「みんなー!今日は楽しんでってネクロマンサー!!」
「「「ネクロマンサアアァァアアァアァ!!!!」」」


あの日、私は初めてお通ちゃんのライブに行った。あえて前には行かずに、後ろの方でこっそり見てただけだったけど。

ステージの上の彼女はきらきら輝いてて、すごく、すごく綺麗だった。


「お通ちゃん……素敵」


私は、お通ちゃんの歌が大好きだ。お通ちゃんの歌に、救われたようなものだったから。だから私も、いつか誰かを救えるような人になりたい。そう思ってた。もちろん今でも、そう思ってる。


「××公なんてクソくらえ〜」


あれは確か、ライブも中盤に差し掛かって来ていた時だった。ヴヴヴ、と私の胸ポケットでバイブレーションがなった。暗証番号を打ち込んで画面を確認する。


「…まずい」


受信したメールの内容に苦い顔をする。まだここにいたかったけど、行かなくちゃ。せっかくの休日だったのに……チケットも苦労してとったのよ?


「……本当、残念」


出来るだけゆっくり外へつながる扉を開けると、涼しい空気に包まれた。中が暑かったのもあって、途端に冷たくなった空気に、現実に引き戻された気がした。



「演奏はまだ終わっておらぬぞ」


ふ、と視界の陰から声がした。気配が全くなかったそれに、びくりと肩が震える。


「今帰るには勿体ない」
「あー……。今から急ぎの用事で、」
「大事なものか?」
「当たり前ですよ。本当は大好きなお通ちゃんを優先したいんですけど」


刺客かと身構えて、伸ばした右手が懐刀に触れるか触れないかと思った時、声の正体が現れた。


「ふむ。女一人でお通殿のライブに来た者を見たのは初めてでござる」


現れたのは、見知らぬ男。殺気はないが、一般人と決めつけるにはまだ早いだろう。


「…そんなに珍しいですかね?」
「いや、気を悪くしたのなら謝る。お通殿の人気が増えることは拙者も嬉しいでござる」
「はい?」
「…申し遅れた。拙者、お通殿の音楽プロデューサーのつんぽでござる」
「……つ、んぽさ…!!!」


これが、私とつんぽさんの出会いだった。


「つんぽさん!」
「名前、」


私はお通ちゃんの大ファン。だからもちろんつんぽさんのことも知っていて、お通ちゃんと同じくらいに尊敬していた。でもまさかそんな、私みたいな人間がつんぽさんと付き合えるようになるなんて……夢にも思ってなかった。


「お待たせしました」
「さ、行くでござるか」


つんぽさんにはお仕事がたくさんある。あのお通ちゃんのプロデューサーなんだから、まあ当たり前なんだけど、お休みの日にはいつも私と一緒にいてくれた。私はつんぽさんに会うだけでとても幸せになれる。だから、つんぽさんも同じように思ってくれてたらいいな、って思うんだ。


「名前、お主…」
「え?」


突然たくし上げられた着物の袖。私が抵抗する暇もなく、私の右腕はその姿を外界にさらされた。


「…っ」


つんぽさんの視界には、ぐるぐると私の腕に巻きつく真っ白の、包帯。


「…つ、んぽさん」
「またでござるか」
「……ん」
「無理はするなと言ったはずだ」


私の右腕の袖を元に戻して、つんぽさんは険しい顔をした。


「で、も!こんなのただのかすり傷だし!もう痛くもないよ!」
「すまん」
「え……」
「拙者はお主を守ってやれん」
「っ、そんなの!」


理解してくれただけで、どれだけ救われたか…!!




『私、つんぽさんに言ってなかったことがあるの』


私の秘密を知った上で、傍にいてくれた。


『攘夷志士……な、んだ』


私が所属しているのは、白砲隊という組織。私たちの総督は、幕府を倒すためには手段を選ばない人だ。最近では天人と作戦を共にしたり、どこからか大量に武器を仕入れてきたり、どんどん勢力が増してきている。

だけど、どうやら今の敵は幕府だけではないらしいのだ。私がこの傷を負ったのもそのせい。総督は、いつか必ずぶつかると思っていたと言っていたけど、私は全く知らなかった。

攘夷派で、最も過激と称される高杉晋助が率いる鬼兵隊が、私たちと敵対していたなんて。


「そんなの……そんなことしなくていい!私は…つんぽさんを巻きこむことが一番怖いよ…!!」


いつか、私たちが持つ尖った刃が、つんぽさんを引き裂いてしまいそうで、ずっと怖かった。


「名前…」
「ごめ……つんぽさん。…さ、今日は何処に行きます?」
「――そうだな…」


曖昧な返事を返すつんぽさんの双眸は鋭くて、何か思いつめているような、そんなものだった。


「つんぽさん…?」


きっと、私は疲れているんだろう。昨日だってたくさん血をあびたし、つんぽさんといる今だって気が抜けないから。少し神経質になっているんだ。だから、だろう。


「どうした?行くでござるよ」


つんぽさんが纏う空気が怖かったなんて、気のせいだ。この人は何があっても私が守る。邪心を振り払うように改めて強く誓ったが、その時感じた僅かな違和感を拭い去ることは出来なかった。


「は、はい」


どうして。どうしてだろう。きっと鬼兵隊のことで疑心暗鬼になっているんだ。冷静になれ。この人は音楽プロデューサーだよ?分かってるのに何で、さっきの恐怖心が心にこびりついたままなの?


