▼ 芽吹きを待っている
隣で酔いつぶれて溶けたみたいにへにゃへにゃと机に突っ伏している名字をつつく。
「あちゃー…」
「あれ、名字ダウン?」
「そうみたい」
同期が近寄ってきて、名字を俺みたいにつんつんつついた。くすぐったそうに身をよじった名字だが起きる気配はない。
「あー、俺最寄り名字と同じだから送っていくわ」
「おっ茅ヶ崎やさしー」
からかうみたいに言う同期を曖昧な笑みであしらって、名字を起こそうと叩いたり揺すったりする。ゆっくりと顔をあげた名字を何とか立たせて、同期に手を振ってそっと飲み会から抜けた。
タクシーを呼んで、車内に酔っ払いを押し込んで俺も乗り込む。行き先を聞かれて、はて、最寄りが一緒ってとこまでは知ってるけど具体的な場所までは知らないな。
「おーい名字、自宅の場所は?」
「…びろーどえき!」
「住所」
「えきからぁー、みぎにいってー、それからー…」
「あー、もういいです、これはダメだ」
運転手さんにはMANKAI寮の住所を伝えた。寮にたどり着けば何とかなるでしょ。
寮の前でタクシーを降りる。名字は少しは酔いが冷めてきただろうか、よろめきながらもモゾモゾと自力で車から降りてきた。
「寮で水飲んでから帰りな」
「ん…」
名字はまだくらくらするようで、俺の肩を掴んでついてきた。
玄関のドアを開けると、玄関先にスマホを握りしめた紬が立っていて、自分の口角が上がるのを感じた。
「紬、あとはよろしく」
「えっ、至くん?!」
名字を紬に押し付けて、水を飲もうとキッチンへ向かった。
ついでに名字のぶんもコップに水をそそいで、玄関に戻る。すると、俺が名字を紬に押し付けた体勢のまま、紬があたふたとしていて、それが少しおかしかった。
「はい水。俺名字のマンション知らないからさ、紬が送ってあげて」
「え、それは、別にいいけど…」
「ありがと。俺も結構飲んじゃったからさ」
「わかった。至くんはゆっくり休んでね」
「ん、本当にありがと」
スマホを取り出してゲームを開きつつ自室へ向かう。
いやー、さすがに不自然だったかな。
タクシーが寮に着く少し前に、紬にLIMEを送った。
「名字が大変、もうすぐ寮につくからお願い」
返事は来なかったけど既読はすぐについた。だから帰った時玄関に紬がいたのだろう。
要はただの思いつきのお節介だ。マンションの場所を知らないのは本当だけど、紬だけに名字を押し付けていくのはさすがに不自然かな。まあ、きっと紬なら細かいことは気にしない。大丈夫だと思う。
たぶん、名字と紬の様子をみるに、自分たちからはもう一度会おうって行動は起こせなさそうだったから、無理に引き合わせちゃう作戦。
上手くいって、また紬と名字が前みたいに遊びに行くくらいの関係に戻れたらいいな、と思う。
「うーん、我ながらお節介」
しかし、社内で仲のいい同期が悩みを打ち明けてくれたのだ。少しくらい協力してあげたいと思ってしまっても仕方がないだろう。しかも恋の相手は自分と同じ寮に住んでいる知り合いときた。それはもう、チャンスではないか。
少しの達成感と共に自室へ入る。
さて、あとは頑張れよ、名字。
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