霊感、とはたぶん違う。
私が他の人には見えないものが見えているということに気がついたのは、多分小学生の頃だ。
姿かたちは色々だけど、学校や街中で、よく変なものを見た。大きいものから小さいものまで、見たことも無い動物のような姿をしていて凄く不気味。
自分はお化けが見えるんだ。そう思っていたけど、お化けってこんなふうに色んな姿をしているのだろうか。どちらかというと、私が見ているものは所謂妖怪にカテゴライズされそうだ。
そういった変なものを見てしまった時は、極力離れるようにしている。気持ち悪いもん。そうやって上手くその「妖怪」らしきものと関わらずに生きてきたのに、それが狂ってしまったのは高校生になってからのことだった。


「…ついてくる」


ぶくぶくとした脂肪の塊のような妖怪。妖怪図鑑で見たぬっぺふほふのような姿。ああ、でもぬっぺふほふには耳も目もなかった気がするけど、私の背後の妖怪にはぎょろりとした目玉が左右非対称についているし、耳もあるみたい。
こんな不気味なものを引き連れて家に帰る気は起きなくて、高校の鞄を持ったまま、あてもなく彷徨った。
ちらり、と後ろを伺うと、数メートル先にそれはしっかり着いてきていて、特に何かするでもなく着いてくるだけなのがすごく気持ち悪く感じた。

放課後、あたりは段々暗くなってきて、焦燥感に駆られる。いつまで着いてくるんだろう、走って逃げたら追いかけられるんだろうか。履きなれたローファーでも歩きすぎたら足が痛くなる。じんじんと痛む足裏に鞭打って歩き続けた。
夕方の放送がかかって、良い子はおうちに帰る時間。
意を決して走って逃げる事にした。
私が走り出すと、ワンテンポ遅れて後ろの妖怪も走り出した。ぼす、ぼす、と重たい足音が聞こえて、脂肪の塊のくせに機敏に走れるのかってむかついた。どうか逃げきれますように、はやく、はやく。怖くて怖くて、足がもつれそうになる。

「っ」

ずきん、足に痛みを感じて、転びそうになる。
でも現れた誰かが私を支えてくれて、コンクリートと激突は避けられた。

「大丈夫か」

顔を上げると、黒い制服に身を包んだ男の子がいた。つんつんと跳ねた黒髪と、凛々しい目元、薄い唇。目が合って、心臓がぎゅっと縮こまるみたいな感じがした。急に知らないカッコイイ男の子に抱きとめられて、すごく、ドキドキする。
私を見ていた目がふと後ろに逸らされると、ほんの少し目を丸くした。

「呪い…」

のろい?あの妖怪のことだろうか。
男の子は私を後ろに庇ったあと、影絵をするように指を組んだ。

「玉犬」

ぼわん、と何も無かったところから現れたのは、白と黒の犬。
現れた犬はあっという間に脂肪の塊を引き裂いて倒した。
消えていった妖怪、びっくりして男の子に向き直る。

「あの、今の、なんですか。あ、助けてくれてありがとうございます!」
「…お前、あれが見えてたのか?」
「はい」

男の子はどこかに電話をかけたあと、私を連れて近くの公園のベンチに座った。
男の子は伏黒恵くん、私と同じ15歳だそうだ。

「今のは呪い、人間から流れ出た負の感情から生まれるものだ。俺は呪いを祓う呪術師をしている」
「呪術師…」
「昔からああいうの見えてたのか?」
「はい。物心ついた頃にはもう。周りにはずっと秘密にしてきましたけど」
「そうか」

何かを考えるように目を伏せた伏黒くん。暗くなって点いた街灯の光で長いまつ毛の影が白い頬に伸びて、それになぜかすごくドキドキする。ぼーっとそれを眺めていたら、突然伏黒くんがこちらを見て、ばっちり合ってしまった目にびっくりして体が跳ねた。

「今日みたいな事はよくあるのか?」
「いえ、今日が初めてです」
「そうか、無事でよかった」
「お、かげさまで…」

ふわり、と微笑まれて、ドキドキして恥ずかしくて、すごく顔が熱くなった。返事に吃ってしまって、余計に恥ずかしくなる。

「俺の先生に連絡したから、相談に乗ってくれると思う」
「ハイハイ、呼んだ?!」
「?!」

突然背後から聞こえた声に、盛大に驚いてベンチから落ちそうになる。

「いい反応だね」
「先生、やめてください。可哀想です」

伏黒くんが庇ってくれた。優しい。

「ごめんごめん、つい。君が呪いの被害者だね?」
「えっと、たぶん、はい」
「呪いに追いかけられてるところを保護しました。呪いは以前から見えていたそうです」
「ふぅん」

じろじろと無遠慮に私を見る、先生と呼ばれた男の人。とはいえその目は覆われていて、それじゃあ見えてなくない?と不思議に思う。

「君、高専においで」
「?」
「都立呪術高等専門学校、呪いを祓うために呪いを学ぶ学校だ」

こいつも通ってるよ、と伏黒くんを指差す先生。伏黒くんは小さく頷いた。

突然呪いを学ぶだなんて言われても、何もわからなかった。それでも、私がずっと見てきた妖怪のことを知ることが出来て、しかもさっき伏黒くんがしたみたいに祓うことができるようになるかもしれないらしい。そんな風に言われて、興味が湧かないわけなかった。

それに。

伏黒くんに目を向ける。伏黒くんはまっすぐこちらを見ていた。その瞳からは今何を考えているのか窺い知ることはできない。
転びそうになったとき支えてくれた大きな手はあたたかくて、至近距離で合った目には強い意志を感じた。

伏黒くんと、一緒の学校。
もう、それだけで私にとっては十分すぎる魅力だった。
今の高校も楽しいけど、第一志望でもない適当な私立、制服は可愛くないし校則も厳しい。呪術高専のほうがずっと興味を引かれる。


「行きます、私。呪術高専」
「うん!ようこそ」

先生が大仰に手を広げてニッコリ笑った。伏黒くんがこれから宜しく、と手を差し出してきて、ドキドキしながらそっと手を握った。
大きな手はやっぱり温かい。胸の中にじんわり甘いものが広がるみたいで、ドキドキして手を離した。

貴方との出会いに比べれば怖い思いなんて


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