「名前?」
「あ…………ごめん、なさい」


むくむくと広がった不信感は、止まることを知らずに私を飲み込んでいく。その時、私は無意識のうちに震えていた。


「名前、ここで休むでござる」
「え…」


気づけば景色は大きく変わっていた。ここは…見覚えがある。アジトの近くの公園だ。昼の間には子供たちで溢れていたであろうこの場所も、今は私とつんぽさんの二人しかいなかった。


「気分が良くないのでござろう?」


眉をひそめて、優しい声色で、つんぽさんはそう訊ねてきた。その様子は本当に私を心配してくれているもので。その表情を見たら、なんだかもう。


「、つんぽさん」


私はやっぱり、


「好き、です。だいすきです」


世の人たちは私を単純だと笑うだろうか。でも、この人が、私がこれほど愛したこの人が、そんな恐ろしい人のハズが無いのだ。先ほどまでの不安が一気に消えて、ばかばかしくなる。


「名前…」


これほど優しく、朗らかな人を、私は疑ってしまった。危うくも私は、頭の中でつんぽさんを鬼兵隊の刺客にまで仕立てあげてしまっていた。


「つんぽさ…」
「名前…」
「だい、すき。愛してる。つんぽさ……つんぽさんっ」


この気持ちをどうしたらいい。この溢れる涙は、どうしたら?


「拙者とて、同じでござる」
「っ…」
「名前が、愛しい」


二人の間がぴったりくっつくくらい、きつく抱き締められる。私も負けじと必死につんぽさんの背中に手をまわして、それに答えた。愛しい、愛しい、愛しい。その温かい感情の中、私の懐刀の場違いな冷たい存在が、固く心に突き刺さるようだった。


―――――――――――がさ、


その音にびくんと体が反応した。名残惜しくもその体から手を解いて、隠していた愛銃を手に取る。安全装置は、解除した。


「名前…?」
「つんぽさん、下がってください」


私の感覚の鋭さを見くびってもらっては困る。あれは、ヒトが動く時に出る音だ。


「…」
「……出てきなよ」


こんな場面、今まで山ほどあった。もう慣れているはずなのに、今思うのは余裕なんかじゃない。こいつらに対する、恐怖。


「…」


つんぽさんを失ったら、私はどうすればいいの?私はつんぽさんを守れる、かな?


「お前、白砲隊だな?」


ゆらりと現れた影は一つ、二つ……六つ。皆それぞれが獲物をすでに抜いている。真ん中の影がゆっくりこちらに近づいて来て、にやりと笑った。
街灯に照らされてその姿が見てとれる。私と同じ、女。金色の長い髪に、露出の多い着物を着ている。……あれが主犯か?いったい何処の、


「…」
「あくまでやり合う気っスか」
「…」
「この来島またこに銃で挑むなんていい度胸っスね!!」
「……来島!!?」


その名に、動揺した。来島またこ。紅い弾丸と恐れられる二丁拳銃の使い手で、


「き、へい、…たい」



鬼兵隊の幹部の顔なんて、始めて見た。



「名前!!!」


つんぽさんの声で我に返った時には、もう来島の銃は火を吹いていて、撃ち放たれた弾丸は、弾丸、は


「っぐ」
「つんぽさん!!!!」


当たった。つんぽさんの肩からは、たくさんの赤、赤、赤、あか


「おいおい…」
「名前…逃、げ」
「っ、つんぽさん!!」


逃げなきゃ、大切な人なのに…つんぽさんを、巻き込んでしまった。私のせいだ。やっぱり私がいたからつんぽさんを危険な目にあわせた。
急いでつんぽさんの肩を担いで立ち上がる。


