど。こんな感じだから、一旦落ち着いて返事を考えてからじゃないと変なこと送っちゃいそうで怖い。ネットストーカーまがい、というか直接会っちゃったかられっきとしたストーカーになりかけてるけど、それでもやっぱり引かれたくない!

あーーー!もう!幸せすぎてどうしよう!


なんでもかわいくなる魔法


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