初めまして
「ハイ!じゃあ みんな自己紹介ね!」
ぱちん、と手を叩いたのは五条先生。がらんとした教室に横並びに机がよっつ。男、女、パンダ、女。
「じゃあまずは棘!」
「しゃけ、すじこ」
「狗巻棘くんです。次!真希!」
「…禪院真希」
しゃけ、すじこ?
疑問に思ったのは私くらいだったみたいで、雑すぎる自己紹介は端から順番に行われた。
「次、パンダ!」
「パンダだ、よろしく頼む」
「ラスト、名前!」
「名字名前です」
パンダ?
そう疑問に思ったのも私くらいだったみたいで、特に質問等が挟まれることなく自己紹介は終わった。
たった4人のクラスメイト、空気から察するに私以外は初めましてではないご様子。ちょっとやりづらいなぁ、なんて。
「お互いのことは、まあぼちぼち知っていこう!特に名前、こっち来たばっかりだもんね」
「あ、はい」
噂の五条悟がこんな感じだとは思ってなかったから、少し拍子抜けしながらもそう答えた。
ここは、呪いを祓うために呪いを学ぶ都立呪術高等専門学校。私たちは新しく入学した1年生。ワクワクドキドキの高校デビュー、新学期、なんて空気とは程遠い。呪いを学ぶ、なんて銘打った学校なだけある。
「じゃあ午前は座学で、午後からは体術。ペアでやるよ」
お昼ご飯の後、ぞろぞろと屋外に出る。
「とりあえず真希と名前、棘とパンダでやろう。女子二人はこれ」
手渡されたのは一尺に満たない棒切れふたつ、禪院さんは長い棒ひとつ。
「普段使ってるマジの武器だと危ないからね、これで手合わせしてよ」
手元の棒を握る。少し軽すぎる。手に馴染まない。それに、私はどちらかというと距離をとって狙撃したいタイプだ。近接戦闘は好きじゃない。それでも実習だから、何も言わず両手に棒をしっかりと握った。
「初めましてだからね、真希と名前、行こうか。棘とパンダはその辺で見学」
「はーい」
「しゃけ」
のそのそと草むらに座り込んだパンダと、その横に腰を下ろした狗巻くん。
「じゃーお手並み拝見ということで」
禪院さんが構えるから、私も少し腰を落とす。
「それじゃあ、ようい」
ぱちん。
先生の手の鳴る音に合わせて、禪院さんが大きく棒を振るう。咄嗟に後ろに飛び退くけど、体勢が整わないうちに二撃目が加えられたから、左手の棒で受け止める。それをいなして間合いを詰めようとすると、すかさず蹴りを入れられそうになって慌てて避けた。
禪院さん、めちゃくちゃ動ける人だ。というか元々こういう戦闘スタイルなんだろう。私じゃ少々分が悪い。
「ふうん、ひらひらと舐めた制服の割には動けるじゃん」
距離をとった私に禪院さんがそう言った。
呪術高専の制服は、要望を出せばカスタマイズが可能だ。私の制服は、腕部分がゆったりとしていて、着物の袖のようになっている。スカートも膝丈だ。
「禪院さんはすごく動ける人だね」
「名字で呼ぶな」
再び迫ってきた棒に、とん、と飛び乗り、手を伸ばして禪院さんの肩を掴む。そのまま禪院さんの肩を支点に棒を蹴ってくるりと回って背中側に着地すると、そのまま右手の棒を振りかぶる。しかし、薙刀でいう石突側で突かれて、避ける為に身を捩ると右手の棒は空を切った。諦めて右手の棒を禪院さんに投げるけど、軽く首を傾けるだけで避けられた。その隙に禪院さんの棒を空いた手で掴んで引き寄せ、バランスを崩したところを柔道の要領で投げようとしたら、逆に私が華麗に足を引っかけられて投げられた。
「はいそこまで!」
私が地面に押さえつけられたところで、五条先生のストップがかかった。
ひょい、と起き上がった禪院さん。私も立ち上がって、制服についた土埃を払う。
「うんうん、やっぱり真希は呪具使いだから強いね。名前ドンマイ!」
「はあ」
呪具使い。禪院さんが普段から持ち歩いてる大きなケースはあれ、呪具を入れてあるのか。
次は狗巻くんとパンダの番だ。草むらに直接座るのが何となく嫌で立っていたら、その隣にどっかりと禪院さんが座った。
「まあまあやるじゃん」
「…どうも」
