「リナリーに一生のお願いがあるの」
いつも任務では他を寄せ付けぬ力でアクマたちをねじ伏せている名前が、妙におかしな様子で部屋の前に立っていたから戸惑った。
今はちょうど食堂から帰ったばかりで、これから研究室に顔を出そうと思っていたところだった。とにかく、様子がおかしい名前を部屋に招き入れる。…もしかして、例の件だろうか。
「一体どうしたの?」
「あの、あのね…」
髪を、結って欲しいの。と、まるで蚊の鳴くような声で名前は言った。
「………え?」
私が思わず聞き返すと、名前は頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。彼女の髪はしなやかで、美しいと思う。でも私がどれほど手入れをしなさいと言っても、名前は鍛錬ばかり。その髪に触らせてくれたこともなかった。それなのに。
「お願い!リナリー…!」
頼りなさげな声に、断る理由なんてなかった。でも、ただでやってあげるなんてそんなもったいないことはしてあげないんだから。
「やってあげる代わりに、ちゃーんと私の質問に答えてね?」
一瞬きょとんとした名前だったが、私の笑顔を見て何かを察したのか引きつった笑みを顔に貼り付けてみせた。
「さ、こっちに座って?」
「は、はい…」
「今日はこれから何をしに行くのかしら?」
私がそう尋ねると、名前の肩はあからさまにびくりと震えた。そのいつもと違う様子を見るだけで面白かったのだが、その後のおどおどした女の子らしい仕草の面白さといったら。
「きょ、うは…その…」
名前はなかなか言葉を繋ごうとしない。というより、なかなか言葉が出ないようだった。ええと、と、その、を延々と繰り返して一人で赤くなっている。
そうしている間に、あっという間に名前の髪は結び終わってしまった。少し編み込んで、一つにまとめてみたのだが、我ながらとても素敵な髪型だと思う。当の本人は、出来上がっていることに気づいていないようだけど。
「今日は、」
「今日は?」
「ほ、報告書を、提出してきましゅ!!!」
一人、湯気が上がりそうなほど真っ赤になって慌てている名前。それに対して私は苦笑いをすることしか出来なかった。
「(たったそれだけ…??)」