『風邪を引きました(^o^)/』

始業のチャイムが鳴って数分後、震えるケータイを確認すると件名無しのメールを一件受信していた。それに特に返信もせず、ケータイを懐にしまう。

「糞サボりが」

少し思考を巡らせて、舌打ちを漏らす。労働力が2減るとなると、今日のメニューも考え直さねーとならねえ。教師が教室に入って来たのを見て、パソコンを起動させた。



「ぐおーだずけろひるまー…」

高校から一人暮らしをしている私には、頼れる人が今メールを送ったあの悪魔しかいない。もっと死にそうな顔文字を付けてやろうと思ったけれど、朦朧とした頭では一番最初に出てきた顔文字を打ち込むことで精一杯だった。なに笑ってんだくそう。こっちは死にそうなんだぞ。


「ごほ、ごほ…うー…」


体温計、ない。薬もない。私は滅多に風邪なんか引かないものだから、そんな常備なんてしていなかった。


「あー冷えピタほしー…」


再び蛭魔にメールをしようと思って、諦めた。頭も痛いし、鼻水が止まらない。二、三度ボタンを押して、ケータイを耳に押し当てる。


『あんだよ』
「がぜを…ひぎ、ましだ」
『らしいな』
「冷えピタ…それと、体温計………あと、ポカリさんを…」
『ケケケ。まさかてめー、俺を使うつもりか?』


電話の向こうでパラパラとあの手帳をめくる音がする。ああくそ、このふぁっきん悪魔…。


「ほんと…だずげ…」
『他あたれ。明日試合』


つーつー、と音がなってる。無情にも通話が切れたんだ。最後の頼みの綱が切れた。私は死ぬのか。


「わだしが死んだら…呪っ、てやらあ」




じっとりとかいた汗が気持ち悪い。薄く瞼を開けると、外はすでに真っ暗だった。

熱は下がっただろうか。

覚醒してきた頭がそう思って、額に手を当てるとそこにはシートが貼ってあった。


「あ、れ…」


慌てて辺りを見渡すと、枕元には体温計。そしてポカリスエット。おまけにゼリーまで置いてあった。


「え…え…」


もしかして、蛭魔だろうか。いや、合鍵をもっているのは奴だけなのだから、蛭魔しかあり得ない。でも、だとしたら…なんていい奴なんだ…!

書き置きの一つでも残っているかと思って体を起こすと、キッチンの方から足音がした。ほら、病人に気を使っているのか足音からいつもと違う。

素直じゃないなあ、もう。

ふふ。私が目を覚ましたと知ったら喜ぶかな。たまには優しいところもあるんじゃないか。


「ひる「あら、名前ちゃん起きたのね!」


「あ、れ…?」


「良かった!あ、おかゆ作ったけど食べられる?まだ辛いかしら?」



この優しさは、悪魔のしわざではなく天使のしわざだったようです。



「……ぞりゃ、ぞうが…」



ずっと私のお世話を甲斐甲斐しくしていてくれたらしいまもりは、どうやら蛭魔の指示でやってきたらしかった。くそう。こんな優しいまもりを使うなんて本当に悪魔だな!


「まもり…ありがどう…」
「いいのよ!早くよくなってね」


ああ、私がもし男だったらこんな優しい子放っておかないのに。弱っている時は優しさが染みるね…本当。


「何か足りないものはない?」
「うん。大丈夫」
「じゃあそろそろ帰るわね。お邪魔しました」
「うん。ありがどう」


わざわざ私が目を覚ますのを待ってくれていたまもりにお礼を言って、再び布団の中に戻る。おかゆも少し食べられた。薬も飲んだし、冷えピタも、ポカリさんもある。これで寝てればきっとよくなるよね。さすがまもり。完璧だ。



完璧。完璧。もうこれ以上万全な体制はないよ。うんうん。



少しの頭痛と一緒に天井の模様をぼんやりと眺めていたら、玄関の少し重い扉が開く音がした。ばたん、どかどかどか。




「ケケケ。本当に風邪引いてやがる」



にゅ、とそれまで眺めていた天井に明るい金色がうつる。


なんだよ。今更きて。なんだよ。彼女が寝込んでんのにきっちり部活してるんじゃないよ。なんだよ。なんだよ。





おそいわ、ばか。





「おぜーーよ!!ふぁっぎん」
「ケケケ!ケケケ!ひっでえ声だな」
「うるぜーーー!ぐんな、ばーが、」
「ケケケ!何が風邪だ。元気じゃねえか」



ど こ が だ !



「げんぎじゃねーーよーーーーまもりがぎでぐれだけど……お前が来ないとだめだろばがやろーーー!!さみじがっだんだぞーーー死ぬがど…死ぬがど思ったんだーーー」


ぎゃんぎゃんと出ない声で叫んでいたら、熱に浮かされて涙が出てきた。なんだよ、なんとか言えばか。病人ってのは優しくされるって決まってるんだ。決まり守ればか。


「そこまで吠えりゃ、死なねえな」
「…なにを「おい。帰っていいぞ」


がちゃん、と扉が開くとそこには白衣を着た小太りのおじさんがいた。黒くて大きなかばんを持っていて、そこには城下町病院の文字が。


「は、はいッ…そ、それでしたらあの秘密は…」
「ケケケ」

「ふづう…医者連れでぐる…?」
「てめーが死ぬとかぬかすからだろ」
「わだしはもっど…おがゆどが……ただ…そばにいでぐれだら…ぞれで」
「あァ?本気で俺がんなことやると思ったか、糞ブス」


べしん、と頭を叩かれて痛い。頭痛も少し強くなった気がする。ああもう。覚えてろばか。


「うー…」
「ケケケ。死んだか糞ブス」
「はーもうぞれでいーがら…」


しずかにしてて。


夜になると熱が上がるのはなんででしょう。すう、と意識が飛んで、一気に眠りの世界へ入って行った。


やさしいあくま
(ん…)
(起きたか)
(ん…)
(林檎食え)
(ん…)

りんごなんて、まもり用意してたかなあ。


素直になれない悪魔さん。本人的には最高にデレてるつもり。

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