*性行為の描写が含まれます。



人の負の感情には色々なものがある。悲しみ、憎しみ、怒り、嫉妬。そのぶん、負の感情から生まれる呪いも様々な形をとる。
場所に吹き溜まった負の感情が歪に融合すれば、人間でも他の動物でもない奇妙な形の呪霊になるし、何か特定のものへの負の感情が呪霊となれば、その特定のものを型取った呪霊になる。

今日倒した呪霊はどんな形だったか。削ぎ落とした肉、流れた血液、断ち切った筋肉、折った骨、それぞれを思い出しながら、スケッチブックに描き起こす。


「相変わらずグロテスクなもの描いてるねぇ」

後ろからひょい、とスケッチブックを覗き込んできた五条を無視する。高専時代のクラスメイトで、今は呪術師としても高専の教師としても同僚の五条悟のことは嫌というほど知っていて、自ずと対応も雑になっていた。
隣に腰掛けた五条を一瞥して、また鉛筆を走らせる。


「どう?なんかわかった?」
「…なーんも」

私は、呪術師として呪いを祓い、高専で教鞭をとる他に、呪いの研究者も兼業している。
人間の負の感情がどのようにして呪いになるのか、どのような感情がどのような特徴を持った呪いになるのか、呪いの姿、出現場所、強さの傾向等々。

高専を出てから、解剖学を主とした医学と心理学を専門的に勉強して、人間の感情と呪霊の肉体構造に関して研究を重ねてきているけれど、大した研究成果は上げられていない。


「五条は仕事終わり?」
「うん」

そう。声になるかならないかの微かな返事をすると、ぱたんとスケッチブックを閉じて、五条に連れられるまま私室へ向かった。

見つめあって、挑発するみたいなキスをすると、五条が私の腰に手を添えてもっと深く舌を絡めてくる。唾液が甘くて、零さないように飲み込んだ。


ベッドに横たえた五条の上に跨って、日に焼けていない白い素肌をなぞる。この皮の下には、何があるんだろう。
呪いは切り開いてしまえば体の中まですっかり理解することができるけど、生身の人間相手にはそうもいかない。
五条の心臓はどうやって動いているんだろう。内蔵の温度はどのくらいなんだろう。胃の内容物はなんだろう。
五条のことは全部知りたかった。体の内側も含めた、全部。
心臓からまっすぐ五条の体に指を添わせると、ぴくりと五条は身動ぎした。


「今何考えてる?」
「名字に早く気持ちよくして貰いたいって思ってる」
「マグロか?」

呆れてぺしりと体を叩くと、むんずと腰を掴まれて持ち上げられて、起き上がった五条に押し倒される。

「そんなこと言われたら僕、頑張っちゃうよ」
「…はは」

五条のかさついた大きな手が私に触れる。頑張っちゃう、と言う割に緩慢な動きにもどかしくなって、五条の頭に手を伸ばして唇に噛み付いた。五条の瞳を隠す布を取り払って、まつ毛の一本一本がはっきり見える距離で見つめ合う。


五条のことが、昔からわからなかった。

隠されがちな瞳では感情を窺い知ることはとても難しいし、露になっていたとしても、人間は瞳を見つめればその感情のすべてがわかるほど上手にできていない。
透き通ったブルーの瞳の奥、視神経をたどった頭蓋の中、奥に秘められた大脳ではどのような感情が生まれているんだろう。何のホルモンが分泌されているんだろう。なにもかも、体の表面だけでは知ることはできない。

五条のことをすべて理解することはできない。知りたくても、知ることは不可能だ。そんなことはわかってる。

それは、お互い裸になって、理性なんて捨てて、原初の動物みたいに欲望のまま絡み合ってひとつになっても変わらなかった。

いっそ五条が呪いだったら、切り開いて隅々まで調べられたのかな。
それとも、五条が非術師の一般人だったら、五条から生まれた呪いを通じてその感情を推測することができたのだろうか。
いや、きっとそれは不可能だ。呪いを切り開いたところで流れ出るのは血と臓物がぐちゃぐちゃになったもので、元になったはずの人間の負の感情なんてものはどこからも実体として出てこないのだから。それは、何度も繰り返し繰り返し研究して、嫌という程知っていた。


膣の中でふるりと震えた五条のものが、ゆっくりと抜かれる。こぽりと股の間から何かが零れて、避妊具を付けていなかったんだと察した。薬を飲んでいるから妊娠はしないけれど、五条が避妊具をちゃんと付けてくれないのは何故なんだろう。ゴムを付けるひと手間を面倒臭がっているのか、それとも妊娠しないとわかってても中に出したい理由があるのか。

散々快感を与えられた体はもう動くのも億劫で、下半身の不快感をそのままにぐったりとベッドに体を沈めた。前髪を梳くみたいにして五条が私の頭を撫でた。

「ねむい」
「名字は寝ていいよ」
「五条は」
「事後処理」

脱ぎ散らかした服、体液で湿ったシーツ、汗と涙と涎で汚れた体、なにもかもそのままに私は目を閉じた。

「五条、死んでからでいいから私に体の中見せてね」
「死んでからなら別にいいよ」
「ありがとう」

五条がまた私の頭を撫でた。くしゃりと髪を乱されるけど、行為の最中に既にぼさぼさになってしまったから今更気にしない。


「その代わり、死ぬまでずっと、僕のそばにいてね、名字」

修羅であろうとした春の宵


back