「石丸、アメフトもやってたんだ」
クールダウンが終わって、それぞれが部室に向かおうと思っていた時。高いソプラノが後ろから聞こえた。
「アメフトは助っ人だよ」
「陸上も手は抜かないでよー。タイム。追いついちゃった」
「え」
ふふ、と女特有の笑い方をして、その女はこちらに会釈をする。上の学年とは知り合いらしくて、親しそうに会話をしていた。間違いねえ。あの時の、女だ。
『バットをケンカの道具として使うのはやめて』
陸上部だったのか。あれは随分と昔のことであったから、もう奴は覚えていないかもしれない。それでも、何だか居心地が悪くて早々と部室に引っ込むことにした。
「君」
目の前に現れた小麦色。ヘルメットを被ったままの俺に対して、少し注意深く見つめた後で女は緩く笑った。
「スパイクの紐、結びなよ。危ない」
俺が驚いて言葉を無くしている間に、女はひらひらとセナの元へ歩いて行ったり、悪魔の元へ歩いて行ったり。
「またタイム縮めたらしいな、糞陸上部」
「アンタこそ、またいい体になったねえ」
「ケケケ。筋肉バカは直ってねえか」
「おい!!」
ぎり、と噛み締めた歯が強く鳴った。ヘルメットを乱暴に脱いで、ずかずかと女に近づく。
「お前、覚えてっか」
「は…」
「お前が忘れても、俺は覚えてた」
きょとんとしたツラの小麦色。ああくそ、どうしようもなく腹が立つ。てめーからケンカ売ってきたんじゃねえか。覚えてねえとは言わせねえ。
「俺はあの時とは違う」
今はあの時のお前の気持ちがよく分かるぜ、畜生が。
「俺は変わった。だから「復縁を迫る糞長男」
「は…」
「脅迫ネタゲーット」
「ハァァア!?!?」
気がつけば皆が不審な目でこちらを見ていた。今のをどう聞いたら復縁を迫ってるように聞こえんだ畜生。黒木も戸叶もにやにやしてんじゃねえぞ、シネ。
「だから俺はそんなんじゃねえよ!」
「十文字お前…」
「俺らに黙ってお前…」
「だから…!」
「いい筋肉ついてるじゃん。この胸筋好みだよすっごく」
ぴとり。俺の胴にくっついてきた女は、胸の辺りを何度か撫ぜると、にっこりと笑った。こ の お ん な !
「離れろ!!!」
「いちゃついてんじゃねえクソ!!」
「ケケケ。ネタが増えるぜ」
「はっはっは。この子ラインでしょう。上手く育てたねえ」
ぎゃあぎゃあと騒ぎが大きくなって、もう部室に入っていた奴らもわらわらと出てくる始末。前に会った女はこんな奴じゃなかった。もしかしたら、人違いかもしれない。ああきっとそうだ。第一、俺が覚えているのは声と、小麦色の肌と、めちゃくちゃ速い、足。
「もう、バットなんか使わないでよね」
ああそうだ。それと、この凛とした目。
スポーツマンシップ
(蛭魔ァ、アメフト部の助っ人の件、考えてやってもいいよ)
(ケケケ。ようやくか)
(守ってくれよ。ラインくん)
(ハァァア!?)