時刻は18時。もう日は傾いて、そろそろ夕飯を食べ始める人もいるだろう時間。いつもなら鍛錬終わりの神田ともう食堂にいるけれど、今日は違う。
私は、研究室の前にいた。
「(こんばんは、エクソシストの名前です。リーバー班長いらっしゃいますか。こんばんは、エクソシストの名前です。リーバー班長いらっしゃいますか。)」
何度も何度も心の中で練習をして、呼吸を整える。ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。
離れていても聞こえてくる中の会話。この中に彼の声はあるのだろうか。仮眠中だったらどうしよう。もし、大事な会議の途中だったら。
私の緊張は最高潮だった。今にも心臓が口から出てきてしまいそうで、手が震えている。
大丈夫。きっと、大丈夫。
足を一歩、また一歩前に出す。この扉をノックして、それで、こんばんは、だ。
「こ、こんば」
「科学班に何か用か?」
ぽん。肩に衝撃が走った。その衝撃はそのまま全身に伝わり、私の心臓は、一際大きく鼓動すると、止まってしまった。かのように思えた。
「……ぁ」
こんなに近くで見たことが
今まであっただろうか。
「えーと、名前、だよな?」
名前、名前。
私の名前、知っててくれたんだ。
「は、い…、え、エクソシストやってま、す」
「ああ、知ってるよ」
彼は私の言葉に少し笑った。少し言葉を発したことで、頭の理解が段々と追いついてきた。私、今、班長の目の前にいるんだ。班長と、会話…してるんだ…!
そう認識した途端、みるみる顔に熱が集まっていくのが分かった。あつい。あつい。きっといま顔は真っ赤になっているに違いない。
「あ、あのっ」
「ん?…ああ、報告書か?」
ひょい、と私の手にあった報告書を取ると、ありがとな。と班長は私に笑いかけてくれた。なんて優しいんだろう。ふいに目頭が熱くなる。嗚呼、その優しさに涙が出てしまいそうだ。
「じゃあ、」
「、え」
私がぼうっとしていると、班長は扉を半分開けていた。中からはもう班長を呼ぶ声が聞こえていて、彼はもうそちらに意識が向いて、いて
「あ…」
行ってしまう。どうしよう。
扉は無情にも閉まっていく。彼の後ろ姿が目に入る。届かない。
「どうかしたか?」
気がつくと、班長は再びこちらを向いていた。彼の白衣には、私の手が伸びていて。至近距離で感じる彼を見て、胸が切なく鳴った。
「リーバー、班長…」
ずっと同じ黒の教団の一員なのに、同じ建物の中にいるのに、もうこの手を離したら二度とこれほど近くに来れないと思った。今しかない。そう、思った。
「どうした?」
「ま、また…報告書、出しに来てもいいですかっ!!!!!」
偉大なる第一歩
(も、もちろん…??)
(あ、ありがとうございます…!じゃ、じゃあ私はこれでっ…!)
(なんさ……、あれ)
(本当に報告書のためだけだったのね…)
(まあまあ…)