紐で括られた禪院さんの髪が、風でさらりと揺れた。春の風は暖かくて、こんな真っ黒な制服ではなくて、もっと明るい服が着たい気持ちになる。制服のカスタムって、全面的な色の変更も認められるんだっけ。流石にダメだったかな。
「禪院さんは呪具使いなんだね」
「だから、名字で呼ぶな。真希でいい」
「わかった、じゃあ真希」
「ん。そうだ」
そんなに名字呼びを嫌がる理由でもあるのかな。
…ああ、そう言えば禪院家に呪力を持たない娘がいる話を聞いた事があるような気がする。真希がそうなのか、と勝手に結論づけて納得した。御三家の家庭の事情ってやつは面倒臭そうだ。
その後は、特に会話もないまま狗巻くんとパンダが組手をしているのをぼんやりと見つめていた。小柄な狗巻くんが、大きなパンダくんの打撃をひらりひらりと躱す様は見ていてなかなかに楽しかった。
「今日は終わり!」
その後、ペアを変えて何度か手合わせをして実習は終わりになった。同じ女子寮に帰る者同士、真希と並んで歩く。
「名前は京都から来たんだって?」
「そうだよ、知ってたんだ」
「あーまあ、風の噂で」
「そっかぁ」
「…そのひらっひらした制服、邪魔じゃねえの?」
鬱陶しそうな顔で真希が私の袖を指さす。確かに、真希みたいな戦闘スタイルでこの服装だったら少々動きにくいだろう。
「別に、邪魔じゃないよ」
それに、理由もなくこの袖にしているわけでは勿論ない。それには私の生得術式が関わっているわけだけど、会って初日でぺらぺらと話す内容でもないと思って深くは語らなかった。
晩御飯、高専敷地内の食堂へ真希と向かう。それぞれ好きなものを選んだあと、どこに座ろうかと見渡すと、こちらにひらひらと手を振るパンダが見えてそこへ向かった。隣には狗巻くんも座っている。
テーブル席に四人で座る。昼間教室で顔を付き合わせていたメンバーが、こうして食堂で晩御飯も共にするというのは、全寮制ならではだと思う。
「真希と名前は仲良くなったのかー」
「真希に寮の案内してもらったよ」
「コイツ何も知らねーの!悟がちゃんと教えてないから」
「ありがとね真希」
「はいはい」
パンダが私と真希を見比べて笑った。そういえばパンダはパンダなのに、普通に男子寮へ帰っていった。カテゴライズ的には男子なのか、と思った。
「ねえ、パンダは何でパンダなの?」
「あー俺?俺はな」
簡単に説明してもらった。
パンダは、パンダじゃなかった!
突然変異呪骸といって、呪いを宿した無生物、つまり喋るし動くし感情も持ったお人形だ。
めちゃくちゃ気さくでよく喋るから、ツンツントゲトゲしがちな真希と、時折しゃけ、とかすじこ、とか言うだけの狗巻くんとは大違いだ。
「そういえばずっと気になってたんだけど、狗巻くんはどうしてしゃけしゃけ言ってるの?」
「ツナマヨ」
「あー棘はな、呪言師の家系なんだ」
「…あ、狗巻家」
「そうそう!だから語彙をおにぎりの具に絞ってんだ」
「そゆことかー」
「しゃけ」
言葉に呪力を込めて放つ、結構レアな術式を持つ呪言師の家系が狗巻家だったはず。喋る言葉が武器になるから、語彙を絞るっていうのは安全面に非常に配慮した結果だろうとは思うけど、正直マジで何言ってんのかわからない。外国人と、言葉はお互いわからなくても表情とジェスチャーで何となく通じ合えることってあると思うけど、狗巻くんは食事中以外は顔の半分くらいを覆ってしまっているし、目元はどちらかと言うと覇気がなくて何考えてるのかわからない。なかなか意思疎通が難しいクラスメイトだな…と、正直困る。何故かパンダも真希も狗巻くんの言いたいことを理解している様子だから、私にもそのうちわかる日が来るんだろう。…来ないとしても、少なくとも通訳はいる。
食べ終えて少し雑談してから寮に帰った。また明日ね、と真希と別れて部屋へ入る。学生寮の一人部屋にしては広々とした作りに、都立高校のくせにちゃんとしてるな、なんて思う。
ベッドに入って目を瞑ると、実習でちゃんと運動したからかすぐに眠りに落ちた。
川底を大きな生き物が悠々と泳いでいて、それをただ見つめるだけの夢を見た。