「待ちやがれ!!」
「早く追いかけるっス!!!」


追っ手だ。二、三発撃って細い路地に入る。入りくんだ中をくねくねと曲がって、無造作に置かれた角材の陰に落ち着いた。


「つんぽさん……平気ですか!?」
「…ああ」
「っごめんなさい…私」
「名前を…守り、たかったでござる」


ぼろりと涙を流しそうになって、ぐ、と下唇を噛む。感傷に浸っている暇はないんだ。


「つんぽさん、今から私たちのアジトへ向かいます」
「ア…ジト?」
「はい。そこなら平気です…平気、ですから」


撃たれたつんぽさんの肩に布を巻いて止血。力を入れたときに歪むつんぽさんの顔が、づきんと胸に刺さった。


「行きましょう。つんぽさん」
「……」
「…つんぽ、さん?」


抱きしめ、られた。先ほどのように力強くはなかったが、その分優しく、丁寧に。


「…」
「……、つんぽさん」
「…すまん」
「い、いえ」


集中しろ。敵よりもうんと集中して、上手く動かなきゃ、逃げられない。


「っ伏せて!!」


ぱん、ぱんとすぐ側で音が鳴る。ちらりと見えたのは金色の髪。来島だ。


「もうリタイヤっスか?」


まずい。逃げられなくなった。今、このままアジトに向かえばつんぽさんは助かる。でも、鬼兵隊が私たちのアジトを知ることになる。――そんなの、


「選べるわけ…ない」
「…」
「さっさと出てくるっス!!」


とにかく応戦しなくては。弾は少ない。大事に使わなくちゃいけない、でも撃たなきゃ、こちらが撃たれる。


「はっ………は…」


瞬きをするのも忘れるくらい、無我夢中だった。周りの音は一切入ってこない。


ぱん、ぱんぱん………ぱん、


「名前、」
「っ………は……っは」
「名前」
「…は……」
「名前!!」
「……ぁ、つ…んぽさ」
「こっちでござる」


ぐい、と腕を引かれて走りだす。ああ、だめだ。こんな時くらい、私がしっかりしないといけないのに。




「まいた、でござるか」
「…は、い。ありがとう。つんぽさん」


耳を澄ます。何も聞こえない。私の感覚を刺激する殺気も、ない。でも鬼兵隊を甘くみたら酷いしっぺ返しを食らうだろう。


「…っ」
「つんぽさん…」


つんぽさんが辛そうだ。このままじゃ、――――死。

ぞくりと背筋が震えた。つんぽさんを失うなんてそんな、失いたくない。嫌だ。


「つんぽさん…アジトへ今すぐ行きましょう」
「だが…」
「大丈夫です。うちの総督はそれ程弱くありません」


私は、人を救えるような人になりたいんだ。今、つんぽさんの命を救えるのは、私だけだから。


「こっちです。ここがアジトへの道」


アジトに行くには、少し頭を使う。
まずはここから真っすぐ暗い路地を歩く。そうしたらすぐ近くのT字路を右に曲がる。そうするともっと暗くなるから気をつけないといけない。壁伝いに歩いて、歩いて歩いて、少し開けたところに出るのを待つ。そこまで行ったら元の地獄錬があるんだ。そこからは単純。右、左、前、左、左、右、前に進めばいいだけ。


「大、丈夫?つんぽさん…」
「…っああ」
「もう少し、だから」


ここを右に曲がって、あともう少し。あと、ちょっと――――――ぱん、


「っ!?」
「見つけた…っス」


上から、声がした。


「う、あ…っ」


背中に焼けるような痛み。思わず支えていたつんぽさんも巻き添えに倒れこんだ私。


「名前!!」
「っつん、ぽさ……逃げ」


動かない体に鞭を打って、空を仰いで銃を放った。

ぱん、ぱんぱん。


「っ痛…」


がしゃんと音がして、来島また子の拳銃が落ちてきた。相手はあと一丁、もしくは予備も合わせて二丁持っているかもしれない。ひるんでいる今しか、逃げるチャンスはない。


「つんぽさん!!早く逃げてください!!」


めいっぱい叫んだ。めいっぱい。


「私はいいから!つんぽさん!!!!!」


その時、ぐんと体が持ち上がった。腕を肩に回されて、走る。つられて、私の足も走る。


「つんぽ、さん…?」
「…」
「な、んで…」


辛いでしょう?その傷は痛いでしょう?私なんかよりずっと、なのにどうしてですか?つんぽさん、どうして、


「拙者は名前を失いたくない」


涙が出た。苦しそうな顔。痛そうな顔。ごめんね、私のせい。


「つんぽ、さん」
「何でござる」
「そ、こ」

「下に、おりて……すぐだ、から」
「わた、しは…大丈、夫……だから」
「…行って」
「そこが…、アジ、トだから」


ぴたりと動きを止めてしまったつんぽさん。そのふらふらの体を、ふらふらの体で抱きしめる。



「愛して…る。つんぽ、さん。た…とえ、今ここで……私が殺、されても…ずっと」



今の私が出来る精一杯の抱擁。


抱きしめ返すつんぽさんの腕は、なかった。



「つんぽさん」


なに、これ…?この違和感は、何だ?今、この手を離したら、気づいたと気づかれてしまったら、全てが終わる。そんな気がした。
何も、誰も、守れないような、救えないような、私だけここに置いて行かれるような。ぐ、と力強く押される。体が離れる、ぬくもりが、消える。


「つ、んぽさん…」


ねぇどうして?どうしてそんなに涼しげな顔なの?怪我は?あんなに苦しそうだったのは嘘なの?本当は痛くなかったの?それとも、【なれてるからへいき】だったの?


「案内、ご苦労だった」


ゆっくりとつんぽさんの手が三味線に伸びる。すらり、と光る刀身が現れる。切っ先が私に、向けられる。


「つんぽさんじゃ、ないのね」
「…」
「最後にお名前、教えてほしいな」
「…」
「だめ、か」


不思議と涙は出なかった。つんぽさんとの思い出で、頭の中がいっぱいだった。


「つんぽさんが無事なら」
「それで、いい」


クライマックス
(崩れゆく私の瞳に映るのは、―――――)






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