五条悟は先程から隣でユラユラと揺れる頭が気になってごく弱い力でぺし、と叩いた。ふぎゃ、と奇妙な呻き声を上げて、その頭は叩かれた勢いのまま向こうへ倒れた。

「あ、悟が名前殺した」

向かいに座る硝子がグラス片手に冗談めかして悟を詰った。

「物騒なこと言わないでくれる?」
「殺された〜」
「ほら名前も殺されたって言ってる」

倒れたまま顔を悟に向けて名前が締まらない表情のまま、私は死んでしまったぁー、悟が殺したぁー、と声を上げる。
この酔っぱらいめ、と名前の腰をむんずと掴んで名前を起こすと、水の入ったグラスを押し付けた。

「飲みすぎ、水飲んで」
「やだぁ、しょうこ、私の麦ちょうだい」
「はいよー」
「硝子!」

麦焼酎のロック、すっかり出来上がった名前はそれをショットみたいにぐい、と飲み干した。空のグラスで氷がからんと高い音を鳴らす。

「どうすんのコレ」

へにゃりへにゃりと溶けるみたいに悟にもたれかかった名前をジト目で眺めつつ、悟は硝子に問いかけた。硝子は涼しい顔でグラスを傾けて、それから悟に任せる、とだけ言った。

アルコールが得意ではないため素面のままの悟は、ため息をついて、これ以上名前がアルコールを摂取しないようにお酒を遠ざけて、それから水のグラスを目の前に置いた。

悟の腕にぐりぐり額を押し付けて、寝言みたいに何事かむにゃむにゃ呟いている名前を無感情に振り払った悟はまたため息をついた。

高専時代のクラスメイト、今は一級呪術師の名前の欠点は、この酒癖の悪さだった。飲みすぎて潰れるまでがワンセットで、硝子はそれを面白がって止めないし、自力で立つこともできないほど酔った名前を連れ帰るのは悟の役目だった。



硝子が満足してお開きになった飲み会、悟は名前を送り届けるべく雑に背負って夜道を歩き出した。
また自分がこの面倒な役回りだ。


「さとるだ〜」
「はいはい悟です」
「あはは」
「…楽しそうだねぇ、背中で吐かないでね」
「ちょーよゆー」

楽しそうにふくふくと笑う名前は、三人で飲んでいた居酒屋からほど近いマンションに暮らしている。
慣れた様子で名前の鞄から鍵を取り出してマンションに入り、部屋を開け、雑に名前をベッドに下ろした。

「水飲んでから寝なよ」
「ん〜」

ベッドに座ってゆらゆら揺れている名前に背を向けてコップに水を注いで、またベッドに戻ると案の定名前は倒れ込んでいた。

「ほら水、飲んで」
「飲ませて〜」
「やだ自分で飲め」

露骨に嫌そうな顔をして、片手にコップを持ったまま空いた手で名前を掴んで起こす。抵抗せず起き上がった名前はコップを両手で持って、ゆっくり水を飲み出す。こくりこくりと微かに動く白い喉。

悟が空いたコップを受け取ろうと手を出すと、名前の手がその手をぐい、と掴んで引き寄せた。
全く予想していなかった悟はバランスを崩して名前に向かって倒れるが、咄嗟にベッドに手を付いた。
悟が顔を上げるとすぐ近くに名前の顔があって驚いて目を見開く。すると無遠慮に名前の手が悟の後頭部に回って、そのまま唇と唇がくっついた。

「!」

目を閉じた名前のまつ毛まで見える距離に驚いて固まる悟。
薄く目を開いた名前と目が合って、心臓がおかしな音を立てた。

名前は口を開けてぱくり、と啄むみたいにまたキスをして、舌で悟の唇をなぞった。おかしいくらいぞくぞくとした痺れが走って、悟が慌てて名前から離れようとしたのに、それを拒むように名前が悟の頭を抱える手に力を込めた。
くちゅり、唾液が立てる水音にぶわ、と鳥肌が立って、これはマズい、と力を込めて名前を振りほどいた。はぁ、と名前が息を吐くのがたまらなく扇情的に見えて、おかしい、おかしい、だって名前だぞ?とパニックになりながら、悟は名前を置いて部屋を飛び出した。


冷たい夜風に深呼吸して、未だにばくばくと音を立てる心臓のあたりを掴んだ。

名前のことを異性として意識したことなんて無かった。一緒になって悪ふざけする友達としか思ってなかった。唇に残る柔らかい感触がむず痒くて、唇を噛んだ。

おかしい、こんなのおかしい。


ああどうせ名前は酔っ払っている間のことなんて忘れてしまうのに、自分は今日の夜のことを忘れることなんてできない。
心をぐちゃぐちゃに掻き乱されたのが悔しくて、眉間に思いっきりシワを寄せたけど、バカバカしくなって息を長く吐いてから帰路についた。

忘れて、明日からもいつも通り名前に接すればいいだけ。そう。忘れればいい。酔っ払いのおふざけにこんなに悩まされるのなんて真っ平ごめんだ。



そう思って眠りについたのに、翌日の悟は名前を見て不自然に顔を真っ赤に染めるのだった。

このやろう


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